第103話「最初の声」
第103話を読んでいただきありがとうございます。
掲示板に残された“名前のない声”。
それをきっかけに始まった「聞く記録」は、今回ついに、直接誰かの声と向き合う時間になります。
言葉を残すことも大切ですが、
誰かがそばで聞いてくれるだけで、救われることもあるのかもしれません。
今回は、圭太とミリアが初めて
“声を聞く側”として誰かと向き合う回になります。
静かな回ですが、物語にとって大切な一歩です。
ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
放課後の図書室。
いつもより、少しだけ空気が静かだった。
ミリアは机の上に置かれたノートを整えながら、何度も時計を見ていた。
「……来るかな」
その声は、自分に言い聞かせるようだった。
圭太は窓際の椅子に座り、外を眺めている。
「来ると思う」
「どうして?」
「掲示板に書いた人、
あの文章、すごく慎重だったから」
ミリアは少し首をかしげる。
「慎重?」
「うん。“助けて”とか、“つらい”とか、
そういう強い言葉を使ってない」
圭太は少しだけ考えてから言った。
「でも、“聞いてほしい”って書いてた」
ミリアはその言葉を思い出す。
「もし、ここで話せるなら
ひとつだけ聞いてほしい。」
そのときだった。
図書室の扉が、静かに開いた。
ふたりは同時に顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の女子生徒だった。
同じ学校の制服。
でも、クラスは見たことがない。
彼女は少しだけ迷うように立っていた。
ミリアはゆっくり立ち上がる。
「……こんにちは」
女子生徒は小さくうなずいた。
「掲示板、見ました」
声はとても小さかった。
「ここで、話してもいいって……」
ミリアはすぐに答えた。
「うん。もちろん」
圭太も椅子を少し引いて言う。
「座って」
女子生徒は机の前の椅子に座った。
手はずっと制服の袖を握っている。
しばらく沈黙が続いた。
ミリアは焦らなかった。
ただ、静かに待つ。
そして、やがて女子生徒が口を開いた。
「……わたし」
声が少し震えていた。
「最近、自分が何をしたいのか、
分からなくなってきて」
ミリアは小さくうなずく。
「うん」
「周りはみんな進路とか決めてるのに、
わたしだけ、何もなくて」
女子生徒は目を伏せた。
「それで、家でも学校でも、
なんか……自分がいなくてもいい気がして」
その言葉に、ミリアの胸が少しだけ締めつけられる。
でも、すぐに優しく言った。
「話してくれてありがとう」
女子生徒は少し驚いた顔をする。
「え?」
「こういうことって、
言葉にするの、すごく勇気がいるから」
しばらくの沈黙。
そして、女子生徒はほんの少しだけ笑った。
「……誰かに言ったの、初めてです」
ミリアも、ゆっくり笑う。
「聞けてよかった」
その様子を、圭太は静かに見ていた。
──これが、最初の“聞く記録”。
声は残っていない。
録音もしていない。
でも、その時間は確かにそこにあった。
図書室の窓から、夕方の光が差し込んでいた。
その光の中で、
新しい“記録”が静かに始まっていた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
今回、掲示板をきっかけに
初めて「話を聞いてほしい」と訪れる人物が登場しました。
この物語では、
声を残すことだけではなく、
“声を聞く時間”もまた大切な記録として描いていきたいと思っています。
圭太とミリアの小さな活動は、
まだ始まったばかりですが、
ここから少しずついろいろな声と出会っていくことになります。
これからも、ふたりの記録の旅を
見守っていただけたら嬉しいです。




