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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百九話   井戸の魔法師

「ワト、切りがない!」

 ジュンは、剣で魔物に止めを刺してワトを見る。

「よしっ!」

 ワトも魔物を仕留めて、ジュンを見た。

「この辺りは、未知領域の境目が適当っすからね」


 ジュンとワトは、ヘルネー国に来ていた。

 セレーナに教えてもらった、井戸の大魔法師が消えた未知領域に入ったのだが、魔物が多くてなかなか思うように進めないでいる。


 シルキーの言っていたように、世界樹の腕輪に気持ちを集中させると、キーンという音がする。その音が強くなる方向に歩いていたのだが、どうやら最良の策とは言えないようである。


「ワト、テントに入ろう」

「了解っす」

 ジュンの左目には魔物の反応が多すぎて、戦闘を回避して進むのは、どうやら不可能のようである。


 テントに入って二人はようやく肩の力を抜いた。

 二人は手を洗って、早めの昼食にするようだ。

 ミネストローネスープとホットドッグは、朝から用意してあった物だったようで、二人はすぐに食べ始めた。


「ヘルネーの森は深いっすから、途中からほぼ未知領域だったっすね」

「そうだよね。未知領域の入り口であんなに湧かれたら、動けないよ」

 ワトは二本目のホットドッグにトマトとオニオンのソースをかけながら言った。


「ワトが嫌でなければ、少し上を歩こうか。木々に潜む魔物なら、なんとか避けて通れると思う。それより上だと、空の魔物の標的になるでしょ」

「それがいいっすね。取りあえず、群れに囲まれては動けないっす。闇雲に走ると引っ掛けるっすから。それにしても、老婆がここを歩いたっすかねぇ?」

「ソロでは無理だと思うよ。転移したんだろうね。だから見失ったんだよ」

 ジュンはホットドッグにチーズをのせ、小さな火魔法で焼き目をつけて、ワトに渡した。


 ワトはそのホットドッグをおいしそうに食べ終わると言った。

「うまかったっす。そうだ、魔物の量が多すぎるっすから、拠点にそのまま送りませんか? 解体は皆もできるっすよ。自分たちの食料っすから」

「そうだね。それ以外にそれぞれ使いたい部位もあるだろうしね」

 ジュンとワトは食後に、たくさんの魔物を拠点に送り、ゆっくりと休んだ。


 休憩を終える頃には気持ちも落ち着いたようで、結果的には良いタイミングで休息を取ったと言えるだろう。

 腕輪の音を聴きながら、空中に道を作るジュンと、辺りを警戒しながら歩くワトの息は合う。


「主。前にある黒い木の実を取りたいっす」

「これ? 良いけどおいしいの?」

「パングの実っす。皮が固くて魔物は食わないっすけど、中は保証するっす。ナイフも使えないので、ナタで上を割るっすよ」


 その実はソフトボールより少し大きな形で、緑色から黒色に変わる頃が食べ頃なのだとワトが言った。

 ヘルネーの森の奥でまれに見つかるようで、高価で売買されるらしい。

 ジュンは風魔法で上部を飛ばしてから、中を見てワトに尋ねた。


「これ食べられるの?」

 中にはドロドロとした重湯状の液体があり、左右に揺らすとプルプルと動くのである。

 ワトは小さく笑うと言った。

「開けたっすか? スプーンで食うっすよ」

 ジュンはスプーンですくって、その匂いを嗅いで口に入れた。

「あっ。おいしい!」


(鼻孔に広がる白桃のような香りと、濃厚なフルーツの甘みなのにすっきりとした後味。これはまるで柔らかいゼリーだよ。冷やしたらおいしいだろうなぁ)


 ジュンはもう一つを切り、スプーンを入れてワトに手渡した。

「交代しよう。ゆっくり食べて」

 ジュンは道を広げながら、ワトが行けなかった、木の裏の実まで収穫した。


「この実を見つけたら寄り道しようね、ワト」

「そうっすね。見つからないから、希少なんすけどね」

 ワトはそう言うと優しい笑顔を浮かべた。


 魔物のいる木を避けて、二人は時折飛んで来る魔物と戦いながら、順調に歩みを進めていたが、ジュンがそこで立ち止まった。

「どうしたっすか?」

「ここの音が一番強いんだけど、この先はどこにも行けない」

「下っすかねぇ。ここから地面の高さが変わるっすけど」


 ジュンは足場を下げていき、止めてから言った。

「洞窟だね」

「どこにっすか?」

 辺りを見回して、ワトが首をかしげる。

「え? ここにあるでしょ?」

「ないっすよ?」


 ワトはジュンが指を指す場所に触れたが、その土の壁に違和感などは感じられないようで、困惑を隠しきれない顔で前を見ていた。


 ジュンはしばらく考えていたが、思い出したようにワトの肩に手を置いた。

「見えた?」

「見えたっす。テントと同じく認証っすか?」


 ジュンは再び考え込んでから、言った。

「多分、世界樹の腕輪のお陰だと思うよ。外せないから確かめようがないけど」

「外せないっすか?」

「うん。風呂に入る時に外そうと、何度か試みたけど無理だった」


 二人はその洞窟に足を踏み入れた。

 土で囲まれたその場所は入り口も窓もないのに、昼間のように明るい。

「ダンジョンすかね」

「人が入る事ができない仕掛けがあるのにかい? そう言えば、水竜の所もこんな感じで明るかったよ」


 二人が歩く場所が次第に急勾配になり、壁も地面も土から石に変化していった。

「滑るっすね」

「下り坂だから、気を付けないとね」

 ようやくトンネル状の坂道が終わった所で、二人は目を細めた。


「まぶしいっす」

「金ぴかの床だね。これも地底湖なの? 水竜と水の妖精は同じ浄化をするんだろうか?」

「オレ、こんなに光らない浄化なら知ってるっすよ」

「あるの?」


 ワトはうなずいた。

「下水処理場で使っている闇魔法っすよ。浄化のムシと言われているっす」

「光魔法ではないんだね。へぇ、本で読んだだけで使った事がない」

「光魔法の浄化は光で消すっす。闇の浄化はムシが食うっすよ。使い途が違うっす。こんなに派手じゃないっすから、ムシの種類が違うのかも知れないっす」


 そう言いながら、ワトはジュンを見てため息をついた。

 ジュンが指差す足元が、キラキラと光りだしたのである。

「ワト、色の違いはきっと、魔力の違いだよ。これは本に載っていなかった」

「実験できる者がいないっすからね……」


 ジュンは光る水面に視線を移した。

「この先は舟だね。先が見えないから、不安はあるけれど」

「行くしかないっすよ。魔物もここまでいないっすから、この湖も大丈夫かも知れないっす」


 その時、光る水面が静かに波を立て、二人の足元に打ち寄せた。

「主! 何かが来るっす!」

「うん」

 ジュンとワトは剣を抜き、身構えた。


『あれぇ。ジュン?』

「え? 水竜?」

「水竜っすか?!」

「ほら、前に僕をさらった子だよ」


 水の中から姿を現して、水竜は言った。

『爺ちゃんの浄化に、違う浄化が混ざったって言うから、見に来たのよ』

「犯人は僕だよ、ごめんね。紹介するね。僕の仲間のワイアット。ワト、彼女はシロのいとこだよ」

 竜は雌雄の区別が分かりにくいので、ジュンはあえて彼女とワトに紹介をしたようである。


「初めまして、ワイアットっす。オレは魔力が低いので、会話はできないっすが、よろしくっす」

「僕が彼に伝えるから、話をしても大丈夫だよ」

『そうなの? それより、なぜこんな所にいるの?』


「うん。水の妖精を探していたら、ここに着いたんだ、これから舟でこの先に行こうかと思っていたんだよ」

『海よ』

「え?」

『だから海よ。私は海から来たんだもの。舟で行ったら行き止まりよ? ジュンたちは潜れるの?』


 ジュンの通訳を聴いて、ワトは慌てて言った。

「いやいやいや。人では無理っすよ」

「でも腕輪は、まっすぐ行きたいみたいなんだ」

 ワトは水竜を見て尋ねた。

「この先は海だけっすか? 島とかはないっすか?」


『あるわよ』

「ひょっとして、人には見えない島?」

 アネモスの庭を思い出したのか、ジュンは水竜に言った。

『どうかしら? 私は人ではないから分からないわ』


 ワトは小さく息を吐いた。

「一度戻って、上から外海に行くしかないっすよ。未知領域横断っすね」

 二人の様子を見ていた水竜が言う。

『行きたいのなら、この前のおわびに連れて行ってあげるわよ』


「本当?! あ、でも二人は無理だろう?」

『少し狭くても良いのなら、私には問題はないわよ』

 ジュンは嬉しそうに、ワトに話を伝える。

「ワト、連れて行ってもらおう」

「ありがたいっす。水竜さん、よろしくお願いするっす」

 ワトは水竜に笑顔を向けた。


 水竜は二人を透明な膜で覆うと、水の中に引き入れた。

「うわぁ。これが陸球っすね。映像を見た時、羨ましいと思っていたっす。夢のようっすね。きれいっす」

 子供のようにはしゃぐワトに、ジュンは小さく笑う。

「ワトは余裕だね。僕は初めての時は怖かったよ」


『悪かったと思っているわよ』

 水竜の言葉を、ワトに言ってジュンは笑った。

「水竜さん。今度シロと拠点に遊びに来てほしいっす。皆喜ぶっすよ」

 ワトの言葉に水竜が、嬉しそうに声を弾ませた。

『ジュン。本当に行ってもいいの?』


「もちろん良いよ。ただし、あの入り江だけだよ。人間を信用するのは、危険だからね」

『シロみたいに仲良くなったら、名前を付けてもらえる? 嬉しそうに自慢されたのよ。羨ましかったのよ』

「皆で考えるよ。楽しみにしていてね」

『ええ。嬉しいわ』


 水の中にすっかり魅せられていたワトが、声をあげた。

「おぉお! 水面だ! きれいっすね。え? あれ朝日っすよ」

「洞窟の中がずっと明るかったからね。そう言えば、昼から随分とたっているね」

『もう着くわよ』


 水竜の言葉に、ジュンは進行方向に目をやる。

「え? ワト、着くらしいよ」

「島っすか?」

 水竜には見えているのだろう、不思議そうに尋ねる。

『見えないの?』


「うん」

 ジュンはそう答えると、足元を見て驚いたように言った。

「あ、地面だ。ここだよワト、腕輪の音が変わった。水竜、ありがとう」

「ありがとうっす。助かったっす」

『いいのよ。じゃあまたね』


 水竜は水面を縫うように泳ぎ、消えて行った。

「ワト、一度テントに入って休もう」

「そうっすね」

 はやる気持ちを抑えて、ジュンはテントを取り出した。


 ジュンは空腹や睡眠不足でも、高魔力者なので体調に影響はない。しかし、ワトには大きな負担になる。

 二人はゆっくりと、休養を取る事にしたようである。








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