69話 百地三大夫が初めて“交渉相手”として桜を見る
――伊賀・奥の間
評定の間を出たあと。
桜は、さらに奥へと通された。
そこは、忍びの評定でも、客を迎える座敷でもない。
**百地三大夫の“私の間”**だった。
畳は新しくない。
飾りもない。
だが、ここは伊賀の中枢だった。
立場の変化
百地は、桜の向かいに腰を下ろした。
護衛も、付き人もいない。
桜が気づく。
――ここは「試される場」ではない。
百地は、静かに言った。
「先ほどまでの問いは、やめだ」
桜は、背筋を伸ばしたまま、黙って聞く。
「……今からは」
一拍置く。
「交渉の話をする」
その言葉に、桜は小さく息を吸った。
百地の本音
「お前は、伊賀を欲しいのか?」
単刀直入だった。
桜は首を振る。
「いいえ」
「伊賀を“使いたい”のでもない」
百地の目が、細くなる。
「では、何だ」
桜の答え
「一緒に残りたい、です」
即答だった。
「伊賀が生き残る道と、
里見が生き残る道は、
今は重なっています」
百地は、初めて小さく笑った。
「若いのに、
“永続”を口にするか」
百地の見極め
「一つ聞こう」
百地は、桜を真正面から見た。
「伊賀と手を結べば、
北条の風魔を敵に回す」
「それでも、得はあると言ったな?」
桜は、うなずく。
「はい」
「では」
百地の声が、低くなる。
「伊賀が切られた時、
里見は動くのか?」
――ここが分水嶺だった。
桜の覚悟
桜は、少し考えた。
そして言った。
「軍は、すぐには動きません」
百地の眉がわずかに動く。
「ですが」
「金と情報は、必ず動かします」
「伊賀が潰れれば、
次は里見が孤立する」
「それを、商人も京も理解します」
百地は、深く息を吐いた。
“子供”から“相手”へ
百地は、初めてこう言った。
「……お前は」
「忍びを駒として見ていない」
その一言は、伊賀にとって最大級の評価だった。
「だからこそ、危うい」
「だが――」
百地は、畳に手をついた。
「話す価値はある」
条件提示の前触れ
「条件は出す」
百地は、はっきりと言う。
「それを呑めば、
伊賀は“動く”」
桜は、静かにうなずいた。
「聞きます」
百地三大夫は、桜を見た。
それはもう、
年端もいかぬ娘を見る目ではなかった。
――交渉相手を見る目だった。




