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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百二十二話 お断りします

 ジュンは石板の鍵を開けた後、強制的に扉の前に転移させられていた。

 中の状況は全く分からないが、ジュンは倉庫から剣を取り出した。

 魔法が使えないと聞いていたからだろうか、確かめるように剣に魔力を流す。


「やはり、魔法はもう使えないか」


 ジュンは剣を振り下ろす事で戦闘態勢に入ったのか、口元に力を入れて前を向き扉の中に入った。

 ジュンは振り向いて唯一の明かりが入る、後ろの扉が消えるのを見た。

 扉が消えると、周りはほのかに明るくなり、真っ暗だった辺りの様子がゆっくりと見えてくる。


 大きなドーム型の部屋には何もない。

 ただ、正面に風の妖精の霊であるアネモスが立っている。

「待っていた。妖力の玉は腕輪の中で、成長したようだな。その腕輪で私たちを消し去るのだ」

 そこまで言うと、アネモスは崩れるように床に膝をついた。

「じか……んが、な……い。私……たちは……悪……霊に……。たのむ……」


 アネモスはみるみるうちに大きくなり、顔こそはアネモスの面影を残していたが、その腕は翼になり、体は鳥になった。

「アネモス?!」

 唖然としているジュンの耳に届いたのは、耳をつんざくような砲声だった。


 アネモスがその翼を大きく羽ばたかせた瞬間。

 ジュンは大きく飛びのいた。床には数々の傷。

「腕輪を使えだって? それはお断りします!」


 ジュンはアネモスの攻撃を避けながら、左目で光を探していた。

 彼らは一様に体のどこかに、燃えるような光を宿している。

 どんな姿になろうとも、霊の本来の姿は変わらないと、ジュンは彼らに出会って知ったようである。


 ジュンは翼で幾度も転がされた。

 そして、そこに降りかかるのは、複数のウィンドカッター。

 とっさに顔をかばう腕は、ミスリルの小手が守ったが、シルキーの自慢の服が、耐えきれずに裂けて、血がにじむ。


 アネモスはジュンの前で空中に飛び立った。

 ジュンは翼を広げる事で、無防備になったその胸にある光をめがけて、力を込めて剣を投げつけた。

「浄化!」

 アネモスはドサリと床に落ちた。


「なぜ……」

「アネモス、君たちの魂を消したりしない。行くべき場所に行くんだよ」

「ジュン……」

 その先の言葉は、ジュンの耳には届かなかった。

 アネモスは、小さな無数の光になって消えて行った。


「コールに光の浄化の剣を、作ってもらって良かった。それにしても、傷ってこんなに痛かったっけ?」

 ジュンは倉庫から、ポーションを取り出すと傷に掛けた。


 ジュンは部屋の中央に立つと、辺りを見回して首をかしげた。

「ここで待っていればいいのかなぁ? そんな訳ないよね。僕は侵入者なんだから。魔法が使えないと、穴の一つも開けられそうにない」

 部屋の壁や床を一回りしたが、何の手がかりも見つけられなかったジュンは、ふと思い出したかのように、腕輪に触れた。


 それから、ゆっくりと確かめるように、部屋を歩き回って足を止めた。

「ここだ。ここで音が大きくなる。ゲーの家と同じかなぁ」

 ジュンは壁を力一杯押した。

 壁がゴトゴトと音を立てて動いた。


 入ると入り口が消えるのは仕様のようで、ジュンはため息をついた。

「悪意のある入り口だよね。それにしてもこれは?」

 床から天井まで、壁を伝ってツタの種類だろうか、葉が茂っている。


 ジュンはここにいるであろう妖精の霊を探していたが、目視できる場所ではその姿を捕らえる事ができなかったようで、歩き始めた。

「歩きにくい……」

 足に絡みつくツタを外そうとして、ジュンは顔色を変えた。


 次々にジュンを目がけて、ツタが伸びてくるのである。

 ジュンは剣でツタを払いながら、ようやく部屋の中央付近に見えてきた、大きな影を目指した。

「あれは……」

 その影の正体は、一輪の大きな青い花。

 そして地面と花の間から、次々と伸びてくるツタ。


 異物を捕獲するかのように、そのツタはジュンに襲いかかる。

 ジュンは逃げながらも、徐々に花との距離を縮めていった。

「よしっ!」

 雌しべも雄しべもない、青い宝石のようなその花の中心に、ジュンは剣を突き立てた。


 その瞬間、部屋中の緑のツタが、動きを止めた。

 剣を抜いた青い花の傷から吹き出す霧が、全ての景色を消して行く。

 部屋から緑色が消えたとき、ジュンはガクリと膝をついた。

「体に力が入らない……」


 ジュンは剣で体を支えるように立ち上がった。

「ヒュドーラ……。これが狙い? 体力を奪われても、僕は負る訳にはいかないんだ。そこだ!」

 ジュンは片目がない半透明な大蛇の、顎の下からその頭上に向けて、剣を突き上げた。


「浄化だよ、ヒュドーラ。ゆっくりお休み」

「ごめんなさい……。あとはお願い……」

「うん。安心して良いよ」

 水の妖精の霊であるヒュドーラは、消えた。


 ジュンは倉庫からミゲルのポーションをだして飲み干した。

「ううっ。まずい。それにしても焦った、あの花が彼女の目だったなんて、もう一度あの花と戦っていたら、危なかったよ」


 ジュンは立ち上がると、腕輪を頼りに真っすぐに壁の前まで進み、大きく息を吸い込んで、その手に力を込めた。


 その空間は部屋と呼べる物ではなかった。

 ゴツゴツとした黒い岩と溶岩の池。

 息を吸い込むのもつらいと思われる高温の空気。

 そしてその黒と赤の空間の主は、炎をまとった巨人だった。


「ブレイス?」

「ウデワ……ツカエ……ハヤク!」

「使えません、あなたには!」

「ダメ……ダ……ニゲ……」


 ジュンはブレイスに斬りかかった。しかし、打ち付けた剣は届く事なくはじき返されたのである。

 ところどころに炎が走る結界の中で、ブレイスはまるで溶岩のようなトカゲになり、その背中には、黒い小さな翼があった。


 トカゲは大きく口を開くと、火炎放射器のように炎を吐きだした。

 ジュンは辛うじて逃げる事ができた。皮膚がさらされている顔を守る事ができたのは、シルキーの作ってくれた装備のお陰だった。

 装備がなければ、瞬時に全身に炎を浴びて焼け死んでいただろう。

 だが、火傷を負わないまでも、炎の熱さは感じていたようで、ジュンは顔をゆがめながら、岩にその身を隠した。


「光の場所は心臓か……。どうやって近付いたら良い?」

 ジュンは手近にあった石を投げながら、トカゲの注意をそらしていた。

 トカゲの攻撃は炎を持続的に放射する事と、粘りのある溶岩を対象物に向かって飛ばすだけのようである。

 しかし、その燃えているような体の全てが凶器ではある。


 確かに、炎や溶岩は全てを焼き、溶かす事はできない。

 だが、魔法を使用せずに、人の身で近付く事は難しい。

 ジュンは倉庫にある、使わない短剣や槍を、トカゲに投げつけながら、石を投げ岩陰と岩陰をしばらく移動するしかなかった。


 そうしながら、攻撃が止まる間合いを確かめると、ジュンはマントのフードを外し、水でぬらした布を顔に巻き付けて、再びフードを被った。

 それから、トカゲの体が横を向くように石を連続で投げてから、短剣をトカゲの頭に投げつけて走りだした。


 狙いを付けたのは前足の付け根。

 失敗は許されない、たった一度の攻撃。

 トカゲは攻撃をした後、武器が命中すると一瞬攻撃が止まるのである。


 ジュンはトカゲの体に剣を刺し、力の限り奥へと差し込んだ。

 トカゲの体は高熱を放ち、魔法の掛かっていない顔に巻いた布の表面はすぐに燃え落ちる。

 その際の水蒸気と熱に耐えきれなくなって、ジュンは飛びのいた。


「お疲れさま、ブレイス。浄化したよ」

「ジュン……。気を付けろ……。狙いはふた……」

 小さな光の粒は、その先の言葉を伝えきれずに消えた。


 ジュンは生臭いポーションを、何度も顔に塗り付けた。

 チリチリとした痛みが、ようやく消えた顔を水で流してから、ジュンは乾ききった喉を果実水で潤した。

(狙いは二つなんだろうね? 欲張りだよね)

 ジュンは次の入り口を開けた。


 出迎えたのは、ゲーの訓練所で戦ったゴレームだった。

 次々と床から湧いてくるゴレームを倒しながら前に進むジュン。

 だが、訓練所のゴレームと違うのは、強くなる度に、体も大きくなる事だった。


「切りがない!」

 ここには薬の風呂もなければ、ゲーの薬もないのである。

 辛うじて訓練所のように、体に負荷が掛からないだけ楽ではあったが、それでも数の多さと大きさは、精神的にも肉体的にもそう長く耐えられるものではない。


 ジュンは戦いながら、ゲーを探していた。

 受け損なった剣は防具のお陰で体を切る事はなかったが、その衝撃は吸収される事なく、体がしびれるほどの痛みが伴う。

 ジュンはそれでも剣を振り、ゲーの姿を探しながら、歩き回った。


 ある場所までくると、ゴレームが動きを止めて、床にその姿を沈めた。

 そして現れたのは大きなゴレームが二体。

 その後ろに、四角いパーツを組み合わせた、なんとも旧式なロボット型のゴレームが立っていた。


 まずは二体のゴレームがのそりと動いた。

 剣を構えたジュンは首をかしげた。今まで戦ってきたゴレームたちの、土のお面を被った殺人鬼のような殺気がないのである。


 ジュンは一体のゴレームを見て、驚いたようにその目を見開いた。

 そのゴレームの体に彫られていたのは、イザーダ語だったのである。

‘ジュンよ。攻撃などはしないので休むが良い。どうせ時間がたてば私は役に立たないものとして消される。文字のないゴレームの中にあるのは薬だ。私が友に送る最後の薬は、スプリガンの幻影から守る物。信じられるなら役に立つだろう’


 ジュンはゆっくりと構えていた剣で、二体のゴレームを倒した。

 中には薬瓶が入っていた。

「ありがとうございます。僕からのお返しです」

 ジュンはゴレームの大きな肩に剣を置いた。


「縛られていたあなたに、天に向かう翼を贈ります。浄化!」

 ジュンは剣を真横に振り抜いた。

「アリガトウ……」


 ジュンはゲーの光を見送ると、床に座り込んだ。

(くたくただよ。ここで襲われたらお終いなのに、几帳面に部屋割りするって、どうなの? ゲームじゃないんだから、全員で襲えばいいのにね)

 ジュンは無表情でポーションを飲み始めた。


「さて、スプリガン。約束を果たしにきたよ」

 ジュンはためらう事もなく、ゲーの薬を飲み干して壁を押した。







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