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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百二十三話 ゴミは持ち帰れ

 その部屋は何も見えなかった。

 闇夜を漆黒と言うのなら、この目に貼り付くような闇は暗黒。

 ジュンはそれでもその目を見開き、自分の息遣いすらうるさく感じるのだろうか、息を潜めて耳をかたむけている。


「なぜだ……」


 その言葉を聞いて、ジュンは小さな笑みを浮かべる。

「ゲーに薬を頂きましたので」

 闇が静かに消えると薄暗い部屋に、黒いローブに身を包み、大鎌を持ったスプリガンが立っていた。

 いつもの小柄な老人の姿ではない。ローブのフードを深く被った、見上げるほどの大男である。


「薬などなくても、幻影は使えなかったが」

 スプリガンの大鎌が、空気を切った。

 ジュンはその一振りをかわして、間を詰めようと前にでる。

 すかさず、スプリガンが後ろに下がりながら、その美しい曲線を持つ鎌の刃を、ジュンの足元に振り下ろす。


 大男の姿でなければ、その大鎌は扱いきれる物ではない。

 確かに威力はありそうだが、ゴレームの剣より速度は遅い。

 ジュンはその鋭い刃を、難なく回避した。


 剣とは違い、大鎌と打ち合うのはさすがに分が悪い。

 おまけに絡め取れる重さでもない。

 ジュンはスプリガンとの間合いを計りきれずにいた。

 なぜなら、その大鎌は持ち手の先は、槍になっていたからである。


 槍が突き出された。

 ジュンは体を横にして流しながら、剣でそれをたたき付ける。

 同時に飛びのいた二人の間に、動きにくい距離が開く。


「ジュン……。お主、過去はどうした?」

「え? 何の事でしょう?」


 鎌の刃先が、ジュンの腹の前を横切る。

 ジュンはその瞬間に飛び出した。

 だが、ジュンの剣はスプリガンの脇腹を捕らえきれずに、また距離を開けられた。


「幻影を見せるために、相手の弱点を探すのですね?」

 スプリガンは答えもせずにジュンを見る。

「過去がなぜ、知らぬ世界の他人なのだ」


 槍が連続で繰り出される。

 ジュンがその単調な攻撃に、剣を合わせる事ができるようになった時、スプリガンは目を見開いた。

 槍の突きには引きの間がある。

 ジュンはスプリガンの脇に剣をたたき込んだ。

「覗いたんですね? 捨てた過去ですよ」

「クッ」

 スプリガンが顔をゆがませて、間合いを取る。


「……なぜ、……腕輪を使わぬ」

「妖精五戦士。守りの隊長である、あなたを解任するためにですよ」


 ぐらついたスプリガンが、大鎌を構え直したその時だった。

 ジュンの剣はスプリガンの胸にあった。

「何だと!」

「浄化です! スプリガン。お疲れさまでした」


「その慈悲がジュンを救うか……。武運を……」

 スプリガンは優しい眼差しをジュンに向けたまま、光の粒になって消えた。


 ジュンはぐっと奥歯をかみ締めて、天井を見上げてから正面を見据えた。

 次の間に続く壁を探すのに、時間はもう要らなかった。彼は倉庫からポーションを取り出して傷に振りかけ、その残りを一気に飲み干した。


 最後の戦いのために、ジュンは土の壁を開けた。


 凍るような寒さである。

 そこでジュンを待っていたのは、ぬれているような長い黒髪と透き通るような白い肌、そして唯一、神だった面影を感じさせる真っ赤な瞳を持つ者だった。


 その姿は美しかったが、赤い目は冷たくジュンをにらみ付け、禍々しい殺気を全身から放っていた。


「人間ごときが、私の世界に手をだすとは……」

 ノーアは杖を忌々しげに振った。

 ジュンは吹き飛ばされないように、何とか踏みとどまった。


「ここはイザーダ神の世界。あなたの神力がなくなり、この星は漂流期に入ったのですよ」

 ノーアは人とも魔物とも思えない、()(たけ)びを上げた。


 近付く事もできない状況で、ジュンはノーアに話掛けた。

「その後イザーダ神によって拾われ、新しく作られたのが今の世界です。あなたが恨むバーダン人の子孫すら、ここにはいない」


 ノーアの魔法で、ジュンはとうとう壁まで吹き飛ばされた。

 壁を背にしていると、逃げ場がその分、狭くなる。

 ジュンは少しずつ斜めに、ノーアから目を離さずに移動した。

「あなたは何がしたい? この世界の住人になりたいのですか?」

「返せ……」

 ジュンは床を削りながら走る、幾筋もの魔法を回避した。


「返せ!」

「返せ!!」

 狂ったように繰り出されるそれを避けながら、ジュンは言った。


「この世界は、あなたの物ではない! 共存できないのなら、あなたはこの世界にいてはいけない」

 ノーアの雄たけびが大きくなり、杖を打ち付けた床が、大きく振れた。


 その時だった。

『腕輪を前にだしなさい』

 高魔力で会話をする相手は、この部屋にはいない。

 それでもジュンは言われるがままに、腕輪のある腕を前に突き出した。


 世界樹の腕輪が光りだした。

 腕輪から妖力の玉が、次々にノーアに向かって飛び出した。

 玉は溶けて広がるかのようにノーアを包み込んだ。


『五戦士を救ってくれて、ありがとう』

「その声……、思い出しました。世界樹?」

 それはかつて、元気を失った妖精湖の世界樹を、助けた時にもらったお礼の声だったのである。

『そうです。あなたに救っていただいた』


「ノーアは? 彼はどうなったのですか?」

『彼の自我が消えましたので、閉じ込めて魔力を吸収しています。あなたが、五戦士の腕輪を使っていたら、できない事でした。この腕輪は彼の物でした。神の座から外された時、彼の魔力の器は大きく欠けたのです。彼は大きな器の持ち主を探すためにこの腕輪を託しました』


「彼は、五戦士をだましたのですか?!」

 ジュンは不快そうな顔をした。


『いいえ。五戦士は私が作り、彼が育てた妖精ですから、全てを理解していました。長い年月で五戦士も人に触れ、学び成長したようです。五戦士は自分たちの失態に気が付いてしまった。ノーアの誤算はそれだけではなかった。あなたが五戦士に玉を使わないとは、思ってもいなかったのでしょう。あなたを倒して体を奪い、もう一度、ノーアの世界を作ろうとしていたのです』


「神でもないのに?」

 ジュンがあきれた顔をして言った。

『全ての魔力は吸収できませんが、魔力量が必要な、魔法解除は維持できないでしょう』


「助かります」

『そろそろ、吸収が終わります。ご武運を』

「ありがとうございます」


 ジュンは剣に魔力を通した。

 それから全身強化の魔法を掛けて、雷の力を宿す剣に持ち替えた。

(守りの戦士の雷魔法……。スプリガン……。イザーダを守るよ)


 ノーアの周りから五色の光が消えた。

 魔物のように雄たけびを上げるノーア。

 腕輪の穴に、妖精の霊たちが託してくれた、妖力の玉はもうない。


 ジュンは魔力を剣に込めて、雷の力を増幅させた。

 それをノーアの頭上に落として、床を蹴った。

 振り下ろした剣は、たやすくノーアの杖で受け止められて、はじき返される。

 すかさず繰り出される、無詠唱の魔法に合わせるように、シールドを張りながら、雷と剣でノーアの体力を削り続けるしかない。


 ジュンもノーアも互いに傷を負っている。

 ただ、ノーアの魔力が限界に近いので、大きな魔法はつかえないと思い込んでいたのだろう、ジュンは慌てたように動いた。


 その機会はおそらく、これが最後だろう。

 ノーアが杖をかかげたのである。

 ジュンはその瞬間を逃さず、ノーアの心臓を貫いた。

 ノーアが放った魔法は天井を吹き飛ばした。


 ジュンはとっさに結界を張った。

「へ? 嘘でしょ?」

 ジュンは剣を引き抜いたのだが、ノーアは杖を支えに立っているのである。

「神の弱点ってどこ? 神は人の世界に手はだせないんだっけ?」

 杖を剣に持ち替えて、壊れたように雄たけびを上げ続けながら、攻撃を繰り出すノーアとジュンは戦い続けるしかなかった。


 どれほど、戦い続けただろう。落ちぶれても神は神である。

 ジュンは傷だらけの体を、かろうじて剣で支えながら、叫んだ。

「規則を破ったからと言って、無責任すぎる。上位の神!! 部下の不始末を人に押し付けるんじゃない! こんな人の手に余るゴミは持ち帰れ!」


 ジュンは体力も気力も、限界はとうに過ぎていたのである。

 最後にジュンができる事は、自分の魔力を全て剣に流し込む事だけだった。

 ジュンは剣を持ち上げると、ノーアをめがけて雷をぶつけた。

 雷はノーアの頭上から、地面の奥まで太い柱のような光で貫いた。


『すまぬ。迷惑をかけた。詫びだ……』


 ジュンは薄れていく意識の中で、知らない声を聞いていた。







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