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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百八話   高潔なる心

 アネモスはひとしきり笑うとジュンを見る。

「人の子でありながら、人族を非力と言うか。揺らぐ事のない正直な者に出会えるとは思っていなかったから、愉快な気持ちになった」

「あなたの前で嘘を言ったって、無駄ですからね」


 アネモスが地面に座ったので、ジュンたちも地面に腰を下ろした。

「昔、死にそうな若者がこの庭にきた。私は見かねて助けてやった。あやつの家の庭はこれより広いと言った。だから共に楽しく暮らそうと。妖精族とは知らずに、私の力を利用しようとしたのだ」


 ジュンはアネモスに、ベリーの果実水を手渡しながら聞いた。

「付いて行ったのですか?」

「知っているのだろう? 私たちは悲しい事に嘘が分かってしまう。そして嘘をつく事ができないのだ」


 ジュンはうなずくと言った。

「僕はシルキーと暮らしているのです。彼女が言っていました。嘘はつけないから寄せ付けないと」

「そうだ。あやつを庭から追い出した。しばらくここを探していたが、諦めて戻ったと思っていた。あやつに正気を失わせるほどの夢を見させたのは私だ」


 ジュンは小さく息を吐いた。

「夢は自分が見る物ですよ。それで身を滅ぼしたのなら、本人の責任です」

 アネモスは驚いた顔をしてジュンを見た。

「なぜ、身を滅ぼしたと分かる」

「ここより広い庭と転移陣は王族でしょうね。夢に狂った王族は歴史上一人しかいません。そしてその彼の後始末をしたのが、僕の大切な人だったからですよ」


「あやつは私たちの宿敵の罠にはまってしまったのだ。気付いた時には既に、私の声など届きはしなかった」

 だんだんとうつむくアネモスを見て、ジュンは言った。

「あなたが悔いる事など、何一つありません。ひん死の男を救っただけです。若い彼が勝手に見た夢や、老いて正気を失った責任は彼と周りの人間の責任です」


 アネモスは顔を上げてジュンを見た。

「老いた? そうかあの姿は老いていたのか、人の命は短いな」

「短いか長いかは、その命の持ち主が考える事でしょうね。知り合いの竜王は出会った時から思い出をたくさん作って、一人残された時に寂しくないようにするのだそうです。どんな長さの命と出会っても、笑顔で思い出したいですよね」


 ジュンが浮かべた笑顔を見て、アネモスが尋ねる。

「そうだな。ところでジュン。私はグリフォン殿に会ってやってくれと頼まれたのだが、竜王とも親しいのか?」

「はい。色々お世話になっています」


 アネモスは少し笑って言った。

「あのわがままなシルキー殿とも、暮らしているのだよな?」

「わがままではありませんよ? 家の中の事をしてくれています」


 アネモスは立ち上がり、ジュンに言った。

「あの世界樹が認めた者に興味があった。傲慢で鼻持ちならない奴なら、追い返してやろうとも思った。ジュンのそばにいる者たちの気持ちが、私は分かるような気がする。参ったな。さぁ、腕をだすといい」

 ジュンは立ち上がると、腕輪のある腕を前に差し出した。


「守りのスプリガンの力を継ぐ者よ。その高潔なる心でこの世界を守れ」


 アネモスは剣を空に掲げた。

 集まった風が巨大な竜巻になって剣に吸い取られていく。

 まるで時が止まったかのような静けさの中で、その剣から緑の玉が現れた。

 玉は自分の場所を知っているかのように、腕輪に収まった。


「ありがとうございます」

「ジュン。礼を言うのは私の方だ。この世界に生きていてくれて、ありがとう。世界樹の腕輪の主など、我々は諦めていたのだ。ジュンになら託せると今は心から思っている」


 ジュンは少し不安そうな顔をして言った。

「本当に僕で大丈夫でしょうか?」

「世界樹の腕輪に選ばれたのだ。そしてその三つの玉に迷いはない。ジュンには苦労を掛けるが、頼んだぞ」

 ジュンは大きくうなずいてアネモスと視線を合わせた。

「はい」




 ジュンとワトはアネモスに送られて、庭をでると竜王の元に転移した。

『その顔は、無事に会えたのだな?』

「はい。お陰様で無事に玉をもらえました。グリフォンさんがいなければ、きっとまだ会えていなかったと思います。おまけに会ってくれるように頼んでくれたみたいです」


 竜王は目を細めて言った。

『そうか。あれはジュンが気に入ったのだろう』

「何もしていませんよ?」

『それが良かったのだろう。あれは()びを売られるのが嫌いだからな』

「なんか分かります」

 ジュンはそう言うと小さく笑った。


 シロはジュンを不安そうに見つめていた。

『いじわるされなかった? 心配していたんだよ?』

「グリフォンさんはね。僕やワトがシロと仲良しだと聞いてね。とても親切にしてくれたんだよ。結界を張って守ってくれた。そして妖精のところまで運んでくれた。僕と会ってくださいと妖精に頼んでもくれたんだよ。シロのお陰だね。ありがとう」


 納得した様子のないシロにワトが言った。

「そうっすよ。強くて優しい方っす。シロが大切で大好きみたいっすよ?」

『そうかなぁ。いじわるばかりするんだよ?』


 ジュンはシロをなでながら笑う。

「グリフォンさんはきっと、シロと仲良くする方法が分からないんだよ。嫌な事は嫌って言ってみるといい。やって欲しい事があったら、言ってごらん。きっと喜ぶと思うなぁ」


 シロはジュンを見て言った。

『本当? あの辺りの狩りとか教えてくれるかなぁ?』

「グリフォンさんに聞いてみるといいよ」

 ジュンの言葉にワトが続けた。

「喜ぶっすよ。シロに会えなくて寂しそうだったっすよ」


 ワトの言葉を聞いて、シロはうつむいた。

『寂しそうだったの? 会いに行ったら元気になる?』

「うん。きっと元気になる。実は、僕はグリフォンさんの住み処が分からなくて、ご挨拶ができなかったんだ。親切にしてくれてありがとうって、シロからお礼を言っておいてくれるかなぁ?」

 ジュンを見てシロの声に元気が戻った。

『うん。分かったよ。きっと言っておくよ』


 そのやり取りを聞きながら、竜王は嬉しそうに尻尾を大きく揺らした。



 竜王に報告を終えたジュンとワトは、ようやく拠点に戻った。

「お帰りなさいませ、ジュン様。お疲れさまでした。ワト、お疲れさま」

「ただいまっす」

「ただいまコラード。変わった事はなかった?」


「特務隊の報告書は、執務室にございます。特別な問題は発生しておりませんが、セレーナが水の妖精についての報告を上げてきております」

 コラードの言葉に、ジュンは目を輝かせた。

「聞きたい」


 ジュンの言葉に苦笑しながら、コラードは言った。

「今夜は獣人族の集まりで戻りません。ジュン様もお疲れでございましょうから、今夜はゆっくりお休みになり、明朝の会議で聞かれるのはいかがでしょうか?」

「うん。それでいい。ワトも疲れているからね」


 ワトは小さく息を吐いた。

「主ほどじゃないっすよ。ゆっくり休んでから次っすよ?」

 コラードは眉間に一瞬しわを寄せた。

「ジュン様、ワトが心配する程の無理をされたのでしょうか? 同行する者を増やしましょう」

「していない! していないよ? ワト……」

 ジュンの慌てる姿を見て、ワトは楽しそうに笑った。



 次の日。

 執務室でメンバーからの報告書を読みながら話を聞いて、特務隊の仕事が順調である事を確かめたジュンは、皆に感謝の気持ちを伝えた。

 ジュンは、誰よりも先頭に立って、動かなければならない立場でありながら。それを、ミゲルやコラードに任せている事を、気にしているようである。


「自分たちはいつも、主と一緒に仕事をしているんですぜぇ。例えば、自分とパーカーは今回、別々の任務にあたっていた。だけど、二人はこの拠点のメンバーに変わりはないんですよぉ」


 そこで、パーカーは大きくうなずいた。

「マシューの言うとおりだ。俺たちも妖精の情報を探しているが、思うように集まらなくてな、すまねぇ」


 無口なトレバーが珍しく口を開く。

「ミゲル様の元で、ワシはできる事をする。主、気にするな」

 皆の温かい視線を受けてジュンは笑顔で言った。

「ありがとう。もうしばらく、よろしくお願いします」


 執務室にはミゲルとシルキー、ワトとコラード、そしてセレーナが残った。

「セレーナ、妖精の情報があるの?」

 ジュンの言葉にセレーナがうなずく。

「井戸の大魔法師よ」


「井戸?」

 不思議そうに首をかしげるジュンに、ミゲルが言う。

「ヘルネーの先代王から、儂も聞いた事があるのぉ。そんな凄い魔法師なら会わせろと言ったら、国中の井戸を枯らす気なのかと言われたのじゃ」


「大昔からヘルネー国に伝わっている話なのよ。そういう魔法師の家系があって、井戸のある場所に現れて、井戸の様子を見てくれるのよ。その魔法師がきた村は豊作になるのよ」

 セレーナの話にワトが確かめるように言った。

「井戸の大魔法師っすよね?」


 セレーナは人差し指を立てて言った。

「だから変なのよ。去年のヘルネー国は長雨でどこも作物の生育が悪かったのよ。でも豊作だった地域があるの。その中の一つの村にいたのよ!」

「井戸の大魔法師?」


 ジュンの言葉にセレーナがうなずく。

「そう! おかしいでしょ? その村の出身者が蜘蛛でね。会ったって言うから妖精かと思って聞いたのよ。子供だったかって。でも老婆だと言ってたわ。伝説通りに一言も話さなかったらしいわよ」

「話さないの?」


 物語に聞き入る、子供のようなジュンの質問に、セレーナは小さく笑う。

「そうよ。無理に話をさせようとしたり、閉じ込めたりすると井戸を枯らして逃げると言われているのよ。蜘蛛の子の村では、村長の家で客人扱いしていたらしいけど、食べ物は口にしなかったって言うのよ」


「何日くらい?」

「春から秋までよ」

「今年はどこにいるか分かる?」

「毎年現れる訳ではないのよ。その子が跡をつけたんだけど、未知領域で見失ったと言っていたわ。老婆をよ? ただ者じゃないわよ」


 姉と弟のような会話を、正常に戻したのはミゲルだった。

「食べないのは怪しいのぉ。魔力が高い者でも一週間じゃのぉ。動かなければ十日はもつかのぉ。マジックボックスに食べ物を持っておったのかのぉ」


 ミゲルの言葉に、ワトが言う。

「隠れて食事をする必要はないっすよ。客人扱いをされているのに、食事に手を付けないのは失礼っすよね」


「食事は恩を受ける事になるからね。話をしないのは、嘘が言えないからじゃないかなぁ? セレーナ、見失った場所は分かる?」

 ジュンの視線を受けてセレーナは答える。

「分かるわよ。でも主、未知領域をどうやって探すのよ?」


「水のある所かなぁ?」

 既に地図を広げているワトが言った。

「地図には川は載ってないっすよ?」


 ミゲルの膝のシルキーが、ジュンを見る。

「ジュン様、スプリガンが言っていたでしょう? 腕輪が教えてくれるって。腕輪に聞いてみたら?」


「え? 君は聞かないと、教えてはくれないの?」

 腕輪に質問をするジュンにシルキーが笑う。

「だって今まで腕輪が反応しなかったんでしょ? それは装飾品ではないわ。心を通わせないと、かわいそうだわ」


 ジュンは驚いたようにシルキーを見た。

「そうなのぉ? 早く言ってよ、シルキー」

 それから、おもむろに腕輪を見つめて話し掛けた。

「ごめんね。寂しい思いをさせた? 許してくれる?」


 ワトは笑いをかみ潰して言った。

「主……。怪しい人になってるっす」

「え?」

 ワトに言われて我に返ったジュンは、皆の顔を見て言った。

「いっそ笑ってよ。なんか僕が残念な人みたいじゃないか……」







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