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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百十五話  闇の森の秘密 

 ジュンは一人で、マドニアの教会の共同墓地に花をたむけていた。

 ソフィが任務中の事故で倒れ、他界したと知らされたのは、久しぶりに顔を出した、特務隊の会議の席だった。


 黒組のソフィは三十代とは思えないほどの、美しい容姿で情報収集を得意としていた隊員だった。

 彼女は謀反を企てた貴族の娘で、後継者として処刑された、幼い弟の面影をジュンと重ねていたようで、何かと心配をしてくれた。


 ジュンの実の姉は、幼い頃から竹刀を振り回し、兄やジュンより力強く、一番男らしい性格だった。

 そんな実の姉とソフィに共通点はなかったが、それでも、姉がそばにいるようで、ジュンは随分と、心強かったのである。


 事故の現場はソフィの故郷、マドニア国だった。彼女はそこで()()にふされたのである。

 犯罪者となり、家名を失った家族が入っている共同墓地に、偶然とはいえ入ったソフィの名札にジュンは悲しそうな笑顔を向けた。

「ソフィ、弟さんに会えた?」


 ソフィの名札とそう離れてはいない場所に、青組のバルドゥールの名札を見つけてジュンは頭を垂れた。


(短い間に二人も……。人の命が軽い世界だよね。仲間や家族の悲しみは、どこの世界でも変わらないのにね)


 ジュンは拠点に戻った。

 ソフィが巻き込まれた事件が、特務隊から報告され、それを受けて各国が動き始めたようである。

 ギルドはそこで手を引いたが、ジェンナには気になるところがあるようで、その後の様子を調査部であるジュンたちに、追加調査をさせたのである。


「皆、今回は大変だったでしょう。ご苦労さま」

 ジュンの言葉に、皆の顔色は優れない。


 エルフ族であるパーカーが口を開く。

 彼はマドニア国の出身で、家族が住んでいることもあり、その辺りの事情にも明るい。


「主は闇の森を知っているか?」

「ごめん。知らない。どんな森?」

 ジュンの答えはどうやら、想定していたようで、パーカーは続ける。

「その森はヘルネー国に近いマドニアの外れにある」


「未知領域なの?」

 この類の話は、未知領域なのだろうと、ジュンは疑っていないようである。

「いや。正確には未知領域ではないが、未知領域扱いになっている」

 パーカーの不明確な返答に、ジュンは首をかしげる。

「……入りにくい、危険な森という事?」


 パーカーはゆっくりとうなずいた。

「大昔から、高い山々に囲まれた小さな森なんだ。だがそこは、普通の植物は生えてはいない。一年の大半は黒い霧で覆われているんだ。出入りができる唯一の場所には、マドニア国から派遣された光の魔術師と、薬の研究者が住み着いている村がある」


「確かに珍しい植物がありそうだけど、光の魔術師とは?」

 そこで、ミゲルが真剣な顔で言った。

「黒い霧と呼ばれているのは、(しよう)()じゃ。その森の植物は瘴気を吸収するうちに、特殊な植物に進化をしたのじゃ」


「ええと……。ごめん。瘴気って何?」

 ジュンの問いにパーカーが答える。

「瘴気の発生はまだ解明されていない。だが、それをを吸うと、激しい目まいと吐き気に襲われて倒れる。その後の症状は人により、さまざまに変化するが、ほとんどが高熱を伴う。処置が早ければ助かるが、大抵は命を落とす。特務隊の女性のように、一人で行動するのは危険だ。倒れたまま絶命する」


 ジュンは不快そうに語気を強くする。

「どうしてそんな危険な森が、存在しているの?!」

 ミゲルがジュンを見て言った。

「長い年月、色々と試してはみたのじゃよ。しかし、たった数日で森が再生してしまうのじゃ。ただ、瘴気はなぜか山を越えないのでのぉ。監視をすることで共存しておるのじゃ。黒い霧は光の浄化を嫌うのでのぉ。魔術師が村に常駐しておる」


「寒い季節は瘴気が少なく。薬草の採取ができる。闇の森がなければ、毒消しを始めとする薬は今の半分も種類はないだろうな。あの場所にしかない薬草がたくさんあるんだ」

 薬師でもあるパーカーがポツリとつぶやく。


 ジュンは書類を見ながら言った。

「この報告書によると、前回は連絡が途絶えた村の調査と、村長の家にある機密書類の保護のために、特務隊の青組と黒組が出向いたんですよね? 瘴気の異常発生で、病がまん延して村が全滅していたと、書類を持ち帰って報告をしています」


 ジェンナからの追加調査を指揮していた、マシューがここで口を開く。

「その通りですぜぇ。特務隊の結果を受けて、マドニアとヘルネーの軍隊、学者が現地で、森の植物の重要種だけを保護して、燃やす事にしたみたいですぜ。自分が行った時も、軍の魔術師が随分と派手に森を燃やしていましたぜぇ」


 ジュンは書類を見てから首をかしげた。

「それで今回は燃え後から遺跡が見つかったと? 小さな森なんですよね? 今まで発見されなかったの?」

 今回、マシューと行動を共にしていた、セレーナが言った。

「小さくても瘴気に満ちた森よ。地面の起伏にまで、気が付かなかったのよ。ただ今回は偶然、燃え落ちた草木の中に、不自然に並んでいる石に気付いた学者がいたのよ。そして、そこから僅かに瘴気が漏れていたって話よ」


 そこでワトが新たな資料を皆に配った。

「最新情報っす。燃え後から遺跡が発見されたようっす。石の正体は朽ちて落ちた建物の跡だろうという結論に達したみたいっすね。どうやら、その地下が毒の魔物がいるダンジョンらしいっす。小耳に挟んだ情報だと、そこが瘴気の発生源のようっす。マドニア国は各国の軍に協力を打診しているっす」


「ダンジョンらしいとは?」

 ジュンは資料から視線をワトに移した。

「森を何度か燃やしたっすが、再生が始まるとなぜか霧が発生するので、近付けないようっす」

「ああ、それでギルドではなく軍なんだね。どの軍も魔法騎士がいるからね」


 ジュンは皆の顔を見回した。

 その表情は、かつて嫌と言うほど見たからだろうか、ジュンはこれ以上ないほどの笑顔を作って言った。


「そこが災いの場所ならいいよね。さっさと終わらせたら、皆に安心してもらえるのに。心配ばかりかけて、ごめんね。僕なら大丈夫だよ」



 それぞれが退室した後、ジュンとコラードが残された。

「ジュン様。コンバルのモーリス家のモナ様が、年に一度、里にお帰りになるのはご存じでしたか?」

「そうなの? ご実家は米作りと漁をされていると聞いてはいたけど」


「はい。初冬のこの時期は、越冬用の食材が売買されますので、毎年それに合わせて、手伝いのために帰られるようでございます」

 コラードの話にジュンはほほ笑みを浮かべる。

「じゃあ、クレアがカミルさんとセインさんのお世話をするの?」


「アリソン様が、明日はどうしても外す事ができない仕事があるようで、コンバルには行けません。それで、お兄様たちが仕事から戻られるまで、クレア様がお一人になられます。メンバーの誰かをおそばに付かせましょうか?」


「二人が帰宅するまででしょう? 僕が行くよ」

 ジュンの言葉にコラードは顔色も変えずに言った。

「では、お願いいたします」


(ジュン様は周囲の気遣いに、そろそろお疲れのご様子。クレア様とお会いになる機会はこの先、災いが終わるまで、おそらくないでしょう。クレア様は今回の話をご存じないと祖父より聞いております。ジュン様の休息になるか否かは、ご本人次第ではございますが……)


 翌日、ジュンはクレアとコンバルで、いつもと変わりなく過ごしていた。

 クレアと楽しそうに露店を回る姿は、どこにでもいる恋人たちと少しも違いはなかった。

 二人はメフシー商会に立ち寄ってから帰宅した。


 キッチンでクレアが料理を仕込んでいる間、ジュンはメフシー商会で受け取った指輪に強力な結界魔法を付加した。

 この世界には、結婚や婚約で指輪を交換する習慣はない。

 リビングのソファーで、隣に腰掛けたクレアの左薬指に、ジュンは指輪をはめた。


「ジュン様、こんな高価な物を受け取れません」

 真剣な顔のクレアに、ジュンは笑顔を向ける。

「ん? 心配はいらないよ。アンドリューさんに許可をもらってある。いつもそばにいてあげられない婚約者でごめんね。指輪、とても似合っている」


 クレアは大きく首を振る。

「女の私が学校を卒業するまで、待ってくださる婚約者など他にはいないから、大切にしなさいと兄たちにも言われました。我がままでごめんなさい」

 ジュンはクレアの肩に手を回した。

「そんな事は、我がままとは言わないよ。また少し、仕事が忙しくなりそうなんだ。指輪は謝罪の前払いね」


 クレアは左手を目の高さに上げると、ジュンを見る。

「ジュン様の瞳と同じ、奇麗な赤い石ですね。指輪のサイズはどうなさったの?」

「許可をもらったと言ったでしょ? その時に教えてもらったんだ。聞いておいて良かったよ、クレアの指は細いんだね。商会の人に驚かれたよ」


「母様も細いから、遺伝だと思います。苦労を知らない手だと、大人の方に必ず言われるので、少し嫌です」

 クレアは不満そうに告げた。

「生まれながらに、幸せを約束されているのだと思えばいいよ」

 クレアは小さく笑った。

「それは皆に知られたら、羨ましがられるわね」


 クレアが見つめている指輪は、どのような傷や毒からも、クレアを守る強力な結界が付加されている。

 その結界は彼女自身からの攻撃も、守るようにできている。


 ジュンがアンドリューにそれを話したのは、クレアが病におか

された時に、治療ができない可能性があるからだった。

 ジュンの気持ちを、アンドリューはただ、黙って受け入れた。



 後日それが、クレアの怒りを招く事になるとは、ジュンとアンドリューは想像もしていなかったのである。




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