67話 初対面 ――言葉だけの場
座は、低かった。
伊賀の奥、
板敷きの一室。
飾りはなく、火もない。
あるのは、
沈黙に耐えられるかどうかを測る空間だけ。
桜は、そこに通された。
護衛はいない。
付き添いもいない。
(……なるほど)
桜は内心で息を整えた。
(ここで、
“子供扱い”を求めたら終わり)
百地、名を問わず
百地三大夫は、
桜を正面から見なかった。
視線は、
桜の肩の少し後ろ。
「……名は、まだ聞かぬ」
それは礼ではない。
試しだった。
桜は一瞬、考え――
そして答えた。
「名は後で」
「まずは、
話す価値があるかどうかを
見ていただければ」
室内の空気が、
ほんのわずかに変わる。
忍びたちが、息を止めた。
百地の“最初の質問”
百地は、ようやく桜を見た。
「童」
「もし、お前の言葉一つで――
百人が生き、百人が死ぬとしたら」
「お前は、
どちらを選ぶ?」
これは哲学ではない。
現場の質問だ。
桜は、即答しなかった。
(……来た)
(これ、
“選ばない”と答えたら失格)
桜の答え
桜は、静かに口を開いた。
「選ばせない道を、
作ります」
忍びの一人が、思わず眉を動かす。
百地は、何も言わない。
桜は続けた。
「百人が生きるために、
百人が死ぬ状況を――」
「そもそも、
作らせない」
「もし、
それでも避けられないなら」
一拍。
「その時は」
「選んだ責任を、
最後まで自分が背負います」
百地、笑わぬ
百地は、笑わなかった。
だが、
忍びの中で最も怖い反応が出た。
――黙った。
「……童」
「責任とは、
どういう形だ?」
桜は、視線を逸らさない。
「名前を残すこと」
「恨みを引き受けること」
「逃げないこと」
「そして――」
「自分が死んだ後も、
続く仕組みを残すことです」
試しは続く
百地は、ふっと息を吐いた。
「では、次だ」
「忍びは、
裏切る」
「それでも使うか?」
この問いに、
伊賀の者たちがざわめいた。
桜は、少しだけ首を傾ける。
「使います」
即答だった。
「ただし」
「裏切れる余地を、
こちらが管理します」
「心ではなく、
仕組みで」
百地、初めて笑う
百地三大夫は、
ここでようやく、声を出した。
「……はは」
低く、短い笑い。
「童」
「お前は、
忍びを“人”として見ているな」
桜は、少しだけ困ったように言った。
「……人じゃないなら、
何ですか?」
百地は、即答した。
「影だ」
「だが」
一拍置いて、続ける。
「お前は、
影に“居場所”を作ろうとしている」
名を名乗る
百地は、立ち上がった。
「百地三大夫だ」
桜は、静かに頭を下げる。
「正木桜です」
その名を聞いた瞬間。
百地の目が、
わずかに細くなった。
(……やはり)
(流れの中心にいる名だ)
影と花
百地は言った。
「伊賀は、
風を売る」
「お前は、
何を差し出す?」
桜は、迷わず答えた。
「未来です」
「使い捨てにしない未来」
「生き延びた後の、
行き先です」
沈黙。
そして――
百地は、ゆっくりと頷いた。
「……続けよう」
「この話」
「面白くなってきた」




