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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百六話   風の谷

 ジュンは一人で、テンダル国の城の一室を訪れていた。

 風の谷を見に行った。パーカーとトレバーの行った先が、地図上では正反対の場所だったのである。

 風の谷は未知領域にあると言われているだけで、正確な場所が判明されていないようで、ジュンは風の谷の場所をダンに調べてもらったのである。



「そもそも三方向が山に囲まれている、鉱山の国なんだよ。地図に名のない山や谷がどれほどあると思っているんだい?」

 その言葉で、ジュンはダンを見つめた。

「風の谷はないの?」


 ダンは優しく笑みを浮かべる。

「ジュンが私を頼ってくれたんだ。そんなお粗末な結論をだす訳がないだろう。君が動いているのは、遊びや趣味じゃない事も分かっているからね」

 ジュンは少し困った顔で言った。

「全部を話して協力をお願いできると良いんだけど、ダン、ごめんね」


「謝る必要はないよ。風の谷とか風の丘と言われている場所は結構あるみたいだね。ジュンの知り合いの行った場所も、確かにそう呼ばれている。しかし、この資料を見てごらん」


 ダンが広げたのは、変色した紙に手書きの文字や、地図が描かれていた。

「これって……」

「そう、持ち出し禁止の資料なんだけれど、城内ならと父上の許しがでてね」

 そう言って小さく笑うダンの言葉に、ジュンは見て見ぬ振りをしてくれたのであろう、テンダル国王に感謝をした。


「すみません。貴重な物を。王に感謝します」

「いいんだよ。それより、どうやって行く気だい? 鉱山の後ろにある山脈を越えて、その先の山と山の間にあるよ。その後ろの山脈を越えたら外海だから、未知領域の真ん中にあるようだ」

「行ってみます。どうしても手に入れなければいけない物があるんです。その可能性がある場所なら、ためらってはいられません」


 ダンはため息をついた。

「君は無理ばかりする……。無事に戻って来るんだよ。婚約者殿はさぞ心配されているだろうからね」

 ジュンは視線を落として、口元に力を入れると顔を上げた。

「……言っていませんよ。彼女が心配して泣いてくれても、事は片付かないですからね。それなら、幸せに笑っていて欲しいと思うんです」


 ダンは笑顔でゆっくりとうなずいた。

「なるほどね。では、絶対に無事に帰ってこなくてはね?」

「はい」

 ジュンは再度、ダンに感謝を伝えると、王城を後にした。


 ワトとの待ち合わせの場所は、王都の広場の露店だった。

「お疲れさまっす。うまいっすよ」

 串に刺さっている焼いた腸詰めを手渡され、ジュンは思わずかじり付く。

「うん、おいしい。ごめん、待たせた?」


「転移場所がここの近くだったっす。ここの腸詰めは有名なんすよ。ちょうど買い終わったとこっすよ」

「取りあえず、王都の外でテントだね」

 ジュンはワトに触れて転移したのは、かつて、テンダルを訪れた時にテントを置いた場所で、木立の中に懐かしい川が流れていた。


 テントに入り、ワトが冷蔵庫に腸詰めを入れてから、椅子に座った。

 ジュンは紙をだして、覚えてきた地図を書いてワトに見せた。

「風の谷はここらしい」

「え……。主、未知領域に入って山まで行くのも大変っすが、この辺りの山は熟練者が付いていたって、登れる山じゃないっすよ?」


 地図を見て、難しい顔をしているワトに、ジュンは言った。

「僕は高い山に一度も登った事がないよ。山道とか付いていないだろうしね」

「オレもっす。ダンジョンに潜るのなら、何とかなるっすけど」

 情けなさそうにうつむくワトのそばで、ジュンは首をかしげた。


「谷全体を見下ろせる低い山があるかなぁ? この地図じゃあ分からないよね。山の中腹でもいいのかぁ。それなら行けるか……」

「どこへっすか?」

「風の谷だよ。山登りは二人とも熟練に達するまで、修行している時間はないでしょ? 僕は山登りの経験はないけど、山頂にはよく行くんだよ」


「どうやってっすか?」

 キョトンとした顔をしているワトに、ジュンは笑った。

「竜王の山だよ。頼んでみようと思うんだ。風の谷が見える所までね」

「無理っすよ。空の上は極寒で、息をするのもままならないっすよ。厳しい訓練に耐えた竜騎士隊が、魔導具を付けて竜に乗るっすよ」


 真剣に説得しているワトに、ジュンは言った。

「飛竜じゃないから、乗れないよ。テントの石を持って飛んでもらうんだよ。拠点の場所もそうやって決めたんだよ」

「竜王にそんな事させたっすか?! 人の王にだって頼めないっすよ」

 どうやら、ワトにとって竜王は人の王より位は上のようである。


 ジュンはワトを連れて、竜王の山を訪ねた。

 漆黒の竜王と真っ白なその息子は、のんびりと眠っていたようで、薄らと目を開けた。

 息子は二人の姿を見てドタドタと駆け寄ってきた。


『ジュンとワトだ!』

「こんにちは。眠っているところをごめんね」

 二人の体に鼻先を押し付けて甘えるシロを、ワトが目を細めてなでる。


「シロ、久しぶりっす。元気だったっすか? 皆も会いたがっていたっすよ」

『元気だったよ。また遊びに行くよ』

 ジュンの通訳がなければ、シロの言葉がワトには分からない。

 だが、シロに直接返事をする方法を教えたのはワトだったのだ。

 シロは片足を持ち上げ、ワトに丸を作って見せた。


『ジュン。何かあったのか?』

 竜王は顔を上げてジュンの表情を見る。

「こんにちは。今日はお願いしたい事があってきました。横にいるのは、仲間のワイアットです」

「主の共で参りました。ワイアットと申します。お会いできて光栄です」

『息子が世話になっておるようだな。これからもよろしく頼む』

 ジュンの通訳でワトの表情は明るくなった。


 ジュンは竜王に、妖精がいるかもしれない、風の谷の話をして、地図を見せた。

『ジュンとワトの手伝いがしたいけれど、そこにはいけない……』

「そんな大変な所なんですか?」


 竜王は首を振った。

『いや。あの辺りには儂の古い友がおってな。少々かわいがり過ぎて、息子に嫌われておるのだ』

 ジュンはワトに通訳をしながら笑った。

「不器用なんすね。適当なところで止められず、泣かせる大人っすね」

 ワトもそう言うと笑ってシロを見た。


『儂が連れて行こう。石の家を運べば良いのだろう? だが、雲より下になる山はあの辺りにはないぞ』

「山の中腹でも良いんです。風の谷の雨が降る場所が知りたいのです」

 竜王は分かったとばかりに首をゆっくりと振った。


『それにしても風の谷と名付けるとは。あのような場所に、行った者がおるのも驚きだがな』

「どう言う事ですか?」

 ジュンは不思議そうに尋ねた。

『あの場所は高い山々が多く、風の動きが変わる。だが、ジュンが行こうとしている場所には風がないのだ。周りがどんなに強風であろうともな。それにあの地を谷と判断するのは人族だけだろうな』


 ワトは大きくうなずくと言った。

「谷と名前が付くいている場所は世界中にあるっす。山の間で人が住む場所があれば山間(やまあい)で、人が住めない場所を谷と呼んでいるらしいっす。でも、もそんな穏やかな場所だと、魔物も多いっすよね」


 ワトの言葉に竜王は小さく息を吐いた。

『穏やか? あのあたりの谷には川が必ずあるのだ。だが、四方を山で囲まれているあの場所には川がない。翼を持たない人族の身で行ったと聞いて驚いたのだ。生還できたのならば、陣を持っておったのだろうな』

 竜王の言葉にジュンは首をかしげた。


「ワト、陣って定員があったよね? 未知領域に行くパーティーが二人って事はないでしょう?」

「昔は個人でも、陣が買えたようすっからね。貴族か王族の関係者っすかね。本人の記録が残っている訳でもないっすからね。考えても答えはでないっす」


 竜王はジュンを見て言った。

『結界を張れそうな場所を見つけたら、石を置いてからたたいて合図をしよう。あの辺りは結界すら破る奴がいるから、なるべく石からでない事だな』

「はい」


 ジュンとワトは、シロに見送られて、石ころテントに入った。

「うわぁ。空を飛んでいるっす!」

 ワトの言葉にジュンは笑った。

「前はこの窓がなくて、天井から下を見ていたんだ。具合が悪くなったよ」


「これなら、行けない場所はないっすね」

「竜王にそんなに頼み事はできないでしょ?」

「それはそうっすね。メンバーが知ったら、羨ましがるっすよ」

 その言葉にジュンは小さく笑った。


「人は空を飛びたいと思うのかなぁ?」

「自分で飛ぼうなんて思わないっすよ。地上より空の魔物が強い事なんて、子供でも知っているっすよ。それでも空に憧れはあるっすよ。飛竜騎士団は世界中の子供が憧れる騎士団っす。魔人族しか入れないっすけどね」


 のん気に窓の外の空を楽しんでいたジュンとワトは、そこで息を飲んだ。

「あ、主! き、聞いても良いっすか?」

「うん。一つだけにしてね」

 震える声のワトにジュンは何とか返事をした。


「このテント。落ちたらどうするっすか?」

「とりあえず……びっくりする」

「オレ、もうすでに驚いているっす」

「奇遇だね。僕もだよ」


 窓の外の景色が一瞬止まったのである。

 そのすぐ後に現れたのは、巨大な猛きん類の足が二本。その後ろには、猫科の魔物の後ろ足がある。

 それが一頭の魔物の足であると知らされるまでの時間に、二人は驚き、その正体を想像して、テントが墜落する絶望まで味わったのである。


「グリフォンすね」

「うん」

「にらみ合っているっすかね?」

「挨拶しているのかも……。ないよね」

「ないっすね」


 竜王の足に握られている石ころテントの窓からは、銀色の鳥の胸羽と金色の獅子の体、広げられている大きな翼が見えている。二頭は空中で長時間停止する事はできないのか、同じ場所を旋回しているようだったが、やがて、グリフォンは背を向けて飛んで行った。


「え? 追いかけるの?」

 ジュンの言葉に、ワトの顔色は優れない。

「戦うなら、どこにでも良いっすから、置いていって欲しいっす」

「大丈夫だよ、ワト。相手はグリフォンだよ? 敵に背を向けたりはしないよ」

「グリフォンは味方っすか?」

「敵じゃないと思うけどなぁ」


 そんな会話をしている二人は、すさまじい音と共に再び沈黙した。

 グリフォンが行く手にある山の頂を、吹き飛ばしたのである。







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