第20話 未来永劫
「この間は、俺が悪かった。失言だった」
閻魔は胡坐をかいた両ひざに手を当て、頭を下げる。頭上の礼冠につけられた飾りがシャラリと音を立てた。
「私も……むきになってなってごめんなさい」
千代も正座で向き直り、太ももに手をそろえて頭を下げる。
たっぷり数秒互いに頭を下げ、そろそろと体を起こして顔を見合わせる。
ふっと空気が緩んだ。
苦笑を浮かべ、安堵の息をこぼす。
「俺は亡者以外に女子と関わることがなくてな……罪状で痴情のもつれによるものなどは見ていても、その感情までは良く理解できん」
深々とため息を吐く閻魔。
恋愛は不得手だと肩を落とす姿がなんとも可愛らしく思える。
だがこれから長く寄り添って生きていくためには、いつまででもそれでは少し困る。
「閻魔様、妻という座は空いているからと犬畜生にするように投げ渡すものではありません。閻魔様が心からそばにいて欲しいという相手に希って、共に心を分かち合って夫婦になるものです」
千代の戒めに閻魔は丸めていた背をまっすぐに伸ばす。
閻魔も千代も、人として生まれながら数奇な運命によって寿命という救済から追放された身。
だからこそ人を人たらせる心を、相手を思いやる感情を失ってはいけないのだ。この地獄で生きていくためにも。
「俺は、妻に迎えるなら千代がいい」
まっすぐな飾らない言葉。
横暴な支配者なように見えて真面目で、こうやって千代の言葉にも真摯に耳を傾けてくれる人。
「ええ、私も嫁ぐなら閻魔様のような旦那様がいいです」
千代も心を込めて伝える。
閻魔は千代の黒真珠のような輝く瞳を見つめ、唇を強く引き締めた。
そして胡坐から正座に座りなおし、両手を床について千代と膝が触れ合うまでにじり寄った。
膝の上で重ねられた千代の両手が、閻魔の温かな手に包まれる。
互いに向かい合い、体温を分かち合い、視線を交わす。
わずかな緊張を押し殺し、閻魔は深く息を吸い込んだ。
繋がった指が微かに震える。
「病も、死も二人を別つことはできぬ。未来永劫、悠久の時を我と共に生きてくれないか」
「はい。もちろんです。閻魔様とであれば終わりのない生であっても怖くありません」
微笑みを浮かべ、千代は確信を込めて答えた。
閻魔は頬を緩めた。
赤と黒の空を割り、一筋の光が差す。
それはすぐに消えてまた黒雲が赤い空を覆う。
生者の書から一人の女の名が消えた。
その名は閻魔の心に永遠に刻まれ、決して消えることはない。
未来永劫、地獄があの世にある限り。




