王都出発 その5 ガリンとは①
新年が明けて2日目。学院にあるレンの研究室には、旅に同行するための最終決定をもらうために、赤髪の傭兵サラが訪れていた。
「なるほど。ガリンが言ったことは、ほぼ間違いはないようじゃな。」
サラから一連の話を聞き終え、レンが漏らした最初の言葉がこれだった。
もちろん、レンがガリンの話を疑っているわけではない。ガリンは、基本的に嘘をつかない。
それでも、自分の主観や思い込みで話が歪んでしまうこともあるのだ。
ガリンが持ってきた記録石の映像でも確認はしているが、あの映像でのサラは、ほぼ一方的に話しているだけだった。
ガリンは、それに対してほとんど掘り下げることをしていなかった。唯一掘り下げたのが、『尊父』という発言の意味だけだった。
話を掘り下げないことには、ガリンなりの意図もあった。
それは、話を掘り下げるということは、逆に言えば相手の話を自分の興味ある方向へ誘導することでもあるからだ。
そのためガリンは、まずはサラの言うことをそのまま記録することに固執したのである。
それは、サラの話を先入観なしに王やレンに判断してもらいたかったからであり、また自身の主観を入れずに話を進めてもらうためでもあった。
もとより、ガリンにとってサラを旅に同行させることは、話を途中まで聞いた時点で確定していた。その場で話を掘り下げる必要もなかったのだ。あくまでも、王やレンから最終的なサラの同行の許可をもらうための記録である。
この時ガリンは、丁寧に『誠実の結界』も張っている。結界が反応しない以上、サラの話は疑う余地がない。既にこの時点で、ガリンはこの賭けに勝っていると言ってもよかった。
王やレンも、そのガリンの思惑をある程度理解しているからこそ悔しいのだが、それを踏まえても、ガリンが持ってきたこの話は魅力であった。竜族のことである。
現在のマレーンは、先史文明が引き起こした大規模な戦争災害による地殻変動によって、先史文明が発生する前のパンゲア大陸と呼ばれる状態にまで戻ってしまっている。
大陸はドーナツ状に内海を囲んだ形をしており、マレーン王国はその右半分より少し左側に食い込んだ地域を支配下に置いていた。
逆に、大陸を円として考えた時の真西方向を中心として、上には北西、下には南西までの約3分の1の地域は未開の地として『辺境』と呼ばれている。
故にマレーン王国は、他の文化圏以外にも、自身の支配する国土の西側に潜在的な脅威を常に抱えており、その防衛にも注意を払わなければならない。
特に『辺境』と呼ばれる西側は採掘資源が多いとされていた。もし和平が結べれば、その資源を採掘する権利を手に入れられるかもしれない。そうなればマレーン王国は更に大きな力を手に入れることができる。
マレーン王国が、現マレーン次元文明を構成する7大文化圏の中で覇権を握っているのは、単に従属する文化圏が多いことだけが理由ではない。軍角士、晶角士の数が多いのも理由の1つだが、最大の理由はマレーンという大地にある。
マレーン次元文明の要となっているのは、元力石とその文様術である。
そして、その元力石は水晶を素材としている。水晶とは、二酸化ケイ素(石英)が結晶化したものであり鉱石の1つである。これは惑星でしか採掘できない物だ。次元文化圏では採掘ができない。また、他の惑星文化圏でも大地の組成が違えば、極端に採掘量が少なくなる可能性もある。そしてマレーンの大地では、この水晶が豊富に採掘可能なのだ。文明の根幹となる資源の1つを、かなりの割合で独占しているのである。文化圏として2番目に大きなクエルスも、この水晶の採掘が可能な惑星文化圏を所有していることが、その地位にある理由の1つでもある。
現在マレーン王国がある惑星マレーンの『辺境』と呼ばれる土地は、ほとんど未開発である。
だからこそ、辺境との和平は価値がある。絶対的に数が少ないだろう竜族や竜鱗族、一部の獣人たちが、広大な大地で大規模な採掘をしているとは思えない。ハサルの調査でも同じ結果であった。
ある意味、他の惑星文化圏であるララスが、ここで出しゃばって、
『マレーン文化圏の辺境と和平を結ぶ』
というガリンの宣言は、少しおかしい。
ただ、ララス領を治めるのがガリンとルルテであれば話は変わってくる。
仮に和平が結ばれれば、最終的にはそれは女王と宰相という礎になるからだ。それに、違う惑星であるララスとの和平であれば、マレーンの大地で生活している『辺境の民』に即、実質的な影響も出ないだろう。形だけの和平と言うこともできる。和平を結んだ後、ゆっくりと全マレーン王国に和平を広げていけば良い。それが政治である。
王とレンの目論見はここにあった。
「で、うちは合格さね?」
サラがレンに尋ねる。
「うむ。そもそもおぬしの話が本当であれば、断る理由はないのだ。我々は隣人として竜族との和平を望んでおる。レイレイがその可能性を持っているのであれば、是非もない。ただ、1つ忘れないで欲しいのじゃが・・・。」
「なにさね?」
レンの顔から笑みが消える。
「レイレイは、ガリンの娘なのだ。我が弟子が怒れば、わしにも止められん。あれはルルテを大切にしておる。そして王女は、レイレイを大切にしておる。この意味がわかるじゃろ?」
「・・・。脅すのかい?」
レンが頭を振る。
「事実だ。」
サラの頬を、いつのまにか汗が伝う。
サラは、ガリンがカカノーゼと対峙したときのことを思い出していた。
あの瞬間、周囲の音がすっと消えた。空気が重く沈み、肌に触れる空気の温度すら変わったように感じた。いくつもの戦場を駆け抜けてきたサラにはよくわかった。あれは、人間が出せる意思力ではなかった。希少な金属の斧が、文字通り分解されたのだ。
「肝に銘じておくさね。」
サラはただ頷いた。
「ふむ。実際にここに呼んだのは、今の話を伝えたかったからという意味もあるのじゃ。」
「・・・。」
サラは沈黙で応える。
「我が弟子は普段は飄々としているが、時々恐ろしい威圧を放つ。威圧とは意思力じゃ。それは天才、いや異才ゆえであるのじゃが、それは周囲に多大なる影響を与えるじゃろう。場合によっては、あやつは国を亡ぼすことすら厭わぬ、そんな純粋さ・・・いや、感情が欠落しておると言った方が良いのじゃろうな・・・。」
サラが息を飲みこむ。
「だからじゃ。おぬしにもようわかるじゃろう?逆鱗には触れぬことじゃ。」
そう言ったレンの顔は、王に見せるものでも、ルルテに見せるものでも、ましてやガリンに見せるものでもなかった。
その瞳の奥に、一瞬だけ、誰にも語られぬ過去の影が揺れた。
王国一の頭脳、王国一の文様術師、そしてガリンの養父である男が見せた、本当の恐怖を知る顔だった。
誤字脱字、語尾の修正。2026.3.24




