はじめての町 その4 通行手形への書き込み
ガリンは、
「1つ目は、町に入りたいので、同行しているものの6人全員の生力石に入町情報を書きこんでください。
2つ目は、昨晩、野営地で賊の襲撃を受けました。8人の集団でしたが、1人を除いてすべて対処しました。当然、処理した7人の生力石はすべて抜き取り持参しています。
また、その賊の首魁は捉えて手足を縛って、風力車の荷台に積んでいます。どう対処すればよいのか教えてください。」
これもまったく感情を感じない平坦な声だった。
ガリンの報告は、まるで天気の話でもするかのように淡々としていた。しかし内容は、軍角士であるトレムルホンゴでさえ背筋が冷えるほど生々しい。
「7人を処理・・・。生力石を抜き取り・・・。」
その言葉を反芻した瞬間、彼の額に脂汗が滲んだ。
『対処』とか『処理』とか、およそ人に使う言葉ではないのが、聞く者にとっては怖い。
それに、晶角士だからこそ左肩からなんなく生力石を抜き出しているが、目の前の男にはそんなことはわからない。
つまり、文字通り『腕からえぐり取った』と理解しているのだ。
トレムルホンゴにとってみれば、目の前にいるガリンは猟奇的な男にしか見えなかったのだ。しかも貴族位を持っている猟奇殺人者だ。
確かに賊なのだろうが、物には言い方がある。
トレムルホンゴは返事をしようと言葉を口にしているが、
「それ、その、つまり・・・・」
この時点では、完全に委縮してしまい、要領を得なかった。
建物の外では、5人が風力車の周りに集まり、互いに顔を見合わせていた。
兵が走って建物に入ってから、もうかなりの時間が経っている。
ルルテは御者席で腕を組み、明らかに苛立ちを募らせていた。
「何をしておるのだ、あのうつけ者は・・・。」
と、誰に聞かせるでもなく呟くほどには、待ちくたびれていた。
そして、待ちきれなくなったルルテが、サラに指示を出した。
「サラ、あのうつけ者は何をしておるのだ。先程、兵が走って建物に入ってから一向に出てこないではないか。あのものは交渉が得意ではないのだ。行ってまいれ。」
サラは、王女の辛抱のなさと、ガリンの交渉下手を思い返して、深々とため息をついた。
「わかったさね・・・。」
そう言って、呆れを隠しもせずに建物の中へ入っていった。
サラが建物の中に入って目にしたのは、何かに怯えて顔を歪ませている兵士と、それを困ったように眉間に皺を寄せて眺めているガリンだった。どうしてこんな状況になっているのか、さすがのサラにも見当がつかない。
「おい、ガリン。一体何をもたもたしてるんさね?」
サラがガリンに問う。ガリンは小さくため息をつき、こうなるまでの状況をサラに説明するのだった。
サラは呆れるしかなかった。
まず、ガリンには自分が領地をもっている貴族であるという自覚がまったくないということ。そして、そんな感情もなく、人を殺して、生力石を奪って、そして埋めてきましたって・・・もう少し言い方があるだろうということ。
これは正直いって、もう交渉が得意、不得意の話ではない。用件すらしっかり伝えられていない。
いや、正確には伝えてはいるが、伝わるようには伝えていない。サラはガリンを見ると、
「お嬢ちゃんにやったような、鎮静化はできないのかい?」
そう尋ねた。酒場の2階で、サラの前で使った文様術だ。
「信頼関係がないので、ルルテほどの効果をあげることはできませんが、出来ますよ。」
サラが男を指さして言う。
「さっさとやってとくれ。」
ガリンはトレムルホンゴに近づくと、片手で肩に触れ、そのまま自分の指輪をその手に合わせた。指輪の元力石が淡い光を放つと、恐怖に歪んでいたトレムルホンゴの顔が、少し穏やかな表情に変わる。
「おい、兵士さんよ。話は聞こえるかい?」
サラがトレムルホンゴに声を掛ける。
「あ、ええ。はい。」
トレムルホンゴが、言葉に詰まりながら返事を返した。
「そこの黒づくめが見せた書状にもあるように、王女の元服の儀の巡察中なんさ。手続きをして、通しておくれよ。」
男はその言葉を聞くと、
「は、はい。そうですね。木片は持ってきていますので、全員、こちらの建物にお入りいただければ、手続きを致します。」
頭を下げてそう告げた。サラがようやく笑顔を浮かべた。
「それと、聞いたんだろ?盗賊の襲撃を受けたのさ。で、懸賞金が掛かっているかもしれないだろう?だから、それも確認したいのさ。」
トレムルホンゴは、サラの笑顔と目的が分かり、ようやく安堵した表情を浮かべた。
「ええ。もちろんです。こちらで預からせていただければ、あとで登記所で情報を受け取ることができるようにしておきます。」
「あいよ。ありがとうさん。」
サラは意識してか、とにかく軽い口調で対応していく。
「敵のまとめ役を捕獲しているんだけど、これは引き取ってくれるのかい?それと、こちらに非がないことを、傭兵斡旋所にも送っておいてくれると助かるさね。」
「はい。それもこちらでお引き取りし、事情を確認した上で、斡旋所には正当防衛としての盗賊討伐として実績を報告しておきます。」
「おや、今の時点でそんなこと言ってもいいのかい?」
サラがニヤリと笑う。
「はい。既に身分の確認ができております。いかなる理由があっても、今回の場合は襲われた側が王女一行となりますので、非は襲撃者側にあると考えます。そもそも、ここ最近、王都からこのセルナまでの間で商隊が襲われる被害が続いておりました。生き残りがおらず、襲撃者の特定に苦労していましたが、これで解決するのであれば感謝しかありません。」
そう言うと、トレムルホンゴはサラに対して姿勢を正し、胸に手を当てた。
「よしとくれよ。うちはそんなことしてもらう立場じゃないさね。」
男が少し不思議そうな顔でガリンを見る。
「貴族であるお方を呼び捨てにできるのであれば、奥方様であるのではないでしょうか。当然、敬意を持って対応させていただきます。」
そう言って、再びトレムルホンゴが頭を下げた。
「っ・・・。」
サラが急に頬を赤くした。
「ば、馬鹿いってるじゃないさね・・・。」
トレムルホンゴは、急なサラの初々しい変化に微笑むと、
「では、皆様に中に入っていただいて、生力石への通行履歴の書き込みを行いましょう。」
そう言って建物の外に目を向けた。サラは肩を竦めてから咳ばらいをし、外に出て皆を呼ぶのだった。
そこからは、問題なく全員の生力石への記録が終わるのだった。
途中、さすがに王族であるルルテの紫色の生力石を見て、トレムルホンゴが恐縮してしまうといった場面はあった。ただそれでも、ガリンの応対をしたときのような恐慌状態になったわけではないので、サラが一声かけると、再び生力石への記録は進んだのだった。
また、関所を抜ける前に、風力車を止めることができ、貴族が宿泊しても問題ないような宿を確認し、一行はまずその宿に向かったのだった。




