第1話 No.1
新作よろしくお願い致します。
人は簡単に死ぬ。
事故でも。
病気でも。
誰かの悪意でも。
だからこそ、人は命を大切にしようとする。
それが当たり前だ。
本来なら。
夕暮れ。
駅前の商店街を、1人の青年が歩いていた。
黒いパーカー。
黒いズボン。
特徴のない顔。
特徴のない歩き方。
誰かに見られても、数秒後には忘れられてしまいそうな存在。
青年の名は――無。
無は立ち止まり、空を見上げた。
赤く染まった夕陽が街を包んでいる。
綺麗だと思った。
たぶん。
そういう感情なのだろう。
だが自信はない。
綺麗と思うべきなのか。
寂しいと思うべきなのか。
無には分からなかった。
感情はある。
だが、その使い方が分からない。
不便だと思ったことはなかった。
昔からそうだった気がする。
昔。
そう、昔。
そこから先の記憶が曖昧だった。
「申し訳ありません」
突然、声を掛けられた。
振り向く。
スーツ姿の男だった。
30代後半ほど。
黒縁眼鏡。
きっちり締められたネクタイ。
どこにでもいそうな会社員。
「少々、お時間よろしいでしょうか?」
丁寧だった。
異常なほどに。
店員へ話しかける時よりも。
取引先へ頭を下げる時よりも。
まるで敬語そのものが服を着て歩いているようだった。
「何でしょう」
無が答える。
男は柔らかく微笑んだ。
「道をお聞きしたかったのですが」
そう言ってスマートフォンの地図を見せる。
普通の会話。
普通のやり取り。
それだけだった。
だが。
無は違和感を覚えた。
男の首筋。
そこに黒い痣のようなものが見える。
数字だった。
『1』
無は目を細めた。
男は隠そうともしない。
見えていないのか。
いや。
気付いてはいる。
だが気にしていない。
そんな風に見えた。
道を教えると、男は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「助かりました」
そう言って立ち去る。
何事もなかったように。
無は男の背中を見つめた。
夕陽に伸びる影。
普通の会社員。
普通の人間。
普通の笑顔。
だが、あの数字だけが妙に気になった。
男が立ち止まる。
ゆっくりと振り返った。
目が合う。
男は笑った。
先ほどと同じ笑顔。
だが今度は少しだけ嬉しそうだった。
「貴方は、やはり何か違いますね」
風が止まる。
雑踏が消える。
人々の声が消える。
車の音が消える。
世界から音が失われた。
男はゆっくりとネクタイを整えた。
「困りましたね」
笑顔のまま言う。
「本当は今日、3人で終わる予定だったのですが」
無は何も言わない。
男は続ける。
「4人目になっていただけますか?」
その瞬間だった。
ぐしゃり。
男の首が折れた。
あり得ない方向へ。
骨の砕ける音が響く。
だが男は立っていた。
笑顔のまま。
「それでは、死んでください」
首を曲げたまま、丁寧に頭を下げる。
まるで仕事の挨拶でもするように。
男は微笑む。
「他人の命は、私を落ち着かせるためにある」
無は静かに男を見つめた。
胸の奥が少しだけざわつく。
それが恐怖なのか。
怒りなのか。
分からない。
ただ1つだけ。
確かなことがあった。
「No.1」
無が呟く。
男は首を傾げた。
「No.1?」
本気で分からないという顔だった。
「何の話でしょう」
無は答えなかった。
この男は。
もう人間ではない。
そして、あの数字の意味を。
無はなぜか知っていた。
続く
1話読んでいただきありがとうございます。今後もよろしくお願い致します。




