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『戦国姫の脳内戦略会議』  作者: れんれん


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202/243

182話 経済戦略の落とし穴

祝言の喧騒が去り、里見の城にようやく日常が戻りつつある頃だった。

まな姫の婚姻は家中に安堵と希望をもたらしたが、その余韻が完全に消える前に、外から不穏な風が吹き込む。

――北条が、今川に攻め込んだ。

それも、正面からの大義名分を掲げた合戦ではない。

物資の流通が滞り、守備が弱ったところを突く、冷酷で合理的な侵攻だった。

この報せは、関東だけでなく越後にも届く。

上杉謙信は、その知らせを聞いた瞬間、声を荒げたという。

「義は、どこにある」

家臣が慌てて取りなすほどの憤りだったと、密かに伝えられてきた。

今川が衰えた理由が、兵の弱さでも、将の怠慢でもなく、

“物が届かなくなった”ことにあると知った時、謙信の怒りはさらに深まった。

戦は、刃を交えるものだ。

命を賭して正面からぶつかるものだ。

それを――

流れを断ち、腹を空かせ、戦う前に倒れるよう仕向けるなど。

それは戦か。

それとも、ただの搾取か。

謙信はそう考えた。

そして、その怒りは自然と「誰がそれを設計したのか」という疑念へと向かう。

同じ頃、里見の城でも、その噂は静かに共有されていた。

桜は、文を置く手を止める。

(……来たか)

胸の奥で、冷たい感覚が広がる。

桜は知っていた。

北条の動きが、単なる領土欲ではないことを。

今川の弱体化が、偶然ではないことを。

そして何より――

それを「義」の名で裁こうとする男が、必ず現れることを。

上杉謙信。

義を信じ、義に殉じ、義のためなら敵味方を問わぬ男。

桜は、静かに息を吐いた。

(この戦いは、刃と刃の話じゃない。

 でも……あの人には、そうは見えない)

義と、現実。

正しさと、生き残り。

そして、経済という“見えない刃”。

それらが、今まさに交差しようとしている。

祝言の後の穏やかな時間は、もう終わりだ。

桜は悟っていた。

次に動くのは、武将ではない。

「義」そのものが、動き出そうとしているのだ、と。


今川の弱体化。

それは偶然でも、時代の流れでもない。

――仕向けたのは、桜だった。

表で血は流れていない。

だが、塩が届かず、鉄が止まり、米が遅れ、港は静まり返った。

戦う力を奪われた国は、刃を交える前に崩れる。

桜はそれを「戦」と定義していた。

しかし――

その合理は、義の眼には「卑劣」に映る。

(最悪の場合、上杉は里見を“義なき国”として討つ)

それは、現実的に起こり得る未来だった。

上杉謙信は、敵か味方かでは動かない。

「正しいかどうか」だけで動く。

桜は一度、深く目を閉じる。

そして――

脳内で、戦略会議を始めた。

【桜・脳内戦略会議】

前提整理

・今川弱体化の主因は、経済遮断

・北条はそれを突いた

・上杉は「戦わずして滅ぼす戦」を義に反すると判断

・“設計者”の存在を嗅ぎつけ始めている可能性が高い

最悪ケース

・上杉が「義の制裁」として関東へ大軍を動かす

・北条だけでなく、里見も“共犯”として標的になる

・里見は防げない

 → 上杉相手では、兵数も大義も分が悪すぎる

ここで重要なのは一点

上杉は

「勝てるから動く」のではない

「正しいと思ったら動く」

つまり――

止めるには、武力でも利益でもない。

“義の定義”を書き換える必要がある

桜の思考は、さらに深く潜る。

(上杉にとっての義とは何か)

・弱き者を守ること

・正面から戦うこと

・民を苦しめぬこと

・欺かぬこと

(ならば、こちらがやったことは?)

・兵を殺していない

・民を直接攻めていない

・戦を長引かせていない

・結果として犠牲は最小

(……だが)

「腹を空かせて降伏させる」のは

謙信の価値観では、間違いなく“悪”だ。

【対処方針・3案】

第一案:黙認・静観

→ 上杉が動いた時点で詰み

却下。

第二案:責任転嫁

北条・商人・南蛮船に押し付ける

→ 一時しのぎ

謙信は必ず「根」を探す

却下。

第三案:義の土俵に乗る

・経済戦を「民を救うための戦」と再定義

・今川が立て直す“余地”を意図的に残した事実を提示

・完全破壊ではなく「再生可能な敗北」だったことを示す

(つまり)

「滅ぼすため」ではなく

「これ以上血を流させないため」

その一点に、全てを集約する。

桜は、ゆっくりと目を開いた。

(上杉が来るなら……逃げない)

言い訳もしない。

誤魔化しもしない。

設計者として、

すべてを説明する覚悟を決める。

(それでも討たれるなら)

それは、

“義”に負けたのだと受け入れる。

だが――

桜は確信していた。

上杉謙信という男は、

話を聞かずに斬る男ではない。

(問題は)

どこまでを話し、

どこからを伏せるか。

そして――

まな姫と里見を、

どこまで危険から遠ざけられるか。

桜の戦いは、

すでに次の段階に入っていた。

刃の届かぬ場所で、

義と理がぶつかる戦いへ。

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