第百十八話 彼らの前夜
ギルド島で開かれたイザーダ軍の顔合わせと会議は、当然ではあるが、ジュンとクレアの話題などに触れる事なく終わった。
クレアとの会話を全員に聞かれていたジュンは、どうやら平然とした顔でやり過ごす事にしたようだ。
イザーダ軍では闇の森の入り口にある廃村で、遺跡に向かう道を確保しながら、基地の設営が始まった。
村の中心にあった村長宅に本部を置き、特務隊とマドニア軍がその周りに仮設の宿舎を置く事になった。
他の六カ国は上下水道と元村民の住居の地図から、参加人数に合わせて、アンドリューが場所の割り当てを決めたが、前回のように、異議をとなえる国はなかったようである。
仮設の宿舎は、使用後は解体しても良い物件だけを、ジュンとミゲルが各国から運ぶ事を告げると、テント生活と野営の覚悟を決めていた兵士たちから、歓声があがる。
不足分はテントを使用する予定だったが、どの国も災いを無事に退ける事ができたなら、老朽化した軍の宿舎を新築する考えのようだった。
ミゲルとジュンの仕事の速さに、訓練されている兵士たちは後れを取る事もなく、二日ほどで、廃村はちょっとした町のように変貌を遂げたのである。
生活必需品などは、商業ギルドが小さな店舗をだし、取り寄せを可能としたのでイザーダ軍の食料や医薬品は確保された。ミゲルが店舗に転移陣を作った事になっているが、作ったのはもちろんジュンである。
特務隊はチェイスが率いる青組が本部に入り、コナーが率いる黒組がギルド島で通常任務を行う事になった。
ジュンの調査部はいつものようにミゲルが引き受けている。
各国の住居が定まってから、ジュンはチェイスと最前線に向かった。
基地の設営中に遺跡に向かっていた別行動隊が、植物と魔物と瘴気に阻まれ、前進する事がままならない状況だったからである。
チェイスはそこでの情報を本部に持ち帰り、各国の指揮官と次の作戦を立てるようで、ジュンが同行したのである。
毒のある虫系と蜘蛛系、蛇系が多いが、手こずる魔物はいない。
魔物より面倒なのは植物だった。刈り取ると再生時に瘴気を放つのである。
「進むのはいいが、ここの植物の再生力では、毎回こうして進むしかないのか」
チェイスは眉間にしわを寄せる。
「闇の魔法を使える方に、進んだ道の浄化をお願いできないでしょうか? ゆっくりですが、ムシは浄化すると増えますからね。おまけに土自体を浄化するので、道を中心に闇の植物も減るでしょう。瘴気が濃くなると、森に入る事すらできません。兵士を瘴気の犠牲にはできませんからね」
ジュンの言葉にチェイスがうなずいた。
「それだな。今日はこれで戻るぞ。取りあえず特務隊は全員、闇も光も使える。お前は転移も使えるから、メンバーを連れて入り口を目指せ。本当は各国の兵に先行させたいが、瘴気が厄介だ。できるだけ早く、後方に戻すつもりでいる」
「いえ。僕は早く遺跡の様子が知りたいですから、大丈夫です」
チェイスはジュンの頭を、まるで子供にでもするようにかき回した。
「馬鹿を言え。ノーアがいるんだ。体力を温存させて、万全な状態にしてやるからな」
「はい。ありがとうございます」
ジュンはボサボサになった髪を、直しもしないで嬉しそうに笑った。
森に入っていた者たちと村に戻り、チェイスは早速指揮官たちを集めて、本格的な作戦を練るようである。
ジュンは、村の外れにある小川のそばで、石ころテントを展開した。
本部の二階に特務隊の部屋が用意されたが、元は村長の住居であるため、部屋数は四部屋しかなく、アンドリューは一階の主寝室を使い、青組は二階の部屋を使用する。
「ジュン、この部屋にジュン二号を置いて、あのテントを使ったらどうだ? この家より快適で安全だろう。第一、そんなに周りに気を遣っていては疲れるだろう」
突然のアンドリューの言葉に、ジュンは戸惑った表情を見せる。
「そんな自分勝手な行動が許されるのですか? 皆だって不自由な生活を強いられているのに」
「それだよ、それ。皆と同じにする必要はないんだ。名簿を見たか? ジュンはどこにも属していないんだ。なぜそうしたか分かるか?」
アンドリューの視線を受けて、ジュンは言葉に詰まったようである。
正解の想像がついていても、口にはしにくい答えがある。
「いいえ」
「ジュンは若いからな。誰にも命令されないように配慮されている。それでも自ら動くだろう? ゆっくり休む場所が必要だ。俺と寝たいなら、断らないぞ?」
ニヤリとからかうように笑うアンドリューに、ジュンは言った。
「……テントの使用許可をありがとうございます」
ジュンの笑顔にアンドリューは大きくうなずいた。
特務隊は料理人を同行させてはいない。全員がマジックボックスを所持しているため、各人が商業ギルドから本部の食堂に、数日分の食事を依頼するのである。
ジュンは弁当や作り置きに慣れているので、今のところ困る事はない。
風呂上がりに果実水を飲みながら、のんびりと外の景色を眺めていた時である。
ジュン二号から連絡が入った。
「この人形に話すのか? 恥ずかしいな」
聞こえてきたのは、レオの声である。
「確かにね。ジュンに似てはいるが人形だからね」
ダンの声にリックの声が続く。
「何が恥ずかしいのさ。ジュン、どこにいるの? リックだよ、聞こえる?」
ジュンは小さく笑う。
「うん、聞こえている。来るなら迎えに行くよ。ちゃんと許可をもらってね。誘拐犯になるのは嫌だからね」
この村は、闇の森の入り口にあるため、厳重な塀に囲まれている。
入り口をマドニア軍が守っている。各国の指揮官の許可書がなければ、出入りの一切が許可されないようになっている。
とはいえ、七カ国の兵士がいる以上、王族がふらふらと出歩けるほど安全とは言い切れないのである。
ジュンは人目を避けるために、転移で三人を連れてテントに戻った。
会議後に食事会があったと聞いて、ジュンは簡単に摘まめる菓子と茶を用意する事にしたようである。
「ジュン、今夜はお泊まり会だよ。総指揮官に朝食をもらってきた。ギルド本部の特製朝食セットだって。朝が楽しみだよ」
リックののん気な発言に、ジュンは首をかしげた。
今日の会議で、具体的に闇の森を攻略する作戦が練られると、チェイスから聞いていたのである。
「今から緊張してたら持たないぜ。ジュンはいつも、何でも一人でやろうとするだろう? 総指揮官のアンドリューさんも心配されていたぜ。ノーアとの対決はきっとジュンに頼る事になるんだろう? だったらそれまでは、頼ってくれ。そのために俺たちはここにきたんだからな」
レオの言葉にジュンは言った。
「うん。そのつもりだよ。頼りにしている」
「クレア嬢の言葉を聞いたからね。皆、耳が痛かったと思うよ。情けないよね。民を守るために税金で暮らしている者が役に立てないなんてさ」
ダンはそう言うと、肩をすぼめた。
「うちの父上なんて、早速、城の会議で意識改革を強く求めたらしいよ。あの人は愛妻家だから、クレア嬢の言葉を聞いて涙していたからね」
リックの言葉にレオはうなずいた。
「女はよく分からんが、彼女の言っている事は理解ができたぜ」
ダンが優しげな笑みを浮かべる。
「ジュンを愛していると、ずっと言っていたものね」
レオはダンを見て言った。
「愛しているなんて一度も言ってないだろう?」
リックはため息をついた。
「だからレオは唐変木なんだよ。あれほど熱烈な愛がこもった言葉はないよ」
ダンは面白そうに笑うとジュンに告げた。
「アルトロアのアブラーモ王なんて、感動していたからねぇ。これが無事に解決したら、世界中の吟遊詩人が歌いそうだ」
ジュンはひどく迷惑そうな顔をして言った。
「それだけは嫌だな……。やはり世界を滅ぼそうかな」
四人の楽しい笑い声は、深夜まで続いた。
これから、彼らは戦いの中に身を置く事になる。
アンドリューはそれを知っているからこそ、強引とも思える手段で、四人の時間を作ったようである。
翌朝、ジュンは特務隊とともに、闇の森に突入した。
三人の王子たちも、それぞれ兵の先頭にたち、森で指揮を執るために闇の森の入り口を潜って行ったのであった。




