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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百二話   マードレ村 

 ジュンとワトは順調に旅を続けていた……、とは言いにくい。

 明日には村に到着すると言うのに、足を速めるどころか、狩りを始めてしまったのである。確かに、二人にとっては想定内であり、順調な旅ではあるのだが。


「よしっ! ワト、二頭目を狩ったよ」

「もう、いないっすね。アムミットと遭遇するとは運が良かったっす」

「本当にこれ、おいしいの?」

「あれ? 疑ってるっすか?」

「いや、だってこの顔……」


 アムミットとは、ライオンの雄にワニのお面をかぶせたような魔物である。好みの問題ではあるが、おいしいかまずいかを語る以前に、ジュンは食べるか食べないかを語りたそうである。

 二人はテントに入ると、解体を始めた。ワトはダンジョン育ちの冒険者だけあって、魔物の処理が驚くほど、早くて奇麗だった。ジュンは毎日が勉強になっているようで、一緒に魔物を処理している。


「アルトロアで捕れるアムミットは、高価で売買されるっす。ボックス持ちしか持ち帰れないっすよ」

「肝臓も肉も生で食べられるんだね」

 ドレッシングで食べると聞いて、ジュンは慌ててガーリックやジンジャーや山わさびをすりおろし、ゴマ油に岩塩を入れたタレと共に並べた。


 アムミットのレバ刺しは、牛より馬のレバーに似ていて、少し歯ごたえがあり、甘さがあった。生肉も臭みがなく食べやすい物だった。


「おいしいね」

「アムミットは温泉のない場所で育つと、臭みがあるっすよ。ゴマ油と塩だけでもうまいっすね。主は料理や食べ方をどこで覚えたっすか? 見た事も聞いた事もないっす」


「亡くなった祖父から習ったんだ。気が付いたらミゲル様のところでね。運ばれている最中の記憶もないんだよ」

「そうだったっすね。ルークが残念がっていたっすよ、そう言えば」

「うん。祖父から教わりたかったと言われたよ。本当に料理が好きだよね」

「今はメニューなしで、好きな物を作れるから、喜んでいるっす。宿屋の次男で決定権はなかったっすから」


「アムミット二頭は多いから、一頭分はルークに送ろうか」

「ミゲル様とトレバーの酒が進みそうっすね」

 二人は拠点にアムミットを送り、明日に備えて、早々にベッドに入った。



 次の日。

 二人はマードレ山の麓にある村の前にいた。

「マードレ温泉村って言うんだね」

「肌に良い温泉みたいっすね。村の入り口に、温泉の効能書きがあるのは初めて見たっす」


「そうだろうねぇ。だが、それ以外何もないからねぇ」

 突然の第三者の声に、二人は振り返った。

「ミシェルさん?」

「おや? 私の孫をご存じでしたか?」

「「孫?!」」


 思わず叫んでしまった無礼は仕方がないだろう。

 ミシェルの祖父は、すらりとした美丈夫で、茶色の瞳に白髪すらない漆黒の髪をしていた。ミシェルとの違いは、その長い黒髪を三つ編みにしていないところだけだったのである。


 ジュンとワトは慌てて無礼をわびて自己紹介をした。それから、ミシェルからの手紙を渡した。

「村の入り口で立ち話もないでしょう。私の家でお茶でもいかがですかな?」

「突然伺ったのに申し訳ありません。お言葉に甘えさせていただきます」

 立ち話で済む内容でもないので、ジュンはそう答えた。


 小さな村ではあったが、どの家屋も畑も手入れがされていた。

 小さな子供が数人、走り回っていることから、畑に見える夫婦らしき人物は、ミシェルの祖父とは違い、本当に若いのだろう。


 ミシェルの祖父の家に案内されて、ジュンとワトは応接間に通された。

 お茶を出されて、二人はただ無言でそれを飲んだ。他人の家の応接間は、退屈ではあるが、二人ともなぜか話す事もしなかった。


「待たせたね。村長は孫に譲ったのだが、まだまだ楽隠居はさせてもらえないよ。君たちも後で、温泉に入ると良い。泥は使い放題だよ」

「あ、美人泥を作っているっすか?」

 彼はワトの言葉に、うれしそうに目を細めた。

「この村は国の外れにあるのだがね、温泉の泥があるので、村人の生活は安定しているんだ。ありがたいことだよ」


「若い方をお見かけしました。奇麗な村ですね」

 ジュンの言葉に、彼はゆっくりうなずいた。

「未知領域が近いので、魔物の襲撃を受ける事は避けられません。家の保全には力を入れています。地下室や避難所があるので、犠牲者は四十年以上出ていませんよ。最後の犠牲者はミシェルの目の前で亡くなった、私の息子夫婦でした」


「立ち入った事を……。すみません」

「良いんですよ。ミシェルはその時の記憶だけがありません。記憶が戻らないように、王都にいる私の弟に預けたのです。次男でしたから、生きやすい所で生きろとね。冒険者になった時には心配をしましたが、良い縁に恵まれたようで、安どしておりますよ」


 彼はゆっくりとお茶を飲むと、ジュンとワトを見た。

「マリーがお世話になっているようですね。アンジェラまで助けていただいたようで、ありがとうございます」

「いえ。大切な友人の家族ですから、当然の事をしたまでです」


「妖精の事をお聞きになりたいそうですね。私の知っていることなどでお役に立てるのでしたら、お話しいたします」

「ありがとうございます。火の妖精の話が伝わっていると、お聞きしました。よろしければ教えていただけませんか」


「私の祖先の話ですので、事実かどうかは分かりません。大昔、まだギルドもない時代、この辺りは今で言う未知領域だったようです。村の仲間と狩りをしに入ったようですが、だまされて武器も獲物も取られて、置いて行かれたようです」

「未知領域に丸腰っすか……」


「ええ。彼は嫌われていたのでしょう。未知領域ですから当然魔物に狙われて、あわやと言う時に、一人の子供に助けられたんです。その子供が妖精だったようです。その妖精が温泉のあるこの場所に、村を作れと言ったそうです。私の祖先は家族もいなかったので、言われるがままこの土地で暮らす事にしたようです」


 ジュンは身を乗り出して尋ねた。

「妖精の容姿は? 伝わっていませんか?」

「言っても信じられないと思いますよ。絵本の妖精とは、かけ離れていますので」

 それを聞いて、ジュンは目を見開いた。

「教えてください! お願いします」

「昼間は赤い髪をした普通の子供、夜は体中が炎に包まれている大男だと伝わっています」


「その祖先の方とここで暮らしていたのでしょうか? それ以降姿を見た方は?」

 ジュンの真剣なまなざしに、彼は小さく笑った。

「その頃火山が噴火して、いくつもの村や町が消えたようです。逃げ場を失った人がさまよって、幾人かがこの地にたどり着いて、共に村を作ってくれたようです。それ以降は見たと言う記録はないのです。大昔の事ですから、調べようもありませんが、どこかに行ってしまったのでしょうね」


(え? ここで子供だまし? この先は立ち入り禁止なんだね。でも僕が知りたいのはその先なんだ)


「会う方法はあるのですね? それは人がいけない場所。違いますか?」

 ジュンに見つめられて、彼は目をつぶって、大きく息を吐き出した。

「その通りです。何人もが挑戦した記録はあるのです。ただ、生きて戻った者は一人しかおりません」


「その方は?」

「妖精の元で、幸せに暮らして帰って来ない兄を、迎えに行ったようです」

「生きている可能性も考えられますよね」

「いいえ。彼は転移陣を持っていたのです。毒の霧の中にたくさんの骨があったようです。彼は兄を見つける事もできずに戻ってきたのです。それは五百年ほど前の事です。未知領域の中にあるその場所は、その時から死者の洞窟と名付けて立ち入り禁止にしたのです」


「その洞窟を教えていただけませんか」

「とんでもない! 行くだけでも大変な場所です。ミシェルがお世話になったようなので、特別にお話したのですよ。五百年前から犠牲者を出さないために、村長を継ぐ者だけに伝える話になったのです。それも半分以上は口頭でのみ伝えている話ですよ」

 食い下がろうとしたジュンを止めたのは、ワトだった。


「貴重な話をありがとうございました。まぁ、教えてもらっても、たどり着けないっす。見ての通り、オレたちは屈強な戦士じゃないっすからね。彼は高等学校の卒業試験を十五歳で受けて、満点合格するほどの天才なんす。妖精の研究をしているっすよ。妖精と聞いただけで熱くなるっす。すまないっす」


(そうか! ワト、さすがです。ここはしょんぼりとした子犬だね)


「ごめんなさい……」

 ジュンはそう言いながら、モジモジと机の下で、スライムを出した。


「なるほど、そうでしたか。地図などはありませんからね。私も若いころ途中まで行っただけです。こんな話ですが、研究のお役に立てたでしょうか」


「ええ。貴重なお話をありがとうございました」

「せっかく来たっすから、温泉に入ってから、帰ります」

「そうするといい。自慢の湯です」


 二人はミシェルの祖父の家を後にして、温泉に向かった。村に宿屋は無く、共同風呂が天然温泉になっている。入り口に料金箱があるが、銭湯並みの料金である。

「温泉に入りにきたお客さんはどうするの?」

「ここまで温泉に入りに来る客は、いないっすよ。オレたちは途中、どこにも寄らなかったっすけど。どこの町の宿も温泉はあるっす。それにほら、脱衣場が広いっすよ。泊まってもいいけど、面倒はみないって言ってるようなもんす」

「あぁ。親切だね。野宿したら湯冷めしちゃうもんね?」

「主は性格いいっすよね。世界中どこでも、村には宿屋はないっす」

「そうなの? あぁ、確かに経営は成り立たないかもね」


 二人は美人泥をたっぷり使って、温泉を楽しんだ。拠点の風呂に美人泥は置いてあるので、珍しくはなかったが、時間稼ぎをする必要があった。

 なぜなら、温泉まで二人を監視する目があったのである。

 空が夕焼けに染まる頃、村を出た二人は未知領域とは反対の方向に歩き出した。

 監視の目は、街道まで付けてきていた。


「なぜだろうね? 危なければ止めてくれる気なの? そんな訳ないよね」

「あの村。変っすよね。美人泥なんてアルトロアのこっち側なら、どこでも取れるっすよ。なのに村に貧しそうな家が一軒もなかったっす。ただの一軒も」

「畑はあるけど、あの規模では村の消費分も無いよね」

「一番不思議なのは、ミシェルさんが帰っている形跡がないって事っすね。紹介状を書いてくれたぐらいっすから。仲が悪い訳ではないでしょうが」


「さて、暗くなってきたね。横道に入ってすぐテントに入ろう」

 二人は細い獣道に入り、テントの扉に飛び込んだ。

「付けてはこないっすよね。オレたちひ弱そうっすから」

 ジュンは思わず吹き出した。


「ご飯にしよう。簡単な物だけど」

 アムミットの生肉をたたき、シードオイルと岩塩とコショウをまぜ、甘めの焼き肉のタレを少し入れる。薄いさらしネギの上に載せて、クルミなどの木の実を砕いて上に飾る。この世界の卵黄は巨大で使えないため、すこし寂しいタルタルステーキになったが、野菜たっぷりのスープとガーリックトーストがあるので、何とか夕食の形にはなったようだ。


 テントの窓は尾行者には見えないが、こちらからは、はっきりと見えている。

「まだ付けていたっすね」

「尾行は二人もいたんだね? 驚きだよね」

「早く帰ってほしいよね。ワト、スープが冷めるよ」


 二人は帰る尾行者の後ろ姿を見送って、食事をした。

「主、この肉、ミゲル様でもいけるっすね。うまいっす」

「あぁあ。怒られるよ。ミゲル様は分厚い肉が好きなんだから」

「黙っていてほしいっす」


 ジュンたちが食後の後片付けを終えた頃。どうやら尾行者も向こうに到着したようである。

 二人は食後の珈琲を飲みながら、スライムから聞こえてくる会話に、耳をかたむけた。


「ただ今、戻りました。南の獣道で見失いましたが、二時間ほどで町に着くでしょう。未知領域を見向きもしませんでした」

「そう。なら良いんだ。あの場所はゴミ捨て場だからね。幼いミシェルが私の後を付いてくるとは思っていなかった。私は息子夫婦を追って、目印の千年ツルが巻き付いた枝ばかりを見ていたのだよ」


「おじい様のせいではありません。裏切った父と母が悪いのです。それより、ミシェルの記憶が戻ったのかと思いましたよ」

「戻ってほしくないから、王都に行かせたのだ。祖父が親を始末した記憶など、一生戻ってはいけない」


「私はミシェルの兄として、弟の記憶が戻ったら、真実を伝えますよ。その上で口止めします。この村は五百年も続く影の村だと。かかわってはいけないと」

「四十年……。小さなミシェルが、無くした記憶は、村人全員で塗り替えた。あの子の幸せのためにね」


 テントの中で、二人は重いため息をついた。

「ワト、誰の影なの?」

「洞窟には五百年前からの、身分の高い者の骨があるって事っす。王の影。それも任務は遺体の処理っす」


「何も聞かなかった事にしようね?」

「オレたちが口にして良いことではないっす。ミシェルさんは、知っているのかもしれないっす。紹介状にマシューの仕事も、オレたちに情報も書かれていなかったようっすから。それにしても、影……。ミシェルさんは蜘蛛っすけどね」


「欲しい情報も、いらない情報も大漁だったね」

「そうっすね。しばらくは慎重に動くしかないっす」








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