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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百十六話  前ギルド総長の脅迫 

 その日、拠点の執務室には重たい空気が漂っていた。

「あれでは、来年になってもダンジョンには行けないわよ。考える気のない者が何人集まろうと良い知恵は浮かばないって、知っている人すらいないみたいよ」

 セレーナは、はがゆさを隠しきれずに悪態をつく。


「マドニア国とヘルネー国の呼びかけで、他の五カ国の軍も参加したんですがねぇ。基本的に単独でしか動かない軍が、七カ国ですぜぇ。全く協調する気がないですねぇ。入り口の村で、いかに自国軍が良い場所を取るかでにらみ合い。後は自国の薬師が動きやすいように魔導師たちが魔法を使う。ダンジョンに行くという目的のために動いているとは、到底思えませんがねぇ」

 マシューがあきれたように報告をした。


「全く。ギルドが口を出すのもどうかと思ったが、イザーダの危機が迫っている事や、闇の森が一番怪しい事を、王たちは伝えていないのだろうねぇ。確かに兵士の口から情報が漏れたら、それはうわさ話では済まないからねぇ。混乱は避けられないだろうしねぇ」

 報告を聞くために立ち寄ったジェンナが、不快そうに大きなため息をついた。


「ジェンナ、会議を開くのじゃ。ダンジョンが災いの場所ならばどうするのかのぉ。儂はジュンの保護者だからのぉ。そこにジュンはやれぬのぉ」

 ミゲルの言葉にジェンナは困った表情を浮かべる。


「ミゲル様、もう少し時間が必要でしょう。彼らにとっては、初めての経験」

 その時だった。

 テーブルが大きな音をたて、上のお茶がこぼれた。

 そして、全員の視線がミゲルに集中した。


「もう少しの時間とは誰の時計の話じゃ! 足手まといじゃ。災いが起こってからでは遅いのじゃ。そのように自国のためにしか動けぬ軍ならば、世界のために団結ができない軍ならば、帰国させるのじゃ。ジェンナ、ギルドを動かすと王たちに伝えよ。その意味が分からぬ国など、イザーダには要らぬ!」


 イザーダには要らないと言ったミゲルは、退職したとはいえ、最強の魔術師である事は、世界中の誰もが知っている事なのである。

 誰もが動けなかった。

 その状況でいつもと同じように動いていたのは、コラードだけだった。彼は、テーブルの上を奇麗に整え、新しいお茶を配っていた。


「久しぶりに総長の顔を見せてもらいましたねぇ、ひい爺様。これは前総長がお怒りだの一言で済む話になったねぇ」

 ジェンナは嬉しそうにミゲルを見た。

「ミゲル様って怖い総長だったんですか? 国王って面倒そうだから、ジェンナ様、楽ができて良かったですね?」

 ジュンとジェンナは顔を見合わせて笑った。


「いや、二人の笑顔が理解できないっす」

 ワトの言葉にメンバー全員がうなずいた。


 緊急で開かれた王族会議で、ジェンナの怒りも爆発したようで、各国の軍に帰国命令が出された。

 改めて、ジェンナの提案により、各国の軍隊に特務隊が率いるイザーダ軍の募集が掛けられた。


 その募集要項は、私利私欲、自国の利益を優先する者は、厳罰に処すると大きく書かれていた。

 しかし、イザーダを守ろうと考える兵士は想像以上に多く、各国の軍は頭を痛めることになった。


 ジュンはミゲルとパーカーと三人で、闇の森の入り口にある村に来ていた。

「どうじゃ?」

「ミゲル様……。ここです。腕輪がひどく反応しています」

 パーカーは横で、コラードに連絡を入れた。

「主がここだと断言した。ジェンナ様に連絡を」


「ダンジョンの入り口に行けると良いのですが、ここからだと見えませんね」

 ミゲルはジュンの肩に手を置いた。

「慌てるな。まずは準備をしてからじゃ。戦闘中は途中で帰る事もできんからのぉ」

 ジュンはうなずいた。

「分かっています。でも、心がはやります」


「それにしても、以前より随分と森が茂っていますね。あれでは前には進めないだろうなぁ」

 パーカーの言葉を聞いて、ジュンは森の入り口に向かった。

 入り口は人が二人も並ぶと狭いほどだった。

 ジュンはその森を見て息を飲んだ。


「これを森と言うのでしょうか……」

 暗闇にも見える(しよう)()の中で、蛍光色の鮮やかな草木。

 草木の色彩の固定観念を諦めなければ、おそらく長居はできないと思われるその中で、ジュンはつぶやく。


「緋色や紫の草木って、薬だけなの? 染料にもなりそうだよね?」

「薬は命がけで作る者がいるが、染料はおらんからのぉ」

 ジュンとミゲルの言葉を聞いて、パーカーは頭を抱えた。

「二人とも、ふざけていないで、ダンジョンに行く方法を考えてくださいよ」


「え? 一人なら簡単に行けるでしょ? ミゲル様とならより確実かな」

「そうじゃのぉ。ただ、軍を動かすのは大変じゃのぉ。光の魔術師は医療に従事している者がほとんどなのでのぉ」


 ジュンは足元の土を手に取り、左目を使った。

「ミゲル様、見ていてくださいね」

 ジュンが指差す木の根元が、光を放ち始めた途端、木の色が下から上へ炭のように変化して行った。


「ほう。闇魔法かのぉ」

 ミゲルは面白そうに、光の行方を見ている。

「はい。瘴気は土にも含まれていますね。光魔法の浄化は一瞬ですが、闇はムシが浄化するから、一度でも効果は持続しますよね。第一、ダンジョンまでの道を作るなら、どの魔導師だって結界は張れるでしょう?」


「なるほど。すぐに再生する森の全てを消そうとするから、先に進めないのだな」

 パーカーの言葉に、ジュンは小さくため息をつく。

「目的が闇の森を消す事なら、それでも良いんだけどね。僕はダンジョンが目的だからね。過去に失敗をした方法を、今更繰り返されても困るよ」

 ジュンの言葉を聞いてミゲルがニヤリと笑った。


「セレーナの言う通りじゃのぉ。さて、イザーダ軍が賢い事を願おうかのぉ」

 ジュンはミゲルを横目で見た。

「ミゲル様、アンドリュー様を巻き込みましたよね? チェイス副隊長が補佐は不自然ですよ」


 ギルドの特務隊が作るイザーダ軍の総指揮官が、アンドリューに決まったのである。副官はチェイスが務める事になった。

「アンドリューはギルド長としては有名人だからのぉ。なによりモーリスの家名がある。チェイスはできる男じゃ。だが、特務隊以外にそれを知る者がおらんのでのぉ。アンドリューを利用するのじゃよ。二人の同意はとってあるのじゃ」


 パーカーは不思議そうに尋ねた。

「ベルホルト様もいらっしゃいますよね?」

 アンドリューは特務隊隊長の秘書である。チェイスを補佐に付けるのなら、隊長であるベルホルトが適任だと思うのは当然である。彼もまた、モーリスの名を持つ者なのだから。


「ん……。向き不向きがあるからのぉ。あれには特務隊隊長の席を温める任務があるからのぉ」

 面倒そうに言うミゲルに、パーカーはあきれた顔をする。

「ひどい……」


「雛はもうじき育つのですね。ケームリアン、懐かしいですね」

 ジュンはそう言って小さく笑った。

「本人の希望じゃ。次が決まったら、妻と息子の所に行くようじゃ。あれにはそれが向いておるじゃろうのぉ」

 ジュンは静かにうなずいた。


「主。団長が防具の試着をして欲しいと言っている」

 パーカーがコラードからの通信を伝えた。

「うん。戻るよ」

 三人は拠点へ転移した。


 出迎えたコラードと共に執務室で防具を試着する事になったジュン。

「え? なんで全員そろっているのかなぁ……」

「防具が気になりますからねぇ。主を守る物ですから」

 マシューの言葉に、作ったトレバーが不快そうな目を向けた。


「ワシはヘマなどせん」

「分かっているっすよ。オレたち蜘蛛は付いて行けないっすからね。勇姿はここで見せてもらいたいっすよ」

 ワトはトレバーをなだめるように告げた。


「そうか、どこかに紛れ込んだら? 戦わない部署ってないの?」

 ジュンの言葉に食い付いたのはマシューだった。

「だとしたら、今度こそ自分ですねぇ。戦えるメイドですぜぇ」

 そこにパーカーが口を挟む。

「魔法が使えないんだ。毒持ちの魔物の巣窟だ。薬師の俺以外はいらないだろ」


「武器や防具のメンテナンスはワシだ」

「戦えるメイドが許されるのなら、ウチの方が戦力になるわ」

 トレバーとセレーナも負けてはいない。

「オレっすね。主が使いやすいのが一番っす」

 ワトまで加わった。


「これ以上騒ぐと部屋から追い出しますよ?」

 コラードが優しい声で、殺気を放った。


「鎖かたびらが、なんでこんなに軽いの? 僕が持っているのとは全然違う」

 驚くジュンにトレバーは小さく笑う。

「主のは鉄だから重い。ミゲル様がミスリルをくれた。強くて軽い。小手もミスリルで作った」


「着心地が良いよ。トレバー、ミゲル様ありがとうございます」

 上機嫌のジュンにシルキーが言った。

「そのチェインメイルや小手の下に、この服を着ると良いわ。防具の重さを軽減して体温の調節もするわ。私が糸から織り上げたのよ。その辺の鎧には負けないわ。ローブもよ」


「すごく動きやすいけど、ローブも着るの? フードは顔だけ横を向くと視界が遮られるから、いつも戦闘時は被らないよ」

 ジュンの言葉に、シルキーは知っているとばかりに言った。

「首を守る布があるでしょ? それでフードも邪魔にはならないわ」


「白いローブって汚れそうね」

 セレーナはジュンのローブを見てつぶやいた。

「白いこの糸で織った布は制約が掛かるわ。(のろ)いを受けない代わりに、呪いを掛ける事ができない神の色。あの方はいつも白いローブだったわ。地上に降りてからは、白いローブを一度も身に付けなかったのよ。悪霊となった彼らから、ジュン様をきっと守ってくださるわ」


 セレーナは初めて聞いたのだろう。驚いて言った。

「そうなの?! 絶対白ね。主が呪いを掛ける事はないと思うもの」

 ジュンはあきれたように告げる。

「呪いって、そんな面倒な事はしないよ」


(人を呪わば穴二つ……。相手と自分の墓穴を掘るんだよ? 面倒だよね。第一土葬は禁止だからね)


「主なら瞬殺できる」

 トレバーにワトが言った。

「確かに、そうっすよね」

 パーカーは感心したように腕を組む。

「確かに、瞬殺ができるのなら呪いは面倒だな」


「どうして殺すのが前提なの?!」

 ジュンは説得を諦めたのか、肩を落として、ため息をついた。







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