第百十九話 闇の森を抜けて
ジュンはチェイスを除く青組と森の入り口にいた。
「ワシらは、ジュンと遺跡を目指すだすが、後ろから各軍がついてくるだす。いつものように魔物を引き連れて走れないだすが、足は止めないで行くだすよ」
面倒見のよいドワーフのアロイスことアロが、リーダーを任されている。
青組の盾であるチェイスに代わって、ジャコモが盾を持つようだ。
チェイス信者であるブレイデンことブレが、ジュンのそばに付いた。
「チェイスにジュンを頼まれた。だから守ると決めた」
無口なブレの言葉に、アロとジャコモが小さく笑った。
「後ろの準備は整ったな。さて行こうか」
ジャコモが森に向かって歩きだした。
ジュンたちが魔物を倒し、瘴気が漂う場所に光り魔法を使いながら進む。
草木に傷を付ける事は、後方を歩く兵のために、極力避けなければならない。
ジュンたちの後方の兵は、闇魔法を使える者とその魔術師を守る兵が小さなグループを組み、等間隔で立ち止まって魔法を掛けている。そのグループを追い越して、ジュンたちに追い付くグループがまた、立ち止まって魔法を掛ける。
振り向くと淡い光の道ができていた。
「奇麗なものだな。これが増えて森を覆うと、夜でも明るいかもな」
ジャコモの言葉に、アロは蛇を倒して言った。
「こんな所で立ち止まってはいられないだすよ。兵がどんどん進んでくるだす」
闇の森では交代で結界を張り、昼の休憩をとるしかない。その間の移動は遅くなるので、ジュンたちも兵に合わせて昼食をとる。
「食堂のヘルタスから弁当の差し入れだすよ」
アロが配った弁当を見て、ジュンは笑みを浮かべる。
「懐かしい。初めて青組に連れて行ってもらった、ダンジョンで食べた弁当と同じですね」
「ヘルタスの差し入れはいつも同じだが、そう言えばスープが違うな」
ジャコモがポタージュスープを一口飲んで言った。
「ああ、ジュンの好物らしいだす」
アロの説明を聞いて、ジュンは首をかしげた。
「僕の好物なんですね? 初めて知りましたよ」
「なんだ、違うのか」
ジャコモは不思議そうに聞いた。
「初めて食堂で働いた日に、芋の皮むきをさせてもらったんです。その時、くず芋と余ったネギで、休憩時間に隠れて作ったのがこれなんですよ。ヘルタスさんに見つかって、二人でこっそり飲んだだけなんですけど」
アロは声を立てて笑ってから言った。
「ヘルタスにとっては、きっと良い思い出なんだすよ。好物のままにしておいて欲しいだす」
「僕にとっても良い思い出です。僕は特務隊じゃなく、食堂の勤務を希望していたんですよ」
ブレがジュンを見て言った。
「お前はいい奴だ。でもアホウだな」
「ほめられているんでしょうか?」
ブレは口元に笑みを浮かべた。
「ほめている」
「ありがとうございます」
ジュンは笑顔でそう告げた。
その日の夜、兵士たちは交代で道の状態を維持するために森に残った。
ジュンたちはそれ以上進む事はできないので、報告を兼ねて本部に転移した。
アロの報告を受けて、アンドリューとチェイスはしばらく押し黙った。
闇の魔法を使える者は少ない。おまけに彼らは下水場を管理しなければならず、これ以上の増員は望めないのである。
「下水道は闇の魔石を利用しているんですよね? それなら、その魔導具を設置できないでしょうか? 魔物を狙う訳でもありませんし、魔導師と彼らを守る兵士の数がもったいないです。それができれば、進む速度を上げる事ができます」
ジュンの提案にチェイスは考えながら告げる。
「魔石の予備はあるだろうが、魔導具を作るとなると時間がなぁ。なにしろ下水場でしか使わない特殊な物なんだ。作りは簡単な物なんだが……」
アンドリューが重い空気を払うように言った。
「考えていても仕方がない。とりあえず世界中から在庫を集めよう。魔術師たちの負担を考えると、二の足を踏んでもいられない」
ジュンはジェンナに通信を送った。
それを受けてギルドが動いた。ギルドは二十四時間体制で動いている。
明朝には商業ギルドの陣に、在庫分の魔導具と魔石が届いたのである。
ジュンはそれを持って、コール・スミスを訪ねた。
「コール、朝早くにごめん。ちょっと見てくれる? これって作れない?」
「鍛冶屋に魔導具を作れっていうのかい?」
そう言いながら、コールは魔導具を受け取った。
「無理かなぁ?」
心配そうにのぞき込むジュンに、コールは笑顔を向ける。
「最近の魔導具は精巧だから無理だけど、こんな古い形ならできるよ。魔導具の部品を専門に作っている鍛冶屋もいるからね。皆、作り方は知っていると思うよ」
「忙しいのに、畑違いの仕事を持ち込んでごめんね」
申し訳なさそうに言うジュンに、コールは告げる。
「武器や防具の修理はそんなにないから、大丈夫だよ。戦えないボクが、ジュンの役に立ちたくてきたんだから、気にするなよな」
「助かるよ」
ジュンの言葉に、コールは満面の笑みを浮かべた。
「任せとけって」
鍛冶師たちの家をでたジュンは、急いで青組に合流した。
ジュンとアロたちは、昨夜の場所まで転移して、後方の部隊と打ち合わせをしてから遺跡を目指した。
魔導具を設置する後方部隊は、余裕もでてきたようで、ジュンたちとともに魔物を倒しながら進んだ。
「見えてきただすね」
アロが目印とされている、一本の白い柱を指差した。
「ああ。早く中を見たいな」
ジャコモが顔を上げる。
「慎重に行くだすよ。できたてのダンジョンじゃないだす」
「分かってるさ。腐った神の住み家ってところか」
アロの言葉にジャコモは好戦的な笑みを浮かべた。
「腐っていたら嫌だ……」
ジュンは本当に嫌そうな顔をして、小さく息を吐いた。
怪しげな植物も生えていない遺跡と言われるその場所は、塀でもあったのだろうか、積み上がった石が点在しており、床だったと思われる平らな石が風雨にさらされ、ザラザラになった表面を見せていた。
「ここは……」
ジュンが次に口にする言葉をアロが言った。
「ダンジョンじゃないだすね。明らかに誰かに作られた物だす」
アロはしゃがみ込んで、石に触れている。
「まあ、それは確かだな。目の前に階段があるからな」
ジャコモの言葉にジュンが振り返った。
「え?」
「ブレが魔法で石をどけちまったんだよ」
あきれたように言うジャコモに、ブレが不服そうに言った。
「だって行くんだろ? 狭かったからな」
中の様子が分からないので、後方部隊をいきなり引き連れて、入る訳にもいかず、アロは部隊から三人を連れてきた。
不測の事態が起きた時、守れる人数なのだろう。
「ジュン様、お久しぶりです」
「カルロさん?! エイデンさんも。なぜ?」
「われわれ二番隊が偶然一番近くにおりました。リック様が来ると大騒ぎでしたが、アロイス殿が止めてくださったのです」
エイデンが困った顔で小さく息を吐く。
「なるほどね。隊を守るのはあなたしかいないだすよ、とか言ったの?」
ジュンはアロの真似をして言った。
「まるで、見ていたみたいですね」
ゼクセン国の騎士団長が、面白そうに笑った。
七カ国は兵の人数により四つの隊に分かれている。
一番隊は人数の多いマドニア軍。二番隊はコンバル軍とゼクセン軍。三番隊はカブラタ軍とアルトロア軍。四番隊はヘルネー軍とテンダル軍となる。
「それじゃあ、行くぜ!」
ジャコモが勇ましく、先頭に立って階段を下り始めた。
「おお! くらいは言ってあげなくちゃね……」
緊張している皆が、それを聞いて表情を緩める。
「なんだこりゃ?」
階段を下りたところで、ジャコモが立ち尽くす。
皆もその光景に目を奪われているようである。
天井の中央から広がる、透明感のある青い石。床の所々にある四角い石を避けて、膝丈ほどの薄い青紫の草が一面に生えていた。
「日の光が要らない草かよ」
あきれるジャコモにアロが言った。
「洞窟などで育つ薬草だす。それより、この虫の数。焼くしかないだすね」
「待ってください。駄目です。あの天井の石は熱で溶けます」
慌てて止めたのはジュンだった。
「落ちてくるのか?」
天井を見上げているブレに、下を見ているジュンが答えた。
「いいえ。そこにあるような水たまりのようになりますよ」
ジュンは倉庫から、外で狩った蛇を投げ入れた。
音をたてて、一瞬で溶けた蛇。残ったのは目にしみるような悪臭だけだった。
「最悪な物を降らすのな」
ブレはため息をついた。
「ジュン、出口は分かるだすか?」
アロの質問に皆は驚いた顔をしたが、ジュンは答えた。
「うん。対角線上を真っすぐ行くと出口だけど、中央に大きな水たまりがある。それより、蛇がたくさん草に隠れているよ」
ジュンの答えを聞いて、アロはうなずいた。
「壁沿いに行くしかないだすね。青い石も少ないだす」
「ちょっと、実験してみていいですか?」
天井を見ながら聞くジュンにブレが笑みを浮かべる。
「ジュンの実験は歓迎する。前に命を救ってもらった」
アロはブレの言葉で、思い出したように笑顔を向けた。
「ああ。そうだすね」
「ブレとカルロさん。少し進みますので、虫と蛇をお願いします」
ジュンは少し歩くと、壁を背にして中央を向いた。
幾度か魔法を放ったようだが、変化が見られない。
誰もが、ジュンと天井を見ていたが、次の瞬間、驚きの声を上げた。壁側にあった青い石が、天井から剝がれ、部屋の中央に飛んでいったのである。
「おお、それは風の魔法だすね?」
アロの問いにジュンはうなずく。
「うん。風で天井の土ごと削って吹き飛ばしてみたんだよ。これならどの魔術師でもできるでしょ?」
魔術師であるエイデンが口を開いた。
「ジュン様。誰にでもは無理ですよ。そもそも、風魔法は制御が一番難しいと言われております。イザーダ軍にきている各国の魔術師で風を使える者は少ないでしょう。火魔法の使い手が圧倒的に多いのです」
「そうなの? 部屋の端を歩くなら、それでも十分だよ。エイデンさんもやってみる? こつをつかんだら皆に教えられるでしょ?」
ジュンの言葉にエイデンは嬉しそうにうなずいた。
エイデンも石を飛ばせるようになると、部屋の出口までは中央からくる蛇と虫を片付けるだけだった。七人は何とか階段までたどり着いた。
ジュンたちは階段を下りて次の部屋に向かった。




