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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百二十四話 帰らなくては

 イザーダ軍は二日間、ただ待機をするしかなかった。

 ジュンが消えた、地割れの向こうに行こうにも、竜王の結界が誰をも寄せ付けなかったのである。

 特務隊は地割れの一番近くで、待機していた。


 王子たちとパーカーもまた、部屋の奥にある回廊の上から、地割れの向こうを見ていた。

「二日だぞ? ジュンはどこにいるんだよ! 倒れていたらどうするんだ?!」

 レオがイライラとしながらそう言った。

「ジュンが負けていないから、こうして話をしていられるんじゃないか。レオはうるさいよ。心配しているのは全員同じ。分からないのもね」


「リックの言う通りだよ。私たちはただ、何が起こるか分からない先の事を想定して備えるしかない」

 そう言うダンの表情には、いつもの穏やかさはなかった。

「主はおそらく、戦っているんだと思います。俺にも拠点にも連絡がありません。手があいたなら、心配をさせまいと連絡をする人です」

 パーカーは、地割れの向こうを見つめたままそう言った。


 ヘルネー国の騎士団長であるロルフは、静かに口を開いた。

「長年訓練を積んだ我々ですら、魔物を一頭仕留めるのにも数人で掛かります。兵士たちは二時間の訓練ですら、休息が必要なのです。それをたったお一人で、二日間も戦えるものでしょうか? ポーションや回復の魔法は自分に使用すれば、見返りが必要なのです。それを知っている兵士たちは、おそばでお支えする事もできず、悔しがっております」


 二日間、張り詰めていた緊張の糸が、その時、ついに切れた。

 グラグラと大地が揺れ、遺跡内が崩れ始めた。

 魔術師たちが、懸命に張った結界に守られながら、全員が遺跡からの撤退を余儀なくされたのである。


 小規模な火山の影響で、数度の地震が歴史に残っている国はあるが、イザーダ全土を揺るがす地震は初めてで、各国はその対応に追われた。

 至る所で起きる火災は、魔物の被害から守るために使われていた、汚泥煉瓦が延焼を防いだ。


 イザーダ軍は拠点の村から動かなかった。

 なぜなら、その場所こそが大きな災いの、最前線だからである。

 闇の森が遺跡と共に沈み、近くの河川が決壊したのだろうか、どこからか水が流れ込んだ。

 ジュンが消えた場所が、どうなったのかは誰にも分からず、イザーダ軍は、ただ敵の出現に備えるしかなかった。


 次にイザーダ軍が目にしたのは、闇の森があった場所の向こう側にある、小高い丘が爆音とともに消える様子だった。

 闇の森の両横に配備されていた隊から、それぞれ報告が本部に届いた。


 爆発時に丘を包むように、結界が張られているのを、兵士たちが目視できたようで、その丘の高い場所に、竜王の姿が確認されたのである。

 それに伴い、遺跡の地下三階にいた軍が、結界が見える場所まで移動した。


「これ以上、前は進めないか……。ちくしょう、皆で戦えれば」

 レオの言葉に、リックは言った。

「ジュンの足を引っ張りたいと、本気で言ってるの?」

 レオは首を振る。


「分かっている。俺たちがどうこうできる相手じゃない。だけど、ジュンが負けでもしたら、俺たちは戦うんだろ? それなら、ジュンのそばで傷の一つでも付けてやりたい。この人数だ、ジュンを休ませる事だってできんだろ?」


 ダンは対岸にある、折れた樹木や岩の多い土砂を見て言った。

「竜の結界があって良かったね。あの丘だった物は、結界があったからあの場所にあるが、なければ私たちの所へきたのだろう。どれだけの犠牲が出たことだろうね。レオ、ジュンは戦う私たちのそばで休めるだろうか? 竜王が守っているのは、あの場所ではなく、私たちを含む、イザーダの世界なんじゃないのかい?」


 リックは背後の兵士たちを見てから、前を見据えた。

「ジュンと竜王かぁ……。最強だよね。守られる事に慣れている私だって、歯がゆいのはレオと同じだよ。ジュンにもしもの事があったら、私は兵士たちの前に立ち、ジュンに救われたこの命を懸けで戦うよ。指揮官は兄上だからね」


 本部から様子を見にきていた、コンバル国の第二王子であるギャレットが、笑顔で近付いてきた。

「私たち兄弟は、確かにジュンに命を救われている。しかしここで、もう一つ借りができたようだ。やんちゃな弟を王子の顔にしてくれたようだね」

「兄上! ひどいです!」

 抗議をするリックに、皆はひとときの笑みを浮かべた。


 それから二日、ジュンが扉に入って五日目の事だった。

「あれを見ろ!」

「何だ、あれは!」

「雲だ!」

 兵士たちが対岸の空を見上げて、口々に驚きの声を上げた。


 雲一つない青空に、突然現れた真っ黒な雲。

 それがみるみる分厚さを増して広がっているのである。


 それは一瞬の出来事だった。

 竜王の結界の上から、その強固な結界を突き破り、ごう音と共に地面に立った巨大な柱。

 それが雷であると、すぐに理解できる者はいなかった。


 その雷が残したのは誰もがしばらく、まばたきを繰り返す程の残像。

 兵士たちの小さなざわめきの中で、チェイスの声が響いた。

「ジューン!! 無事か?! ジュン!」


 その時だった。

 兵士が叫んだ。

「何かが飛んでくるぞ!!」


 黒い雲が消えていく隙間から、日の光が差していた。

 その光の中を通り抜け、二つの点が竜王の横に並んだのである。

 それは純白の竜とグリフォン。

 王子たちも、あんぐりと口を開いたままだった。


 竜王の存在にすら、驚いていた兵士たちに至っては、それどころではない。

 白い竜などは聞いた事すらなかったようで、おまけに最強の魔物と語り継がれる、グリフォンまでもが登場したのである。


 腰を抜かしたり、口を閉じることを忘れたり、しまいには地面にひれ伏し拝む者まで現れる始末。

 しかし、それをとがめる立場の上官も、ほうけたままだった。


 最初に動いたのは、グリフォンだった。

 グリフォンは羽を広げて、竜巻を起こし、岩や土砂を巻き上げる。

 そこに現れたのは、地面にできた穴だった。グリフォンはその穴に首を入れると

白い布を引きずりだした。


 それが何かを、全ての者が知っていた。

 誰もがただ見守る中、動いたのは白竜だった。

 白竜はその白い布を鼻先で転がすと、ペロリと舐めたのである。


「「「食われるぞ!」」」

 誰もが武器に手をかけようとした時である。

「シロ! 主は無事か?! 生きているのか?!」

 叫んだのはパーカーだった。


「竜王と白竜。グリフォンまでもがジュン様と親しいのか?」

「知るかよ。ただ、嫌なやつの面は、舐めたくはねえよな」

「絵本だって、ここまで現実離れしちゃあいない」

「確かにな……」


 兵士たちは、初めて目にするシロを見ながら、そう言っていたが、やがてその表情は優しい笑顔に変わっていった。

 なぜならシロと呼ばれた竜は、飛んでいる時の優雅さは欠片もなく、不器用にノソノソと歩いて、対岸の端までくると、おもむろに片足を上げて、丸を作って見せたのである。


「生きている! 勝ったんだ!」

 振り向いたパーカーの涙。

 うなずく者たちもまた、涙を拭おうともしなかった。

 勝利を喜び合う兵士たちの声が、そこから広まっていった。


 喜びに沸く対岸では、竜王とグリフォンとシロがジュンを見ていた。

『よくやりおったな。この小さな体で』

 グリフォンの言葉に竜王はうなずく。

『ジュンは特別な人間だからな。よくぞ守り抜いたものよ』


 しきりにジュンを舐めているシロ。

『ジュン、起きてよ。パーカーが心配している』

 そこにジュンの思考が漏れ聞こえた。

『帰らなくては。クレアが泣くから』


『どうやら、ジュンの戦いは終わってはいないようだ』

 竜王は面白そうに言った。

『ボクが連れて帰る! くわえて行ってもいいかな?』

 シロの問いに答えたのはグリフォンだった。

『待っておれ』


 グリフォンは自分の翼の羽を一枚抜くと、防御の魔法を掛けて、ジュンのローブにつけた。

『これがこいつを守る。短時間で消えるが、到着したら取ってやれ。仲間が触れられぬからな』

『うん。ありがとう』

 シロがジュンをくわえて、拠点を目指して飛び立った。


『ここはどうするのだ? 少しならすか?』

 竜王は首を振った。

『人間に任せよう。あの場所は臭くてたまらなかった。無くなって良かった』

『同感だ』

 グリフォンと竜王は飛び立った。



 二頭が立ち去った後。

 対岸では収拾が付かない状態になっていた。


「ジュン殿は、白竜と共に神の元に行かれたのに違いない」

「馬鹿野郎! 行かれてたまるか! ジュン様とお会いできなくなるんだぞ?」

「そうだ、我がヘルネー国には‘見守る会’があるのだぞ!」

「世界中で色々とご活躍されているからなぁ。テンダル国でも作ろう。互いに情報交換をしようじゃないか」

「コンバル国を忘れるな。ジュン様の逸話なら、世界一多いからな」


 イザーダ軍は、終結後は解散する事が約束されていた。

 しかし、長い緊張を共に過ごした兵士たちには、国境を越えた友情が芽生えていたようである。


 ジュンが無事にギルド島に帰還して、ミゲルやジェンナの手厚い看護の元、回復は時間の問題だと聞かされ、村は最後の大宴会になった。

 アルトロアの吟遊詩人たちが、早速、新作を披露しては兵士たちの喝采を浴びていた。


「おい、パーカー。記録はとってあるんだろうな」

 レオはすっかり仲良くなった、パーカーにからかうような笑顔を向けた。

「はい。ここに一番居たかったのは、主でしょうからね」

 パーカーの返事に、リックは上機嫌である。

「うんうん。すごく嫌がりそうだよねぇ。クレア嬢との情報は誰が流したの? ねぇパーカー、後でそれを見たジュンの様子を聞かせてよ」


 パーカーは困った顔で笑う。

「お会いできる機会があればですね。それにしても、クレア様の情報はどなたが流したんでしょうか」

 ダンは小さく笑って言った。

「アブラーモ王しかいないでしょう? イザーダ軍に吟遊詩人あがりの兵を入れたんですよ。負ける事なんてきっと、少しも考えていらっしゃらない。あの方らしいですね」

 それぞれが、笑顔でうなずいた。


 イザーダ軍最後の宴会は、開放感の中で、誰もが笑顔だった。

 そしてそれは、別れを惜しむ者たちにより、明け方まで続いたのである。







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