旅の準備 その25 親として
そう言って頭を下げたガリンに、
「よくぞ申した。ララス男爵よ。期待しておる。」
王が鷹揚に頷くのだった。しかし、サラの同行に関しての許可はいまだ口にしてくれない。
「ガリンよ。面をあげよ。ここからは家族の時間だ。椅子に座るが良い。」
さっきまでの王の威圧感は霧散していた。
今目の前にいるのは、いつもの優しく、そして慈愛に満ちた表情を浮かべている、あの王だった。
その瞳の奥には、叱責の言葉を準備しているにもかかわらず、父としての深い心配がかすかに揺れていた。
王は、
「レンよ。今回はこれで及第点として良いかの?」
と、急にレンに顔を向ける。
「まあ、いいじゃろう。ただし、ガリンよ。王はまだ足りぬとおっしゃっておるのだ。」
「・・・・。」
ガリンはしばらく目を瞑り、いろいろ考えるが、足りないところが思いつかない。
「はぁ・・・。」
王が大きなため息をついた。その吐息には、怒りよりも“どう導くべきか”という迷いが混じっていた。
「レンよ。もういいか?この者は、この点はさっぱり駄目だな。今回は助けてやっても良いか?」
王が、宮廷晶角士であるレンに許可を求める。正直逆なのだが、これが普段の2人の距離感なのだろう。
「それも、しょうがないじゃろうな。このままいくら待ってても答えには辿りつかないじゃろうて・・・。」
レンも呆れたように王に返す。
「ガリン・・・。」
王が困ったような顔で、ガリンの名を呼ぶ。
その声音には、父親が息子を諭すときのような柔らかさが滲んでいた。
「はい・・・。」
「そなたは、我の愛娘を奪っていこうとしておるのだぞ。」
「え、しかし・・・。」
「しかしも何もないわ。確かに今はルルテが積極的にそなたを捕まえようとしているのだろうが・・・。そもそも、我が娘は既に元服しておる。その娘とそなたは一つ屋根の下で過ごしておるのだろう?外聞など考えたことはないのか?」
「いや、それは・・・。護士ですし・・・。」
王とレンが、改めて苦笑いを浮かべた。
「いや、護士だとしてもだ。年頃の娘と同居させるなら女性の護士を選ぶだろうに・・・。」
王が呆れたように、苦笑いの理由を言葉にした。
「そうかもしれませんね・・・。」
「ガリンよ。既に多くの貴族が、娘とそなたを注視しておるわ。正直、エランの息子も狙っておるらしいぞ。親馬鹿かもしれんが、器量も良い娘なのだ。」
「そうですね・・・。」
ガリンは、あくまでも煮え切らない。
「レンよ。こやつは、本当に娘の婿にしても良いのか?」
レンは笑顔を浮かべ、
「御心のままに」
頭を下げた。
「何が御心のままにだ、おぬしの息子ではないか・・・・。」
「もう、自立してますゆえ。」
王が困ったように、レンとガリンを交互に見た。
「まあ、良いわ。それでだ。ガリン。」
「はい。」
王の砕けた口調が少しだけ堅くなる。
「レイレイは、そなたの養女なのであろう?」
「そうですね。」
「良いか、我はルルテの親として、常に娘を気遣っておる。それは愛しているゆえだ。」
「よくわかります。」
王が頷く。
「わかっていないだろう。レイレイはそなたの娘なのだぞ。ルルテも自分の娘のように愛着をもっておる。」
「そうですね。」
王が、頭が痛いかのように眉間に皺を寄せた。
その表情の奥には、ガリンの未熟さを案じる父の色が、どうしても隠しきれずに滲んでいた。
「直接言わねばわからぬか・・・。ガリンよ。そなたの自分の娘を、竜族への人身御供にするかのような話、あれを認めることはできん。そんな男に我が娘をやれると思うのか?まだ可能性だとしても考えるのも嫌になるわい。」
「あっ・・・。」
ガリンが、ようやく王の言いたいことに気付く。
「言葉が足りませんでした。もちろん、簡単に人身御供などにはしません。最大限守ります。最後の手段としてという意味でした。」
「まあ、そうなのだろうな。ただ、それでも駄目だ。自分の娘をそんな扱いをしようとしているところに、その原因となりそうな傭兵を同行など許可を出せるわけがないだろう?」
「・・・。」
「それだけではないぞ。自身の子にすらそんな薄情なのであれば、自身の領民を守ることもできないのではないか。」
「・・・。」
「よいか、ガリン。まず考え方を改めよ。その機会として、今回は先程のララス男爵としての発言をもって、傭兵の同行を許可する。これでも、ずいぶんと譲歩しておるのだぞ・・・。」
「はい。わかりました。確かに浅慮でした。レイレイをそんなことにしたら、ルルテも私を許してくれないでしょうしね。」
その発言を聞いて、再び王とレンがため息をついた。
「王よ。まあ、ルルテ嬢の事を通してでも、多少なりとも自身の発言の至らなさが分かっただけでも、1つ進歩じゃて・・・。」
「まあそうなのであろうな。」
「はっはっはっ。」
レンが気持ちよく笑った。
「それにしても、弟子よ。少し驚いたぞ?」
「何がでしょうか?」
「おぬし、自身が常識に欠けていることをようやく自覚したのじゃな?」
「・・・。」
「傭兵を連れていく理由の1つに挙げていたではないか?」
「それは、サラと会うために外郭市街に行ったのですが、実は外郭市街そのものを知らなくて・・・・。」
「なんということじゃ?何度も馬車で通り過ぎたではないか?メルタよ、これは酷いな。」
王が会話に入る。
「まさかとは思うが、それは我が娘も知らなかったのか?」
「はい・・・。」
王とレンが困ったように顔を見合わせる。
「それに、迎えに来たジレとストレバウスも、王家の紋章付きの馬車で酒場に乗り付けまして・・・。」
「なんと・・・。」
レンが呆れたように嘆息する。
「女官や衛士まで、そのような愚行に及んだと申すか?」
「は、はい・・・。」
「王よ、王宮の市井教育には多少問題がありそうですな。」
レンの言葉に、王が額に手をやり頷く。
「確かに、それは早急にエランとも話をせねばならぬな。しかし、珍しい話が聞けたのではないか?」
「そうですじゃ。なにせ我が弟子が、自身に常識がないことを認めた記念日ですわい。はっはっはっ。」
「これは、愉快だな。ふはははは。」
王とレンが、ひときわ楽しそうに笑い声をあげた。
その笑い声が止まっても、ガリンは眉間に皺を寄せたまま、ただ硬直し黙っているしかなかった。
王とレンが笑いから戻ってくると、サラを屋敷に呼ぶ具体的な話を取り決めたガリンは、軽く頭を下げると何も言わずに執務室を後にするのだった。
ガリンは昼前には屋敷に戻ると、サラについて決まったことを、ルルテと屋敷の者たちに順を追って説明を行った。
もちろん、王から叱責された部分はガリンは一言も語らなかったが、ララス領において
『竜族との和平の実現』
という大きな目標だけは伝えた。
これは、ルルテを大いに沸かせた。
説明を聞くルルテの指先が、わずかに震えていた。
嬉しさと不安が入り混じったその震えは、ガリンの言葉を受け止めようとする必死さの表れでもあった。
なにせ、ガリンが、自身と婚姻を王に認めさせるために、大きな成果をあげるという話をしたからである。
もちろん、ガリンにはそんなつもりはなく、ただ必要だから述べたに過ぎないが、それでもルルテは嬉しかったのだ。
そして、普段のガリンがそんなことを言わないことをルルテは知っていたからだ。
これは、王である父から何か言われたのだ、ということは容易に予想が出来た。
ルルテは王宮の些事については知らないが、王族の務めとその責任に関しては幼いころから叩き込まれている。
だからこそ、ガリンのララス領の領主への陞爵については、正確に理解して見せたのだ。
そして今回、ガリンがおおよそガリンらしくない発言をした理由も、正確に把握していた。
これは、父がララス領の領主としての責任と、その意味を伝えたのだ。おそらく、ルルテの婚姻の話にも触れたのであろう。
王族の『血の誓約』は、それだけ強い誓約なのだ。
ガリンは私の血に口づけをしたのだ。
それは、血を混ぜる、ある意味、子を為すのと同じぐらいに重いことなのだ。
そう、ガリンは確かにルルテの血が流れる指に口づけをした。
それに対してルルテは、
『そして我が護士に誓うものとする』
と受けた。
だから、父はガリンを候補に入れざるを得なかったのだ。
そして、ガリンには余人にはない力がある。頭も良く、度胸もある。ただ、常識を知らないだけだ。これは自分もだが、後で学べばよい。
だから、それを父が指摘したのだ。
ルルテは、ここでも勝利を得たと確信した。
サラの同行も許された。
数日後にはサラもこの屋敷にやってきて、旅の準備が本格化していくことだろう。
もう新年はすぐそこだった。
時は、マレーン歴13年 第4力期、新年直前であった。
とうとうこの章も終わりですね。
次は、いよいよ王都の外にでます。
ここまで長かったですね。
実は、街から街へって、物語が書きやすいだろうなーって一番最初に立てたプロットだったんです。
で、そのメンバーの選出と、予言、ララス領と土台を作っているうちにここまで(笑)
これからもよろしくお願いします。
誤字脱字の修正。語尾の修正。2026.3.22




