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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百十七話  婚約者の悲しい怒り 

 新しくできたイザーダ軍は、各国の王族や軍に所属する兵士が、有事に協力し合う事を目標に掲げた、空の箱のようなものである。

 兵を育てる時間も余裕もないので、出来上がっている物を並べるだけの集団ではあるが、目標の方角さえ定まっていれば、強者が作った箱に入る者たちはいるようである。


 イザーダ世界のために作戦を立て、割り当て、実行する。

 それ以外は何もしない。訓練や身の回りの細かな事は、自国の軍の規則に従って行動する。

 そんなイザーダ軍の、各国の責任者がギルド島で顔を合わせる。


 ギルド島にある王族会議場の転移陣は、各国の王城から二名しか転移はできない。

 今回の会議は、王とその側近がモーリス本邸から入り、イザーダ軍に加わる各国の指揮官とその補佐は自国の転移陣から転移する事になる。


 コンバル国からは、ギャレット第二王子と補佐のリチャード第三王子ことリックが指揮を執るが、騎士団からはカルロと魔術師エイデンも参加をするようだ。

 若い二人の王子を送る不安もあるのだろう、行動をともする兵士たちは、精鋭がそろっている。


 ゼクセン国からは王弟テオドル・エスカランテが、騎士団の副団長を連れてきていた。戒めの森に接する領地の領主でもあるが、年若いジュンとの出会いが、その後の領主としての生き方を変えたようである。菩提樹の蜂蜜事業ではミゲルが手を貸している事もあり、テオドルは自から先頭に立ち、いち早く参加の名乗りをあげたのである。


 カブラタ国は、エヴァン第一王子と近衛副団長のアンブロスが指揮を執る。ジュンにとっては、ミーナの事件でお世話になった二人である。エヴァンは、レオの友人であるジュン・モーリスに興味があるようで、噂や情報だけでなく自分の目で確かめたいと、王に願いでて参加したようである。


 ヘルネー国はマドニアの隣国であり、闇の森にも近い。

 レオナルド第二王子ことレオが、近衛騎士団長のロルフをつれて参加する。兵士の数も多い事から、王が力を入れている事がうかがえる。

 確かに、闇の森に何かがあれば、ヘルネー国はマドニアと同時に被害を受けるのだから、当然ではある。


 マドニア国は闇の森がある国で、軍はイザーダ軍とともに行動する事になっている。

 前回、他国に応援を依頼して、苦渋を味わった。近年は戦争もなく、軍や兵が合同で動く機会もなかったのに加え、エルフ族の国民性が裏目にでたようである。

 彼らは世界の平和のために、怒りを飲み込み、イザーダ軍に全権を委ねる事を選択した。それは、かつて世界樹と妖精湖を救ったジュンの実力を、評価しているからに他ならない。


 テンダル国はダンカルロ第一王子ことダンが、近衛騎士団長と指揮を執るようである。テンダル軍は武器や防具の職人たちを連れての参加を表明した。

 職人たちをまとめるのは、魔法剣を二本も打った、若き天才コール・スミスである。彼は魔法剣を二本も打たせてもらえた、運だけが取り柄のコールだと主張している。しかし、スミス家は、鍛冶師たちの信頼も厚く、コールを中心に職人たちが集まったようである。


 アルトロア国は、ランドロー王子が騎士団長をつれて参加していた。婚約者であったカブリエラ嬢にだまされた、心の傷はかなり癒えたようで、友人である王子たちとともに戦う意欲を見せている。ランドロー王子は国王と同じ趣味を持っていて、兵士の中に数人の吟遊詩人がいる。彼らは国王への伝令係のようである。


 各国から四人も王族会議に参加する事はめったにないのだが、今回は情報が各人に正確に伝わるようにと、ジェンナが、顔合わせを兼ねて集めたようである。


 特務隊からは、アンドリューとチェイスが早くから会議室に入っていた。

 ジュンはジェンナと本邸で打ち合わせをしてから、会議場に転移した。

 転移室からでると会議室の入り口で、特務隊副隊長のコナーとジャコモが、警護として立っていた。


 おそらくジュンたちが、最後の入室者なのだろう、ホールの椅子に掛けている者は一人もいなかった。

 ジェンナがコナーに扉を開けるように促した時だった。


「ジュン様! 待ってください!」

 後ろの転移室から慌てて呼ぶ声がした。

「クレア?」

 ジュンは振り返って驚いた。ここは王族会議室の前である。許可なく立ち入る事は、モーリスの名を持つ者であっても許されないのである。


「お婆さま。少しで良いのです。お時間をください」

 クレアの言葉にジェンナはニヤリと笑った。

「まだ、会議は始まらないから、問題はない。手短にするんだね」

「はい。ありがとうございます」


 コナーがジェンナのために扉を開けた。

 ジェンナはコナーに何やら耳打ちをしてから、中に入った。


「どうしたの、クレア。向こうの椅子に座ろう」

 ジュンの言葉が届いていないかのように、クレアはジュンを見つめている。

「ジュン様。行かないで! 行っては嫌です!」

 ジュンは驚いたようにクレアを見てから、寂しげなほほ笑みを浮かべた。

「聞いたんだね? そうはいかないんだよ。ごめんねクレア」


「なぜジュン様が、死ぬ覚悟を決めなければいけないのですか? 民を守るはずの王族や貴族や兵士が、なぜ未成年のジュン様に平気で犠牲を強いたりするの? 嫌です! 私の婚約者なのに……。ジュン様は、私をおいて死ぬ気ですか!」


「クレア、落ち着いて、そうではなくて」

 声を荒らげる事のないクレアの強い言葉に、ジュンは辛うじて声を発したが、目の前に出された手を見て、言葉を飲み込んだ。


「では、この指輪はなんですの? 私が自害をしない魔法がなぜ必要なのです? ジュン様を犠牲にして笑顔で暮らす人々を。私たちの幸せな未来を踏みつけて幸せにしている人たちを、自害すら許されない私に、生涯見ていろとおっしゃるのですか?!」


 クレアの悲しい怒りに、ジュンは困った顔をして言った。

「ごめんクレア。悲しい思いをさせるかもしれない。でも、生きてほしいと思う。世界中の誰よりも、幸せになってほしいと心から願っているよ」

 ジュンの言葉で、何とか持ちこたえていたクレアの心が、涙と共に崩壊した。


「お、お断り、しま、すわ! わ、たしを、しあわせ、にするのは、ジュン様ですもの!! 敵に、あ、足を、あげても、いい! 腕を、あげても、いい! で、も、お願い! 命だ、け、は…… あげないで! 英雄、に、なんて、ならなく、て、いい。帰って、帰ってきて……」

 涙を流しながら、気持ちを絞りだしているかのように見えるのは、クレアが震えているからだろう。


 ジュンはようやくその腕にクレアを閉じ込めた。


「クレア、約束するよ。きっと帰ってくる。だから、泣かなくていい。僕はノーアに命も腕もあげたりしない。クレアをこうして抱きしめられないでしょ?」

 クレアはまだ震えていたが、それでも大きくうなずいた。


「さぁ。アリソンさんが心配しているよ」

 転移室の中で待っていた、クレアの母、アリソンが姿を見せた。


「ごめんなさい。内気なこの子の必死な願いを叶えてやりたかったの。ジュン君、いえ、ジュン・モーリス様。ご武運を願っておりますわ」

「ありがとうございます。戻るまで、クレアをよろしくお願いいたします」

 クレアたちを転移室で見送ったあとで、ジュンは会議室に向かった。


 コナーがため息をついて言った。

「私のせいじゃないよぉ。総長命令だからね」

 コナーの視線の先には、扉に挟まれている彼の足先があった。

「どこから聞かれたの?」

「最初から?」


「ジェンナ様。何をしてくれたんです……」

 ジュンは静まりかえっている扉の前で、大きなため息をついた。


 ジャコモが小さな声で言った。

「すげぇ、かわいい婚約者殿だな」

「あげませんよ?」

 ジャコモはヒラヒラと手を振った。


「いらん。俺はジュジュ嬢一筋だ」

 ジュンはあきれた顔で言った。

「……ジャコモさん。遊ばれているよ?」


「ジュジュ嬢になら、遊ばれて全財産を貢いでもかまわない」

 うっとりと語るジャコモにジュンはため息をつく。

「遊んでいるのはジュジュじゃなく、特務隊員。ジュジュは男だからね」

「かまわない。男だってかまわない。え?」


「ジュン、ばらしては駄目だよぉ。成長を皆で見守っていたんだから。それより早く中に入りなよ。きっと手ぐすねを引いて、待っているだろうからね」

 コナーの笑顔に、ジュンは心の底から嫌な顔をした。


「入りたくない……。帰りたい」

 コナーは扉を開けて、無理やりジュンを押し入れた。

「大丈夫だ、今取って食われるか、後からノーアに食われるかの差だよ」

 魂が抜けたままのジャコモの横で、コナーは楽しそうに笑った。







  

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