第22話 紅蓮と氷華、闇を裂く
「――仕留める!」
俺は両手の短剣を交差させたまま、真正面から大剣使いへと踏み込んだ。
リンの《氷華・円環》によって足元を完全に拘束されたはずの男は、しかし、その巨体に見合わぬ強引な動きで氷を引き剥がし、自由になった片足を地面へ叩きつける。
バキィンッ!!
分厚い氷が砕け散り、男の身体を覆っていた黒い魔力が一気に膨れ上がった。
「舐めるなァッ!」
振り上げられた大剣が、俺の頭上から一直線に落ちてくる。
まともに受ければ、いくら今の俺でも無事では済まない。
だからこそ、避ける。
俺は踏み込んだ勢いを殺さず、そのまま身体を右へ滑らせた。鋸刃のような大剣が髪を掠め、背後の岩盤へ深々と食い込む。
「そこだ!」
男が大剣を引き抜くより先に、俺は懐へ潜り込んだ。
右手の短剣に朱赤の魔力を集中させる。
オルハルコン・ライトの黒い刀身を覆うように形成された極薄の刃膜が、空気を震わせながら鋭く伸びていく。
狙うのは胸部。
さっきの一撃で分かった。
こいつの防御力そのものは高い。けれど、身体の周囲を覆っている重魔力には、魔力の流れが集中している場所と薄くなる場所がある。
なら、そこを切ればいい。
「――紅蓮閃閃!」
刃が走った。
大剣使いの胸元を覆っていた黒い魔力が大きく裂け、その下の防具まで切り裂かれる。
「ぐッ……!」
浅い。
決定打には届いていない。
それでも男は一歩後退した。
その瞬間、俺の背後から鋭い風切り音が聞こえた。
「レンちゃん、避けて!」
リンの声に反応して身体を捻る。
シュッ!!
魔導矢が頬のすぐ横を通り過ぎ、背後の岩壁へ突き刺さった。
直後、矢に込められていた魔力が炸裂し、岩肌が黒く染まっていく。
「……あの魔導弩、厄介だな」
俺は矢が飛んできた方向へ視線を向ける。
クロスボウ使いは少し離れた場所で、次の魔導矢を装填しようとしていた。
けれど、動きが明らかに遅い。
さっきの戦闘で消耗しているのか、それともあの武器そのものに再装填の時間が必要なのか。
どちらにせよ、今なら隙がある。
「リン、あいつを頼めるか?」
「うん!」
リンは即座に頷いた。
俺が視線を逸らした一瞬を狙って、大剣使いが再び距離を詰めてくる。
「余所見をするなッ!」
「分かってる!」
大剣が横薙ぎに振り抜かれた。
今度は避けない。
俺は短剣を交差させ、刃へ流す魔力を一気に圧縮する。
ガギィィンッ!!
凄まじい衝撃が腕へ伝わった。
重い。
さっきまでの攻撃とは比べものにならないほどの重量が、両腕を通して身体へ食い込んでくる。
「どうした、小娘! その程度か!」
「……小娘って言うな!」
俺は歯を食いしばりながら、大剣を受け止めていた短剣をわずかに傾けた。
真正面から受け止める必要なんてない。
力を受け流してしまえばいい。
ライカさんとの訓練で何度も叩き込まれた感覚を思い出し、俺は大剣の軌道に合わせて身体を回転させた。
刃が滑る。
男の体勢が前へ流れた。
「な――」
その懐へ、俺は一気に踏み込む。
「今度は、こっちの番だ!」
右の短剣が脇腹を斬り、続けざまに左の短剣が肩口を捉えた。
黒い防具が裂け、男の身体から血が飛び散る。
「ぐあああッ!」
大剣が手から離れた。
そのまま倒れるかと思ったが、男は片膝をついた状態からこちらを睨み上げ、残った魔力を無理やり身体へ集めようとする。
まだ動けるのか。
その執念に、俺は思わず息を呑んだ。
けれど、次の瞬間。
「レンちゃん、下がって!」
リンの声が響いた。
俺が横へ飛ぶと同時に、男の足元から巨大な氷柱が突き出した。
「《氷華・円環》!」
大剣使いの身体を囲むように氷の棘が次々と形成され、逃げ道を塞いでいく。
「くそッ……!」
男が大剣を拾おうと手を伸ばす。
その腕へ、細い氷の杭が突き刺さった。
「動かないで!」
リンがレイピアを構えたまま叫ぶ。
大剣使いは氷に拘束された身体を無理やり動かそうとするが、すでにまともに力を込められる状態ではない。
俺はその正面へ歩み寄った。
「終わりだ」
「……まだ、終わっていない」
「いや」
俺は短剣を構える。
「俺たちは、お前たちみたいな連中に二度と追いつかれないために、ここまで強くなったんだ」
短剣へ朱赤の魔力が集まる。
今度はさっきのように力任せにはしない。
刃膜を極限まで薄くし、魔力の密度だけを高めていく。
大剣使いの周囲に残っている黒い魔力が、わずかに揺らいだ。
そこに狙いを定める。
「――終わりだ!」
二本の短剣が交差した。
黒い防御魔力が弾け、大剣使いの身体が後方へ吹き飛ぶ。
岩壁に激突した男は、そのまま力なく崩れ落ちた。
静寂が戻る。
「……終わった?」
リンが小さく呟いた。
「たぶん」
俺が答えた直後、奥から金属音が響いた。
カチャリ。
俺とリンが同時に振り向く。
クロスボウ使いだった。
すでに魔導弩への装填を終えている。
「まだやる気か……!」
俺は短剣を構え直した。
しかし、男は俺たちへ向けて弩を構えたあと、なぜか引き金を引かなかった。
仮面の奥からこちらを見つめたまま、数秒ほど沈黙している。
「……?」
何を考えている。
そう思った瞬間、男は突然こちらではなく、頭上へ魔導弩を向けた。
「何を――」
シュパッ!!
放たれた魔導矢が天井へ突き刺さる。
次の瞬間、岩窟全体が大きく揺れた。
「きゃっ!」
「リン!」
俺は咄嗟にリンの身体を引き寄せた。
頭上から大量の岩石が落下してくる。
魔導矢によって天井の岩盤を崩したのだ。
俺たちが落石を避けている間に、クロスボウ使いはすでに走り出していた。
「待て!」
追おうとした。
けれど、目の前へ落下した巨大な岩塊が完全に通路を塞いだ。
「……逃げられた」
リンが悔しそうに呟く。
「うん。でも、今は追わない方がいい」
俺は崩落した天井を見上げた。
無理に進めば、さらに崩れる可能性がある。
それに、さっきからどうにも引っかかっていた。
あの男は最後の一撃で俺たちを狙わなかった。
わざわざ天井を崩して逃げ道を作った。
まるで――最初から、自分がここで倒されることまで計算していたような。
「レンちゃん?」
「……なんでもない」
俺は短剣を下ろした。
三人の刺客。
一人は重傷で動けず、一人は倒れ、もう一人には逃げられた。
俺たちの勝ちだ。
少なくとも、目の前の戦いだけを見れば。
けれど、胸の奥にある朱赤の核が、さっきから妙に熱を持っている。
「……何だ?」
無意識に胸元へ手を当てる。
以前にも感じたことのある感覚だった。
けれど、今までとは少し違う。
誰かに触れられたわけでもない。
外から魔力をぶつけられたわけでもない。
それなのに、核そのものが何かを警戒しているように感じる。
「レンちゃん、大丈夫?」
リンが心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫。ちょっと変な感じがするだけだ」
「……本当に?」
「ああ」
そう答えながら、俺は周囲を見渡した。
配信端末からは何の音も聞こえない。
ドローンも戻ってこない。
隔離エリアへ入ってから、外との通信は完全に途絶えている。
ここには俺とリンしかいない。
……そのはずだった。
「帰ろう、リン」
「うん」
俺たちは来た道へ向かって歩き出した。
その背後。
崩落した岩の向こう側で、誰にも気づかれないほど小さな魔力の光が灯った。
それは紫色にも見えたし、黒色にも見えた。
やがて光はゆっくりと広がり、岩壁に刻まれていた古い術式を浮かび上がらせる。
その術式は、先ほどの戦闘で使われたものとは明らかに異なっていた。
そして、誰もいないはずの岩窟の奥から、低い声が静かに響いた。
「……予定通りだ」
その声を、レンたちはまだ知らない。
この戦いが終わったのではない。
本当の目的は、ここから始まる。




