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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百十二話  訓練の目的 

「このままでは、あなたは命を落とします」


 ジュンは黙ってゲーを見つめてから、小さく息を吐いた。

「できれば、落としたくはないのですが。拾う方法はあるのでしょうか?」


「あの方は魔法を無効化する、魔法が得意です。バーダンの魔法師たちはその魔法で苦戦しました。ですから、魔法は使えないと思って良いでしょう」

 ゲーの言葉にジュンは言った。

「戦う時は、補助魔法を掛けてからですね?」


 ゲーは首を振ってから、ジュンを見つめた。

「全て、解除されるでしょう。ですからこのままでは、戦士ですらないあなたの勝利は難しいのですよ」

 ジュンは、落ち着いた様子で聞いた。

「訓練する時間は、どの位取れるでしょうか?」


「人の体力や筋力が、簡単にどうにかなるのなら、城で軍隊を養う必要はなくなりますよ。方法はあるのですが……。かなりの苦痛が伴いますので、人の身で耐えられるかどうかが、分からないのです」

 暗い表情でゲーはうつむく。


「あるのなら、是非教えてください。耐えられなければ、この世界と共に最期を向かえなければならない。だったら、可能性が少なくても、そちらに掛けるしかありません」

 ジュンの言葉に、顔を上げたゲー。

「そう、あなたはそういう方でしたね……。私にお手伝いをさせてください」

「はい。お願いいたします」


 ゲーは壁まで行くと、先程とは別の場所で扉を開いた。

「では、付いてきてください」

 ジュンは長いら旋状の階段を、ランプを片手に降りていくゲーの後を、黙って付いて行った。

 階段を下りた先にあったのは、土ではなく金属の分厚い扉だった。


「どうぞ中へ。この中では魔法は使えません。ここでゴレームと戦っていただきます。ここにあるゴレームは致命傷を受けると、土にかえり復活します」

 ジュンは少々困った顔でゲーを見た。

「戦いは永遠に続くのですか? 僕が致命傷を負って土にかえるのは、避けたいですよ。人間ですから、復活は多分できないと思います」


 ゲーは小さく笑うと言った。

「この部屋は、五戦士たちの訓練用として、あの方が作ってくださったものです。永遠ではありませんよ。強さの段階ごとに、区切りがあります」

「良かった」


 胸をなで下ろすジュンに、ゲーは言う。

「ここでは、傷を負えば痛いですし、死にもします。戦闘不能状態になると、隣の部屋に強制的に転移させられます。もちろん、傷もなく生きています」

(仮想空間では体は鍛えられない。対人戦の経験を積む事すら無理でしょ? 今はゲーさんを信じるしかない……)


「これを飲んでください。体の強化を早めます。訓練の部屋は扉を閉めると同時に、この世界とは別の空間になります。慣れるまで体はつらいでしょうが、頑張ってみてください」

「はい」

 ジュンは受け取った物を飲み干した。

(ミゲル様のポーションより、はるかに良い。おいしくはないけれどね)


「これ以外に方法はないのですが、肉体や精神に負担が掛かり過ぎると思ったら、いつでも言ってください。私はこの部屋におります」

 心配そうに見るゲーに、ジュンは口角を上げて見せた。


 ジュンが隣の部屋に入ると、ゲーが言った。

「戦闘を開始する時だけ、このボタンを押してください。ゴレームが起き上がります。緑のゴレームを倒すと、この扉が開きます」

「緑のゴレームは、何体目に出るのでしょう?」


「訓練する方によって違うのです。私たちは体力が限界にきた時に現れるので、殺し屋と呼んでいましたけどね」

 笑顔で話すゲーに、ジュンも笑みを浮かべた。

「怖そうな名前のゴレームですね」


「私たちは人型のゴレームと戦った事はないのですよ。昔の私たちの敵は魔物でしたからね。決まって緑色のは大きかったのです。人型のゴレームですから、強いかもしれませんね」

 ジュンはゴレームの方を見て言った。

「頑張ってみますよ」


 ゲーが扉を閉めてしばらくすると、ジュンは幾度も深呼吸を繰り返した。

(息が苦しくて、体が徐々に重くなっていくみたい。でも、この少し冷たい空気に混ざっている、かすかな匂いには記憶がある……。天界でラミロの訓練を受けた時と似ている。ノーア神が作ったのは、仮想空間じゃなく、似非(えせ)天界なの? だとしたら、鍛える事ができる!)


 ジュンはボタンを押して、剣をかまえた。

 ゴレームは立ち上がり、剣をかまえると、ゆっくりと距離を詰めだした。

「いやいや、ゴレームが剣の間合いを取るとか、あり得ないでしょ?」

 真っ平らで顔がないので、表情が読めない分、ゴレームは不気味な相手ではある。


 先に動いたのはゴレームだった。

 剣と剣が激しくぶつかる音。

 剣をこする鈍い音をたてたが、ジュンが押し放し、体勢が崩れたゴレームを斬り倒した。


 ゴレームは土になり、床に吸い込まれるや否や、次のゴレームが現れた。

 剣を合わせてジュンは目を見開く。

「強くなってる!」


 どうやら、倒すたびにゴレームは強くなる仕組みのようで、五体ほど倒した辺りから、ジュンの表情は険しくなっていった。

 そして、八体目を倒した時にはゼエゼエと肩で息をするようになった。


 九体目は緑のゴレーム。

 緑色の土ではない。それにはコケのようなものが生えていたのである。

 緑色のそれは、見た目ほど穏やかなゴレームではないようで、ジュンは傷を負いながら、辛うじてそのゴレームを土にかえした。


 ジュンは重い足取りで、開いた扉に向かった。

「お疲れさまでした。あの部屋でいきなり動けるとは、思いませんでしたよ」

「斬られると結構、痛かったですよ。あれ?」

 ジュンの血が流れ落ちていた傷は、どこにもなかった。

 ゲーが穏やかな笑みを浮かべて、うなずいた。


 ゲーは隣の部屋にあるつい立ての後ろに、ジュンを連れて行く。

「このお風呂に入ってください。私が迎えにくるまで、出てはいけませんよ」

 ゲーが去った後で、ジュンは眉間にしわを寄せて言った。

「これってきっと何か意味があるんだよね。洗い泥の風呂?」


 ゲーに言われなければ、土の穴にあるドロドロの黒い液体に、入ろうとは誰も思わない。ましてや、嗅いだことのない臭いまでしているのである。

 ジュンは倉庫から湯衣をだすと、着替えて泥に体を沈めた。

 土の穴自体の陶器のような肌触りを確かめて、ジュンは体を預けた。

「冷たい。洗い泥より荒くて臭いけれど、思っていたより気持ちが良いかも」


 高ぶった気持ちも体も落ち着いた頃、ゲーが顔を出した。

「上がってください。そこに奇麗な水がありますので、体を洗ってくださいね」

 ジュンは体の泥を洗い落とすと、服を時の魔法で洗ってから身につけて、つい立ての向こうにいるゲーの元に向かった。


「体がうそのように軽くなっていますけど、あの泥のお風呂は何ですか?」

「あれは泥ではありませんよ。薬です。あのままでは次の戦いはできませんからね。ああ、これを飲んでください」

 ジュンは渡された物を飲み干した。


「最初に飲んだ物と違いますね。少し甘いせいか飲みやすいです」

 ジュンの言葉にゲーはうなずく。

「材料が少し違うのです。あれより強い物ですよ。嬉しい誤算でした。あなたは私の想像以上に剣が使えたので、薬を変えました」


 ジュンは照れたように笑うと、ゲーに尋ねた。

「そう言えば、次のゴレームは緑色のゴレームより強いのでしょうか?」

「同じくらいの強さですね。負けていたら少し前に戻って、弱いのからですが」

「負けるのは嫌ですが、勝っても単純に喜べないですよね」

 肩を落とすジュンにゲーは楽しそうに笑った。


 幾度も傷付き、戦闘不能になりながら、ジュンはその訓練をひたすら続けた。

 そしてようやく、ジュンは訓練の終了を告げられた。

「後は、自分で訓練を続けて、筋肉を落とさない事と勘を鈍らせないようにしてください。あなたは一人で戦う事になるでしょうからね」

「はい……」

 ジュンは寂しげに返事をした。


「魔法は使えませんが、武器に住んでいる物は使えます。あなたは、スプリガンから雷を譲られていたのですね」

 ゲーの言葉にジュンはうなずいた。

「はい。スプリガンに武器の材料をもらいました」


 ゲーは少し視線を落として言った。

「そうでしたか。スプリガンは早くから、覚悟を決めていたのですね」

「知り合いの竜に言われました。その時は迷うなと」

 ジュンのつらそうな言葉にゲーは言う。

「その通りですよ。あなたは、私たち五戦士を倒す事になりますからね」


 ジュンはとうとううつむいてしまった。

「そ、それは……」


 ゲーはまるで幼子を諭すように言った。

「私たちは、あの方を守るために命を落として霊となったのです。あの方を倒しにきたあなたを悪霊となって阻止するでしょう。その時は迷ってはなりませんよ」

 その言葉にジュンは、弾かれたように顔を上げた。

「悪霊?!」


「そうです。あの方の影響を受けますからね。私たちは自我を保てないでしょう」

 優しく伝えるゲーに、ジュンは泣きそうな顔で声をだす。

「どうしても、五戦士の皆さんとの戦いは、避けられないのでしょうか?」


 ゲーはジュンを優しく見つめる。

「そのような顔をしないでください。私たちを助けると思って、解放してください」

「……はい」

 ジュンは奥歯をかみ締めて、涙をなんとか堪えた。






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