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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百十四話  準備と身辺整理 

 王族会議が連日開かれ、王族やギルドが大忙しの頃、ジュンはテンダル国の鍛冶屋、スミス家にきていた。


 コニー自慢の腸詰めが入った、野菜のトマトソース煮には、香ばしい豆生地揚げが添えられていて、ジュンは久しぶりにスミス家の味を堪能していた。


「ほんとうにおいしい。この味はコニーさんじゃなきゃだせませんね」

「ありがとう。たくさん食べてね、ジュン君。それにしても遅いわね」

「すみません。無理を言いましたから」

「いいのよ。主人も息子もあんなに楽しそうにしているんだもの」


 ジュンは、コール・スミスに一振りの剣を頼んでいた。

 普通の剣であれば、拠点のトレバーも引き受けてくれたのだが、アダマンティウムとなると、スミス家に頼るしかない。

 コールに頼む折、魔法属性を付けたいなどと、ジュンが言い出したものだから、コールの父であるウーリーまでが、手を貸してくれる事になったのである。


 カイのノートを調べたところ、カイは当時、無名の腕の良い鍛冶屋と意気投合して、魔法属性の剣を作ったようだ。

 それは何度かの失敗を重ねて完成したようで、属性を付けるより、単一の魔法を付ける方が、使い勝手が良いと書かれていたのである。

 その方法が細かく書かれていたが、それは、かつてスプリガンから材料を受け取ったジュンには、理解しやすい説明だった。


 ジュンは拠点の練習場にこもり、倉庫にあったカイが残したアダマンティウムを出して魔法を掛けた。

 あの日スプリガンから受け取ったアダマンティウムと同じように、角が取れ空豆ほどの大きさになるまで、ただひたすら魔法を掛け続けたのである。


「ジュン君、お待たせ。二人が呼んでいるわよ」

 コニーに言われて、ジュンはスミス家の特別な鍛冶場に入った。


「ジュン。できたよ。この状態でいいんだね?」

 コールの言葉に、ジュンはうなずいた。

「うん。我がままを言ってごめん」

 ウーリーは興味があるのだろう、楽しそうに促す。

「さあ。やってみるといい」


 剣は同じ者が同じ材料を使っても、二度と同じ物ができないようで、その剣は以前と同じように青紫の光がうごめいていたが、動きは全くの別物だった。

 初めての剣は、ただ慎重に魔力を流していただけだった。

 だが、今回はカイのノートから、アドバイスをもらっていたのである。


 ジュンはゆっくりと青紫の光を包むように、魔法を流していった。

 青紫色が剣の樋に沿って集まり、まるで剣の内側に剣があるかのような形に収まると、剣の外側が白金色に光り出した。


「やった! 成功しました! ありがとうございます」

「ジュンには、驚かされる。俺の人生で二度目の魔法剣だ。息子が羨ましい。この若さでこんな仕事が二度もできたんだからな」


「うん。それにしても美しい剣だね。柄や鞘がそんなに地味でいいの?」

「これが良い。僕の剣は飾り物じゃないから。これでも十分過ぎるほどだよ」

 宝石などの装飾品が一切ない。黒い皮が貼られた鞘のコジリに、最低限の銀の装飾があるのは、誰もがする補強である。


 前回は王家から資金が出され、無料だったが、今回はきちんと金を支払ってジュンは剣を手にした。

 友人割引や、家族同然割引、手土産の珍しい酒まで割り引きの対象になり、店頭に並んでいる、安価な鉄剣ほどの料金を出して、きちんと支払ったと言えるかどうかは、個人の見解にもよるだろうが。


 災いの日までに、入手したい物の一つは手に入れたのである。

 ジュンは拠点に戻り、トレバーがいる鍛冶場に顔を出した。


「トレバー、手伝う事はない?」

「ない。良いのを作る。主はワシの防具が守る」

「ありがとう。自分の防具を持つのは初めてなんだよ。ワクワクするね」

 トレバーは嬉しそうに、顔を上げてうなずいた。



 特務隊の仕事をしながら、災いの日に備えて、準備や訓練と忙しく動いている中、王子たちからヘルネー城に集合が掛かった。


「こんばんは。夜会があったの?」

 ジュンの言葉にレオは不機嫌そうに言った。

「いや。それどころじゃないだろうが!」

「ジュン。どう言う事なの?」

 リックまで機嫌が悪く。見かねたダンが口を開いた。

「まあまあ、二人共。気持ちは分かるけど、ジュンにあたるのはどうなんだい?」


「ああ、王様から聞いたんだね? やるしかないんだよ」

 ジュンの言葉は、不機嫌なレオの気持ちを逆なでしたようである。

「勝てるのか? 相手は神だぞ?!」

 ジュンは小さくため息を吐いた。

「分からないよ。戦った事なんてないからね」


「大きな声じゃ言えないけどさぁ。どうせ軍が出るなら、逃げちゃえば? ほら、私たちは未成年なんだから」

「リック!」

 おどけたように笑うリックをレオがたしなめた。だが、その途端にリックの顔から笑みが消えた。


「だって私はジュンに死んで欲しくないからね。卑怯だなんて誰にも言わせない。どこの未成年が、こんなに重要な仕事ばかりできるの? いくらなんでも頼りすぎでしょ? 逃げたっていいじゃない。責めるならあんたが行けよって話でしょう」


 ダンが困ったように眉を上げて、リックを見た。

「確かにそうだね。だがジュンにしかできないのなら、そしてジュンがやると言うのなら、私たちはできる限り協力するしかないだろう?」


「俺は最前線で、ジュンを援護するぞ」

 レオの決意した言葉に、リックも続く。

「私も兄上の補佐として、出向くよ」

 ダンは落ち着いて言った。

「私も王に頼んでいる」


 レオはダンを見た。

「ダンは第一王子だろ? 他に兄弟はいないんだ。無理をするな」

「ジュンに万が一があったら、滅ぶ世界と国なんだよ。何を継承するんだい?」

 ダンの言葉にレオは小さく笑う。

「確かになぁ」


 ジュンは大きなため息をついてから、三人に笑顔を向けた。

「いつ、どこの国に、どんな形で現れるか分からないからね。今は有事に備えるしかないよ。第一、どうして僕が死ぬのが前提なの? 僕は逃げる訳にはいかないけれど、負けるつもりはないんだ。できれば笑顔で、再会の約束でもしてくれた方が嬉しいよ」


 ダンはいつもの優しい笑顔をジュンに返す。

「そうだね。私たちはまたこうして会おう」

「おぉ。そうだぜ、俺たちは仲間だからな」

 レオの言葉にリックが言った。

「何の仲間なの? それぞれ、これから忙しくなるけど、私たちは生きようね」


「ありがとう。皆が自国を愛しているように、僕も仲間のいるこの世界が好きなんだ。皆の笑顔が見たいから、僕なりにがんばるよ」

 ジュンの言葉にそれぞれが、笑顔でうなずいたが、その笑顔はとても寂しそうだった。


 ヘルネーの離宮から、ジュンはモーリス本邸の転移室に転移した。


「ジュン様。どうなさいました?」

 ジーノがいつも通りの顔で、ジュンを迎えた。

「うん。少し踊り場の姿絵が見たくて……」


「椅子をご用意いたしましょう」

「いいよ。好きに見たいから」

 ジーノはうなずくと、ジュンの後に付くのは止めたようである。


 ジュンはカイの絵の前に立った。

(ねえ、カイ。カイが世界を守ったように、僕もこの世界を守れるだろうか……。僕が生きる事を許してくれた世界だからね。やはり大切なんだよ)


「何か話したい事があるのだろう。お茶でも飲むかい?」

 突然話掛けてきたジェンナに、ジュンは黙ってうなずいた。

 ジェンナは侍女のサマンサが、茶の用意をして退室してから話し始めた。


 ジェンナは優しく聞いた。

「クレアの事かい?」

「どうして分かったのですか?」

 視線を上げずに尋ねるジュンに、ジェンナは言う。

「一人できたからさ。迷っているのかい?」


「迷いはないです。僕にはクレアしかいませんから。ただ……」

 ジェンナは茶を一口飲むと、ジュンを見た。

「ただ、なんだい?」

「僕が神に負けても、この世界が残ったら。相打ちになってこの世界を守れたら。クレアとの婚約をなかった事にして欲しいのです」


 真剣な顔のジュンに、クレアは小さく息を吐く。

「弱気だねぇ」

「正式な婚約は、破談になっても残るから、後々女性の汚点になると、本に書いてあったのです。僕は彼女の幸せを願っています!」

 ジュンは自分の手を、きつく握ってジェンナを見た。


「そうだ。クレアを傷ものにしたくなければ、勝つしかないねぇ」

 顔色も変えずに告げるジェンナに、ジュンはあきれたように言う。

「ジェンナ様……。クレアはあなたの孫ですよ?」


 ジェンナは真顔でジュンを見据えた。

「身内だからこそ、ひいきはできないねぇ。あれはモーリスの女だからね。生涯ジュンの婚約者である事を選ぶだろうよ。だから、何がなんでも勝つんだね。婚約の日、幸せな家庭を作ると言ったのは嘘だったのかい?」


 ジェンナの言葉に、ジュンは顔を曇らせた。

「いいえ。ただ、あの時とは状況が違います」

「人生には色々な事がある。その度に揺らぐ約束や決意は、薄っぺらだねぇ」

 ジェンナの冷たい視線を受けて、ジュンはうつむいた。

「……申し訳ありません。別な方法を考えます」


 ジュンが拠点に転移した後で、ジェンナはジーノに言った。

「コラードの耳には入れておくれ。私は婚約破棄を許可しないとね。想い合っている二人が、別れる必要がどこにある。あれは、身辺整理をして、災いに立ち向かう気でいるのだろう」


 ジーノは穏やかな表情でジェンナを見る。

「それをご存じでありながら、なぜあのように冷たい物言いをされたのですか?」

「身辺整理は死を覚悟した者がすることだからねぇ。あの若さで前向きに身辺整理をするかねぇ。まるで経験があるかのように。だから、心を殴ってやったのさ。正気に戻るようにね」


 ジーノの視線にそっぽを向いて、ジェンナは意地の悪い顔を作って見せた。

「おや。久しぶりにそのお顔を拝見いたしました」

 ジーノは困った顔をして、小さく笑った。


(いつものジュンなら、すぐに気が付いただろうに。クレアが生涯、何を思うかなんざ、誰にも分かる訳がないって事をね。クレアに感謝かねぇ。ジュンには()(どころ)が必要だ。クレアの明かりを目指して帰ってくれば良い。その明かりを消してやる訳にはいかないよ。ジュン)


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