第13話 初対面! 銀髪の天才美少女・氷室リン
秋の澄み切った青空の下、俺は『東京第1ダンジョン・中層管理プラザ』の正面エントランス前に立っていた。
重厚な石造りの建築物と、最先端の魔導技術が融合した巨大な施設。ここから先は、国家資格を持つCランク以上の探索者、あるいは特別許可を得た者しか立ち入ることが許されない「中層」へのゲートが存在する。
周りを行き交うのは、見るからに数々の死線を潜り抜けてきたベテランの探索者たちだ。重装甲の鎧を纏った大男や、怪しげな魔導書を抱えた術士、見るからに高価なアーティファクトを身につけたパーティが、鋭い視線を交わしながらゲートへと吸い込まれていく。
そんな厳めしい雰囲気の中で、俺の姿はあまりにも浮いていた。
昨日、白鳥たちに半ば強引に選ばされた白とペールブルーの最新鋭耐魔ウェア。腰には支給された上質な短剣。鮮やかな朱赤の髪は秋風にふわりと揺れ、通りかかるいかつい探索者たちが一瞬足を止め、息を呑んでこちらを見つめていくのが嫌でも分かった。
「……うぅ、視線が痛い……」
俺は身を縮め、耐魔ウェアのフードを深めにかぶろうと抵抗した。
中身はごく普通の男子高校生・神楽木レンだというのに、こんな風に全身を珍しがられて注目を集めるのは、いつまで経っても慣れそうにない。
『レンさん、カメラの準備および回線のチェックはすべて完了していますよ。いつでも配信を開始できる状態です』
耳に装着した極小のインカムから、遠隔でバックアップを担当する白鳥アオイの冷静な声が届いた。
「白鳥さん……本当に俺、大丈夫かな? コラボ相手の氷室さんって、Cランクのすごい探索者なんだろ? 俺みたいな配信も探索も初心者のニワカが、足を引っ張ったり失望させたりしないかな……」
『心配いりませんよ。彼女は昨夜のあなたの戦闘動画を穴が開くほど繰り返し再生し、すでにノリノリで楽しみにしていますから。……ほら、噂をすれば来ましたよ』
「え……?」
白鳥の言葉と同時に、プラザの重厚な自動ドアが開き、カツカツと軽快な金属音が近づいてきた。
振り返った俺の視界に飛び込んできたのは――眩いほどの鮮やかな銀髪だった。
サラサラとした銀色の髪を高い位置で二つに結んだツインテール。勝気そうな八重歯が覗く笑顔と、澄み渡る青い瞳。身体のラインにぴったりとフィットした白銀の軽甲冑を纏い、腰には細身で美しい飾りのついたレイピア(細剣)を下げている。
写真で見た通りの美少女――Cランク探索者、氷室リンだった。
「あ……! もしかして……レンちゃん!?」
俺の姿を視界に収めた瞬間、氷室リンの青い瞳がキラリと輝いた。
彼女は迷うことなく一直線にこちらへ駆け寄ってくると、俺の手を両手でガシッと力強く握りしめてきた。
「初めまして! 氷室リンです! 本物……本物のレンちゃんだぁぁっ! うわぁ、写真や動画で見るより百倍可愛い! 髪サラサラだし、肌モチモチだし、凄すぎるぉ!」
「ひやぁっ!?」
距離感が近い! 近すぎる!!
ぐいぐいと顔を近づけてくるリンの髪から漂う、甘く爽やかな柑橘系の香りに、俺の心臓が爆発しそうなほど激しく跳ね上がった。
(ち、近いっ! 男子高校生に対するエンカウントとしては刺激が強すぎるって!!)
「あ、あの……はじめまして、神楽木レンです……! 今日はよろしくお願いします、氷室さん……っ!」
顔を真っ赤にしながら必死に手を引こうとするが、リンの握力は見た目の可憐さに反して驚くほど強固だった。さすが数々の中層モンスターを退けてきたCランク探索者、細い腕に見えて凄まじいステータスを誇っている。
「『氷室さん』なんて堅い呼び方はナシ! 『リン』って呼んで! 私も『レンちゃん』って呼ぶからね!」
リンは八重歯を覗かせてニッと笑うと、握っていた俺の手をそのまま自分の両手で柔らかく包み込み、頬に擦り付けんばかりの勢いで身を乗り出してきた。
「ねえねえ、昨日のボス戦の最後の『一閃』、ホントに凄かったよ! あの魔力の圧縮技術、どこで習ったの!? 一体どうやってあんなに短時間に綺麗に魔力を収束させたのか、あとでじっくり教えてね! あ、ついでに連絡先も交換しよう! 今日の夜、通話してもいい!?」
「あ、あの……リンちゃん、息が……距離が……っ!」
圧倒的な熱量とフレンドリーすぎる怒涛の攻勢に、俺の思考回路は完全にショートしかけていた。
今まで男子高校生として生きてきて、女子とこんな至近距離で話したことなんて一度もない。ましてや今の俺は「女の子」の姿だ。相手からすれば「同性の可愛いお友達」感覚なのだろうが、中身が男の俺にとっては、理性と精神がガリガリと削られていくような恐怖と困惑が入り混じっていた。
『ふふ、大人気ですねレンちゃん。ですがそろそろお時間です。配信を開始しますよ。心の準備はよろしいですか?』
インカムから白鳥の楽しげで意地悪な声が届く。助けてくれ白鳥さん、俺の理性が本当に持たない。
「よしっ! それじゃあカメラ起動するね! レンちゃん、準備はいい?」
リンが胸元から超小型の最新鋭ドローンカメラを取り出し、空中へふわリと放り投げた。
俺のドローンとリンのドローンが空中を円を描くように旋回し、二人の姿をバッチリと画角に収める。
『配信開始――3、2、1』
画面が切り替わり、待機していた数十万人もの視聴者が一気に配信枠へと雪崩れ込んできた。画面側面のホログラムコメント欄が、一瞬で判読不可能なほどの超高速で流れ始める。
『きたあああああああああっ!!』
『レンちゃん×リンちゃんの神コラボ!!』
『銀髪×赤髪のてぇてぇ空間爆誕!!』
『リンちゃん距離感バグってて草www』
『レンちゃん顔真っ赤で可愛すぎるんだが??』
『画面の美しさで目が潰れるwww』
『同接すでに80万人突破www』
配信がスタートした瞬間、コメント欄は狂喜乱舞の嵐となった。
「みんなハロー! 氷室リンだよ! 今日はなんと、ネットで大バズり中の超大型新人・レンちゃんと一緒に『中層初進出コラボ』をやっちゃいまーす!」
リンが眩しい笑顔でカメラに手を振ると、俺もその隣でドギマギしながらぎこちなく手を振り返した。
「あ……神楽木レンです。今日はリンちゃんに色々と中層のことを教えてもらいながら、頑張ります……!」
『うぎゃあああレンちゃん可愛ええええ!』
『リンちゃん、レンちゃんをよろしく頼むぞ!』
『神コラボ確定です、本当にありがとうございました』
『てぇてぇ……てぇてぇよ……』
「ふふん、任せて! 今日は私がしっかりレンちゃんをエスコートして、中層の過酷さと魅力をバッチリお伝えしちゃいます!」
リンは自信満々に胸を張り、俺の腰へと回した細い腕でグイッと身体を寄せてきた。
やばい。柔らかい感触が肩と腕にダイレクトに当たる。俺の顔は間違いなく茹で上がったタコのように赤くなっていた。
「それじゃあみんな、中層ダンジョンへ……レッツゴー!」
同性(?)からの近すぎる距離感に脳を狂わせられながら、俺の中層攻略コラボ配信が、波乱の予感を秘めてついに幕を開けたのだった。




