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マレーン・サーガ  作者: いのそらん
第6章 それぞれの出発点
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それぞれの出発点 その10


ナタルとリアは、城下町の外れにある、夕暮れの下町を連れ立って歩いていた。

普段は、ほとんど城の周囲ですべての用を足してしまう2人にとっては、あまり馴染みのある場所ではなかったが、ナタルは今回の闘技大会の参加者名簿から、斧の巨漢カカノーゼの住んでいるのがこの下町であることを調べ、非番になると、すぐにリアと共にここに向かったのだ。


住まいとして記されていた家屋は数世帯が区分けされている一般的な庶民の住む共同住居であった。家屋に到着すると、周囲の人にカカノーゼの事を聞いみたが、皆、2人が身に着けている軍角士の非番時の軽装備を見ると警戒してしまい、まともな返答はなかなか戻ってこなかった。

リアはもととも士爵を持つ家で育ったため下町の事情には特に疎いのでしょうがないが、本来下町とは言えないが城下町で育ったナタルもこういうところは気が利かない。着る物を変えるだけでも人々の反応は違っただろうが、ある意味こういうところに気が付かない2人は似ているとも言えた。

それでも諦めずにつこく居場所を聞いているうちに、カカノーゼが『イタラの酒場』に入り浸っているとの話を知ることができたのだった。


逆に、ナタルが通りを歩く何人かに声を掛けると、酒場の場所はすぐに判明した。

酒臭い男の言ったとおりに、いくつかの角を曲がると、イタラの酒場にすぐに着くことが出来たのだった。


ナタルは、酒場の前に着くと、すぐに扉を開けて中に入った。

酒場の中はアルコールの臭いで充満しており、何人もの客が大騒ぎをしながら酒や料理に舌鼓をうっていた。事実、ナタルやリアが扉を開けても中に入っても、誰一人として彼らに注意を払うものはいない。


リアは扉を静かに閉めると、店の中を見渡した。

見たところ一般的な住居とあまり変わらず、紙を樹液で固めたものを空間造成の元力石で箱型にだけ強度を持たせた家屋である。

もちろん住居とは違って、カウンターや机などはそれなりに造りこまれているのではあるが、普段ナタル達が酒を飲んでる石造りの酒場とは大分雰囲気が違う。

室内灯は、一般的に使われている天井に格子状に光帯を這わせて家屋内全体を一定の明るさに保つ類のものではなく、リアは素直に『薄暗いわね』と苦言を呈していた。

おそらくは酒場としての雰囲気をほどよく演出するためだろうが、街灯と同じ造りの一点照明が店の壁数個所に掛けられていたのだ。確かに設置のための費用はこちらの方が格段に安いだろう。


歌い騒ぐ声の中に混じって聞こえる、飲んでいる連中の雑談に耳を傾けているうちに、この宴は、どうやら店の奥座っているひときわ大きな背中の主、カカノーゼの闘技大会優勝祝いであり、そしてカカノーゼ自身のおごりで、大騒ぎをしていることがわかった。


闘技大会自体は、あの忌まわしい事件により中断されてしまったが、国をあけげての賭け事となってもいるため、その後、協議会によりいくつかの取り決めがされていた。

1つは、そもそも事件が起きたまさにその試合、ミーネルハスとカカノーゼの戦いはミーネルハス自体が失格扱いとされたために、あの試合の勝者はカノーゼとされたこと。

もう1つは、その上で残った参加者達で、後日、闘技大会の残りの試合を消化するため召集を行なうというものであった。


協議会の取り決め通りに、昨日残った参加者全員にその旨の通達をしたが、『召集に参じる』との意を即日表明したのがカカノーゼのみであったため、協議会はその時点で他の参加者の返答を待たずに、カカノーゼを優勝扱いとしてしまったのだ。協議会としても、出来るだけ闘技会の事後処理を出来るだけ早く処理したかっただろう。

これは、残りの試合をする会場や、その他もろもろの手配が面倒であったことは言うまでもないが、事件を出来るだけ引きずりたくないという理由が中心である。

また、事実上誰の目にもカカノーゼの優勝が明らかであり、後日異を唱えるものも居ないだろうとの判断もあった。


そんな理由ではあったが、協議会はカカノーゼを正式に優勝者とみなしのだから、もちろん賞金は全額授与されていたし、賭けの配当もカカノーゼを優勝として支払いが今日から行なわれていた。


ナタルもリアも、このことは今日その事が公示された時点で知っていたので、特段驚きはしなかったが、目の前の光景には驚きを隠せなかった。

それほどに場は、混乱し、盛り上がっているように思えた。


カカノーゼは、一番人気で倍率が低かったために、還元された掛け金自体はそれほど増えたということはないはずであるが、それでもこの付近の住民が、それなりに還元を受けたことは間違いない。そういう意味ではお祭り騒ぎになるの当然なのかもしれなかったが・・・。


そんな酒場の喧騒の中、ナタルは部屋の奥にカカノーゼの姿を見つけると、リアが静止するのも聞かずに、どんどん近づいていってしまった。

リアはため息をつくと、酒場全体が見渡せる入口に近い壁を背にしてもたれかかり、ナタルの行動を見守る姿勢をとったのだった。


ナタルは、カカノーゼの前までいくと、背中を向けて大笑いしながら飲んでいたカカノーゼに、ためらいもせずに声を掛けた。


「おい、おっさん。少し話がしたいんだが・・・。」


カカノーゼは振り向きもしなかった。ナタルは、苛立ちをこらえながら、再び声を掛ける。

その苛立ちのせいか、幾分に声が怒気を含んでいた。


「カカノーゼ、話がしたいんだが・・。」


カカノーゼの周囲にいた何人かが酒をあおる手をとめてナタルに無遠慮な視線を向ける。

その内の1人が、茶化すようにナタルに声を飛ばす。


「軍角士様よぉ。ここはおめぇさんがくるような店じゃないんだ。酒がまずくならぁ。とっとと出ていってくれないかね。」


もう1人も、


「いやいや、今日、俺たちがうまい酒をしこたま飲めてのは、カイルのおっさんをこいつらがやっつけてくれたからだぜ?」


さらに別の1人が、


「そいつぁ違うぜ。こいつら軍角士様たちは、全員尻尾をまいて逃げたのさ!なにせ、残り試合の召集には、誰一人として現れなかったんだぜ?」


大声で笑いながらそう言うと、皆もそれにつられて笑った。

ナタルの表情が一層険しくなる。


「軍角士?」


その言葉を聞いて、やっとカカノーゼが反応を見せる。

大きな体を、椅子ごとゆっくりとナタルに向き直り、目の前のナタルを値踏みするようにじろり眺めると、そのままリアを視界の端に捉える。

そして、手にしていたジョッキを机に置くと、ナタルに胡乱げな目を向け、


「帰りな。」


とだけ、言った。いつのまにか、酒場内の喧騒は静まり返っていた。

皆がカカノーゼとナタルを注視していた。

ナタルは、


「いや、俺はあんたに用があって来たんだ。」


少しだけ緊張した色を含んだ声でナタルが、今度は丁寧に言う。


「用?俺には別にないぜ。」


カカノーゼはニヤニヤ笑いながら返す。


「俺はあんたと戦ってからずっと考えていた。俺は確かにあんたには遥かに及ばない。だからあんたを見込んで頼みがあるんだ。・・・。俺を強くしてくれ。」


何の前置きもない、直球である。


「ヒュ~ッ。」


カカノーゼは口笛をふいて、頭に手をやる。

そしてその瞬間、酒場で事の次第を眺めていた数人が、ナタルとリアに詰め寄った。

カカノーゼに注意を向けていたナタルは、あえなく両手をとられて、地面につっぷした姿勢で押さえつけられた。

リアは、即座に腰の打剣をぬくと、近づいてきた2人を牽制して目の前にあった椅子をその2人めがけて蹴り跳ばし、距離をとった。


カカノーゼは、横目でちらりとリアの様子を確認し、


「坊主、名前はなんだったけな?」


ナタルは、押さえつけられたままカカノーゼを睨み、


「レパッタナーグだ。」


そう吐き捨てるようにいったのだった。

最近書いてる文脈に合わせて多少の事実関係の修正。あとは脱字、文末の調整。2025.11.17

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