第31話 ラキと営業さん(3)
俺はインフラIT商社の営業さんだ!
自動車事故でずっと入院していたが、体力も回復したし出社できそうだな、これは。
入院しているあいだ、なんだかファンタジーっぽい不思議な夢を見ていた気がする。
忙しくて趣味のラノベも全然読めなかったから、脳が欲求解消のために見せた願望充足夢ってやつだろう。
それはさておき、俺にとって入院なんかリフレッシュ休暇みたいなもの。
退屈すぎて基本の営業本や顧客心理本なんかを、何度も読み返してしまった!
情報収集、仮説思考力、心理学、交渉術、思考整理。
営業職は、情報と心理学テクニックを武器に戦う、顧客と俺の経済戦争だ。
退院したら初心に戻って、バリバリ働くぞ!
うん?
なんか胃が痛いな。
エナジードリンクの飲み過ぎかもしれない。
唐突な吐き気。
俺は真っ赤な血を吐いて、めまいと貧血を起こした。
……俺が出勤しなきゃみんなに迷惑がかかる。
もう、休むわけにはいかないんだ!
ナースコールを…押さな……きゃ……
――――――
……………
……
ぼくは夢を見ている。
いつものように、ぼくは夢の中でエイギョーさんその人になる。
エイギョーさんの体も心もそのままに、ぼくが間借りして心の声を聞く感じなんだ。
エイギョーさんは人の為に働くのが大好きで、いつも頑張りすぎてしまう。
いつも死にかけているし、いつかほんとに死んでしまうかもしれない。
「お父さん、死なないで!」
「あなた!もう少しだけ頑張ってね、いまナースコールしたわ。お医者さんが来るから!」
廊下から綺麗なお姉さんと、小さな女の子が三人駆け込んできた。
奥さんと子供がいたんだね。
この人は生まれる前から鬼嫁の尻に敷かれたがってたし、子供は三人欲しかったんだ。
永い永い孤独に耐え、愛情に餓えていた。
医師と看護師たちが駆け込んで、点滴の追加と酸素吸入をはじめた。
奥さんが廊下に呼び出された。
「発見時、すでに手遅れだったとはいえ、よく頑張られたと思います。多臓器出血が酷く心臓が弱っているので今夜が峠になるでしょう」
医師に告げられて、奥さんが崩れ落ちる。
ダメだよ、エイギョーさん!
ようやく夢を叶えたのに、死んじゃ駄目だ!
なにか、ぼくにできることは……?
あっ、治癒魔法は得意!
人に使ったことないけど…………。
いや、死んだカラムには、全く効果が無かったんだけど。
ぼくの意識はいま、エイギョーさんの中にある。
ふと思いつき、完全回復魔法をかけてみた。
いつも先生がかけてくれるから、やり方は見て覚えてた。
ぼくの魔力はいつも首輪で抑圧され、体内で圧縮されてる。死にかけの人でも治せるくらいの魔力があるんじゃないかって、なんとなく思ったんだ。
治癒の力がもし外に出せなくても、エイギョーさんと同化してる今なら、治せるかもしれない。
『完全回復!!』
エイギョーさんの体から、金色の光が煙みたいに吹き出した。
光の噴き出す勢いで、ぼくはエイギョーさんの体から出てしまったけど、エイギョーさんの顔を見ることができた。
血の気の無かった頬に赤みが差してくる。
「先生、バイタル回復してきました!?」
血を吐き出して、苦しげに喘いでいた口元が閉じ、荒い呼吸が落ち着いてきた。
完全回復が終わると、金色の奔流の余波は、ぼくにも少し逆流してきて、エイギョーさんの記憶や知識を少し読み取ってしまった。
……もう大丈夫だよ。
今まで働きすぎて、大好きな家族と一緒にいられなかったぶん、ゆっくり休んでね。
「新スキル 『サンプル発注』を獲得」
「新スキル『大量生産』を獲得」
「新スキル 仮説思考力、心理学、MEDDICを習得」
「新スキル『無敗営業』を獲得」
なにか聞こえたけど、ぼくの意識はここで薄れていった。
…………
……
――――――
「うぅん、エイギョーさぁん……」
ぼくは夢を見てた。
……エイギョーさんの夢を見たのに、起き抜けに、なにか大事な秘密を忘れてしまったような気がする。
目を開けたら、ラキの顔があった。
大きな目に涙が溜まってる。
見回すと、いつものぼくの自室だ。
「うわああああん!! リュテが生き返った!
よかったよう!!」
起き上がろうとしたけど、抱きつかれて倒れた。
ぼくの部屋の天井が無くて青い空が見えている。
……そうか、トニトルスに壊されたんだった。
「天井……、直さないと雨漏りして大変だ」
「天井より自分の心配してよ! ほんとに死にかけだったんだから! なんでこんな無茶ばっかりするのよ!?」
ラキのうしろには、先生が立ってる。
なんて声をかけたらいいか、わからない。
だってぼくは、先生に見捨てられたのに生き返ってしまった。
……違う。
先生はあの時、ぼくに手を伸ばした。
助けてくれようとしたの?
それとも……とどめを……?
……………怖いから考えるのはよそう。
ぼくが生きてると、先生やみんなに迷惑がかかる。もうここには、居場所がないんだ。
あれ……?
涙が止まらないや。
「リュテ、ねえ、どうして泣いてるの? どこか痛いところがあるの?」
ラキが心配そうな顔で見てるけど、後ろに立つ先生の顔から表情は読み取れない。
「……どうして、ぼく、生きてるの? 先生は王様の命令で、ぼくを見殺しにしなきゃいけなかったのに」
自分でも驚くくらい、かすれた声が出た。
ぼくは嫌な人間だ。
幼く無知な子供を装って、いま、明確に先生を責め立てている。
「わたしが完全回復かけたからだよ? お父さん、もしもの時に備えてぜんぶの治癒魔法教えてくれてたもん!」
……そうなんだ。完全回復は、高位聖職者と聖女しか使えない魔法だと思ってた。
先生はいつもとおなじ無表情で、まるで何ごともなかったかのように言う。
「俺は死にかけのおまえを見捨てたが、ラキが見つけて勝手に完全回復してしまった。 不本意だが、俺自身は王命に背いてない」
それってやっぱり、ぼくが生き返ったから困ってるってこと?
ぼくのこと、特に気にしてなかった?
…………あの涙。
やっぱり、見間違いだったんだ。
「おまえは公的には死者の扱いとなるが、俺はおまえを手放す気はない。死ぬまで使い倒してやるから、人前で仮面は決して外すな。返事」
先生は、ぼくに氷河の切先を向ける。
……なにそれ。
見殺しにしたけど、生き返っちゃったから便利に使ってやるってこと……?
話が、頭に入ってこない。
なんだか胸にすきま風でも入ってくるみたいで、心がスースーと寒い。
「主いぃぃぃぃ!! ご命令とはいえ御身を危険に晒すなど痛恨の極み!!
このお可愛らしいお顔を、お手を、傷つけるなど万死に値する大罪!! 何とぞ我に重罰をお与えください主ぃぃぃ!!」
うるさい。
「貴様は程というものを知らんのか。命をかけて守るべき者を、あわや屠る寸前とは呆れてものが言えん」
グラキアリスの、先生そっくりの口調。
うるさい。
「返事は?」
「うるさい! ぼくのことなんか、本当はどうでもいいくせに、偉そうにいうな!!」
ぼくは仮面をつけて雷霆を握り、修道院を飛び出した。
☆リュテ、はじめての家出。




