第百二十話 鍵の石板
地下二階の部屋をのぞいて、アロが告げた。
「残念ながら、今日はここまでだすね」
「ここに入る部隊は魔導具が必要ですね」
ゼクセンの騎士団長が真っ暗な部屋をのぞいて言った。
ジュンは左目を凝らして闇を見つめた。
「ここの天井はコウモリ、土の中には蜘蛛がいます。両方とも毒持ちですね」
「ここの魔物は全部毒持ちだと思っていた方が、長生きができるな」
ジャコモはそう言いながら、時々小さく光る床を見ている。
「階層主の部屋がないから、ここはダンジョンじゃないってことでいいの?」
ジュンはそう言いながら、アロに目をやる。
「そうだすね。湧いてくる様子もない。宝石袋も落とさないだすからね」
「だとしたら、魔物は倒した分、減ると言う事ですね」
カルロの言葉にエイデンが続けた。
「それは皆のやる気につながりますね」
皆はそれぞれうなずいた。
「外に出るだすよ。ワシに触るだす」
ジュンたちは一度外にでて、本部に転移した。
「人が多いだすね。夜の会議の時間には早すぎるだす」
「お疲れさん。早速報告を受けたいが、少し待っていてくれ。薬師たちの部屋割りをしている」
そう言うアンドリューの横で、チェイスが薬師たちの対応をしていた。
ジュンは一人で本部の外に出てから、辺りを見回した。
「主。ここだ」
物陰から、優しい笑顔の人物が現れた。
「パーカー。いると思ったよ。一人?」
「王城勤務の薬師が二名と決まっているんだ。全員、マドニア軍の指揮下で動く事が条件だ。この機会にマドニア国は闇の森を無くしたいらしくて、貴重な薬草を栽培する国だけ参加を許可したんだ。俺はミゲル様の弟子で、主と特務隊の健康管理のために本部付きの薬師として送られたと言う事だ」
「健康管理をしてくれるの?」
ジュンはからかうようにパーカーを見た。
パーカーは肩をすぼめて笑いながら言った。
「俺がしてもらう方だろう? ミゲル様が薬草用の、怪しい温室を作ったんだ。それで、主の様子を見ながら、採取してこいとね」
ジュンは小さく笑った。
「薬草が欲しいだけなんだね」
「村長は有名な薬師だったんだ。本部の地下に結構良い材料や設備があった。隠し部屋になっていて、アンドリュー様にその部屋をもらう事ができた」
サラリと言うパーカーに、ジュンは笑った。
「さすがだね。分かったよ。何かあったら声を掛けてね」
ジュンの言葉に、パーカーは目を細めた。
「それは俺のセリフだ。取りあえずこれを肌がでているところに塗っておくといい。空気中の毒を肌から吸収させない軟こうだ」
「ありがとう。ちょっと出掛けてくるよ」
「おお。気を付けてな」
パーカーに送られて転移したのは、竜王の山だった。
「こんばんは。竜王」
『なにやら、騒がしいな』
竜王はいつもの場所でゆったりと座っていた。
「ええ。ノーア神の居場所が分かりましたからね」
『そうか……。準備はできたのか?』
「まだですね。もう少し掛かると思います」
『あれが、まだ動いておらん。あれが動く時、我らも動かねばなるまい』
ジュンは目を見開いて尋ねる。
「どう言う事ですか?」
『ノーアが目覚めた時、ジュンではできぬ事がある。儂はそれをあやつに頼まれた。ジュンに伝言を預かっておるぞ。ノーアの目覚めは鍵が教えてくれるそうだ』
ジュンは遺跡に入った途端に、静かになった腕輪をなでた。
『儂は王なのだ。ジュン、負けるではないぞ? 儂は戦いの場に結界を張る。ジュンが勝利した時。いつもの景色があるようにな』
ジュンは竜王に抱き付いた。
「はい。頑張ります。竜王も無理はしないで」
竜王は小さなジュンを優しく見つめた。
『ああ。互いにそれは無理だろうがな』
ジュンは本部に戻った。
どうやら会議が長引いているらしく、ジュンは執務室で待つ事にしたようだ。
「腹がすいた……。野菜が食べたい」
ジュンは倉庫から釜を取り出して、飯を皿に移してから、八宝菜をかけた。
海藻と卵のスープから、ほのかにゴマが香る。
「八宝菜丼! いただきます」
「うまそうだな」
半分ほど食べたところで、アンドリューの声がした。
「あっ、食べますか?」
ジュンはアンドリューとチェイスに、自分と同じ物を大盛りにしてだした。
「見た目よりうまいな……」
パクパクと食べるチェイスに、アンドリューは目を細めて言った。
「ジュンの料理はうまいと、ミゲル様から聞いていたぞ。なるほどうまい」
「ありがとうございます。少しお話があってきたのですが、会議が終わっていなかったものですから」
チェイスがジュンを見た。
「何かあったか?」
「報告ですから、食後にしますよ」
ジュンは食後の茶をいれて、竜王の話をした。
「驚き過ぎて、何から聞いて良いのかも分からない……」
アンドリューは額に手を当てた。
「いや、ここは聞いたって、どうせ分かりませんよ。ジュンですからね。竜王の結界の中で戦うから、安心しろと言いたいのか?」
ジュンは二人を見て言った。
「報告したんです。もし、竜が近くに来たら驚くかなぁと思ったから。攻撃しないでくださいね」
「するか! 竜だぞ? ひれ伏す間抜けはいるだろうが、攻撃する馬鹿は軍隊にはいない。ノーアの前にアルトロアと戦争するなんざ、面倒すぎるだろう」
「良かった。では、明日またきます」
「ジュン、ちょっと待て。明日からはゆっくり休め。遺跡の地下一階は、コンバル国とゼクセン国が、地下二階は、テンダル国とアルトロア国が受け持つ事になった。次の階はカブラタ国とヘルネー国が向かう」
アンドリューの言葉にジュンは戸惑った表情を見せる。
「でも……」
「気持ちは分かる。だが、お前は好きに動けと言うと、最前線に飛んで行くからな。皆の気持ちも分かってやれ。イザーダを思うのはお前だけじゃない」
チェイスの言葉に、ジュンはうなずくしかなかった。
「はい」
しばらくジュンは村の中を走ったり、青組と剣を交えたりして過ごした。
特にジャコモは、どんな武器も見事に使いこなすので、ジュンには学ぶ事が多いようだった。加えてジャコモは戦闘好きだったので、ジュンが体を慣らすのには、最適な相手のようであった。
「ジュン、あの遺跡は地下三階が崩れているようだ」
そう伝えにきたのは、チェイスだった。
「行っても良いですよね?!」
ジュンの言葉にチェイスがうなずいた。
「私も行こう」
ジュンはチェイスと遺跡に転移した。とは言っても、地下二階に向かう階段からではあるのだが。
「あれ? テントですか?」
「ああ。各階で拠点を作り、交代で通路を守りながら、魔物の駆除をしている」
入り口と出口のそばにテントが設営されていて、至る所で天井を削ったり、魔物を狩ったりと忙しそうである。
コールたちの作った魔導具は、ここでも大活躍だった。
ジュンとチェイスは階段を下りて二階に着いた。
魔導具の明かりが壁に並んでいた。
「きれいですね」
「ああ。ここは植物がないので、闇の魔導具は要らないが、明かりの魔導具が必要なんだ。コウモリより土に隠れている蜘蛛が大変なようだ。どちらも火に弱いのだが、卵は火魔法に耐性があるから苦労をしている」
「外ではありませんから、火魔法は難しいでしょうね」
「ああ。槍が重宝しているようだ」
拠点のそばで兵士が少し盛り上がっている土に槍を突き立てた。
引き抜いた槍に三十センチほどの蜘蛛がついていた。腹部が蛍のように光っていたが、命がつきたのだろうか静かに消えた。
階段を下りると、そこには扉があった。
開けた先は日の光が差していて、他とは違い古い建物の一室のようだった。
「これは、まるで遺跡だな。学者が喜びそうだ」
チェイスが辺りを見回して言った。
「注意しないと蛇にやられるぜ」
ジュンはその声のする方を見た。
「レオナルド王子……」
「レオで良いって、ここはジュンを知らない奴はいないからな。ダンも向こうにいるぜ。ここは餌が落ちてくるせいか、天敵のいない蛇の巣窟だったんだ」
「そうだ、崩れているとはどう言う事だ?」
「付いてきたら分かる」
掃除をしたら住めそうな石の床を踏んで、ジュンとチェイスは、レオの後ろを歩いた。
アーチを抜けると、どうやらその場所は、大きなホールの壁にある回廊のようで、下には働く兵士たちが見えている。
部屋の真ん中にある、大きな地割れを見たジュンは、階段を駆け下りた。
「危ないよ、ジュン」
「ダン。深いの?」
近くにいたダンの声に思わず尋ねた。
「かなりね。それに新しい物ではない。大昔にできた物のようだね。向こうには何もないので行く必要もないだろうけどね」
ダンの話を聞きながら、ジュンは辺りを見回していた。
そして、崩れている壁や天井の石を見つけると、それを一つひとつ見て歩いた。
「何かを探しているのかい?」
ダンの問いかけにジュンは答えた。
「うん。五つの丸いくぼみのある石版はなかった?」
「床も壁も石版だ。おまけに壁は模様があるからな」
レオが辺りを見回しながら答えた。
一人の兵士が、レオのそばにいるロルフに何かを告げると、同僚であろう兵士たちと石版を持ってきた。
「ジュン様。兵士たちが、他と違う石版があったと言うので、持ってこさせましたが、いかがでしょうか」
ジュンは石版を一目見ると、裏の汚れを手で拭った。
「あった! ありがとうございます。これです!」
兵士たちは石版を裏返しにおいて、持ち場に戻って行った。
ジュンは水を石版にたらし、布で丁寧に洗い始めた。
「ジュン、その石版はなに?」
ジュンの行動を見ていたダンが、不思議そうに聞いた。
「ああ。ごめんなさい。この石版は鍵なんだよ」
ロルフと話をしていたチェイスが振り向いた。
「なんだと!」
「これは妖精の鍵なんだよ。地割れの向こうに扉はきっと現れる」
全員がその言葉を聞いて、しばらく言葉を失った。
レオが最初に口を開いた。
「なぜ、向こうだと思うんだよ。石版がどこに転がっていたか分からないだろう? ここかも知れないじゃないか」
「それはないよ。竜が結界を張るんだよ? あの場所しかないよ」
ジュンの言葉にダンは小さく笑う。
「ジュンがそう言うのなら、そうなんだろうね。鍵はすぐに開けるのかい?」
ジュンはダンを見て言った。
「まだ開かない。開ける時は鍵が教えてくれるんだ」
ジュンの言葉に、チェイスが反応した。
「すぐかも知れない。明日かも知れない。一週間後、一ヶ月後……。ただ待っているのか?」
「うん。ただ、そんなに遠い日じゃないと思うんだ」
チェイスはジュンを見て、ため息を一つついた。
「だよな。ジュンに分かる訳ないよな。すまん。それで、その石版は本部まで移動させるのか?」
「ここから動かしません。僕はここで待ちます」
「おいおい。蛇だらけなんだぞ? 噛まれでもしたら、どうするんだ」
「チェイス殿。カブラタ軍がジュンを守ります。好きにさせてやっていただけませんか?」
「ヘルネーもいるぜ。ここはへんてこな草も生えないし、空気もうまい。ここに出る虫や蛇は、俺たちにとっては馴染みの魔物だ。任せておけって」
「それでは、お任せいたします。ジュン、気を付けるんだぞ。二号は本部の執務室に置くから、報告は毎日入れろよ。何か食いたければ、持ってきてやるからな。疲れたらいつでも戻ってこい。いいな?」
「うん」
チェイスの顔を見て、ジュンはそれを言うのが精一杯だった。
(兄ちゃんとそっくり……。って言うか兄ちゃん?)




