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㉚ 高松城(香川県高松市玉藻町)4

㉚ 高松城(香川県高松市玉藻町)4


4 生駒高俊と土井利勝の娘、勝姫

いよいよ、幕府を主導した土井利勝の登場となる。

正俊の娘の結婚と同じく高虎主導で1625年、嫡男、高俊と土井利勝の娘、勝姫との結婚が決まる。

義母、永福院は「家老、堀直政の2男、直寄が利勝の後ろ盾を得て力を増し、ついには実家の堀家を乗っ取りつぶした」と言い続けていた。

1618年、直寄は村上藩10万石藩主となり、堀一族最高の実力者となっていた。


土井利勝の影響力の大きさを知る永福院は、利勝の娘を高俊の妻にするのは許せないと激怒した。

円智院も義母の思いはよく分かるが高虎の考えを変えることは出来ない。

「利勝殿は高松藩生駒家の後ろ盾になり幕府との関係を良好に保ってくれる」と義母を説得する。

本心は、義母以上に不安が渦巻いていたが。

正俊はすでに1621年亡くなっており、その早すぎる死がつらく重くのしかかるが、永福院と共に高俊を育て守るしかない。


高俊は母や祖母と共に育っており、その思いがよく分かっていた。

特に、実家、嫡流の堀家をなくした祖母の悔しさを痛切に感じていた。

藤堂家を嫌い、土井利勝の娘、勝姫を押しつけられた妻だとしか思えないまま、1626年、結婚することになってしまった。

勝姫を受け入れられず、仲睦まじくと周囲が諭しても、努力はするが、仲睦まじくとまではならない。


高俊の結婚より少し遅れて3歳年下の堀直寄の嫡男、直次と土井利勝の娘との結婚が決まる。

この時、永福院は「やはり利勝は堀家をつぶすつもりだった」とため息をつく。

実家を乗っ取った堀直寄の嫁と大切な孫、高俊の嫁とが姉妹であることはつらい。


土井利勝を後ろ盾に持つ妻、勝姫は動じることなく堂々と生駒家の女主となる。

勝姫は、高俊との間に嫡男が生まれ、利勝を義父として頼れば生駒家は安泰になると強固な信念を持っていた。

外様大名であり幕府との関係が良くない生駒家の救世主になれる自信がみなぎっていた。

だが、不仲の上に子が生まれないままに、生駒騒動の前に亡くなる。


勝姫を亡くし、土井利勝は高俊を憎むことはあっても守る理由は何もなくなる。

高俊は、妻を亡くしほっとする反面、生駒家を守る責任が覆いかぶさり息苦しくなるほどだ。


円智院も土井利勝が高松藩生駒家の後ろ立てになり、守ろうとする気はないと思わざるを得ない。

どちらにしても、幕府に良い印象を与えなくては、生駒家の存在はあぶないと、固く覚悟を決める。

 

高虎・高次は、妻を迎えた高俊が藩主として藩政を執るべきだと、永福院や円智院との引き離しを図り、遠ざけた。

こうして、高俊の周りには、高虎・高次の息のかかった近習ばかりとなる。

反徳川の意思を持つ重臣はいなくなる。

円智院は母として、高俊に思うがままに会うことができるが、政治に関しては口を閉じざるを得なくなる。


江戸詰めの高俊は、高虎・高次から徳川家大事を常に考え高松藩主として役目を果たすよう諭されるばかりだ。

思い描く藩政を実行することは出来ず欲求不満が渦巻く。

孤立感を深める。

そんな思いのまま、美少年・酒宴を好み、憂さを晴らす時が増えていく。


国元は違った。

生駒將監5千石が束ねる独立心の旺盛な国元の譜代の臣や讃岐衆は、高虎の津藩の支藩扱いに怒り、高松藩の尊厳を取り戻したいと動いていく。

高俊も、国元に戻ると生気がみなぎる。


1630年、高虎が亡くなり嫡男、高次が後見人を引き継ぐ。

高次は高虎以上に高松藩への統制を強める。

新たに、高次が召し抱えた野々村九郎衛門を高松藩国元の藩政に加わらせる。

高次の代理でもある。


1633年、国元を圧倒的力で率いた将監が亡くなる。

将監には生駒帯刀、佐藤久兵衞と二人の男子がおり、家中の信望は厚かった。

嫡男、帯刀(たてわき)が家督を継ぐが、高次は主席家老とは認めなかった。

この頃から、国元の家老衆より江戸詰め家老衆の力が増し、対立が始まる。


野々村九郎衛門は、藩の財政を担当の讃岐衆、三野一族を失脚させ、代わる。

国元の譜代衆、讃岐衆は猛反発するが、高次の意向だと野々村氏らが押し切った。

三野家は新田開発・灌漑・特産品の開発など積極的に行い藩財政に貢献していた。

藩財政を潤し、功を上げると担当衆の持ち分も増やす取り決めをしていたこともあり、讃岐衆それぞれが頑張ったゆえだ。


高虎が送り込んだ西島八兵衛らはそんな取り決めを許さず対立した。

それでも将監が生存中は、譜代の臣と共に国元の権威を守り西島氏らを押さえた。

将監が亡くなり高次が後見人となると、立場が替わった。

藤堂家に近い家臣団が上位となる。

藤堂家に近い家臣団に押さえつけらる譜代の臣・讃岐衆は、怒り対峙していく。


一門衆筆頭だったが大坂城入りした正俊の弟、正信(甚助)の領地、東讃岐は末弟、正房(甚介)が継いだ。

反徳川の意識の強い地であり、一時高虎に引き立てられた正房だが、次第に譜代の臣と力を合わせるようになる。


藤堂家にも大坂の陣で大坂城入りした家臣がいる。

藩の膨張に伴い家臣間にも軋轢がある。

高虎が生きているうちは、すべておさえることが出来たが、高次が引き継ぐと抑えが弱い。

いつも外様大名の優等生になれるわけでないと思い知っていく。

高次は、高松藩生駒家を再編することで幕府の賞賛を得て、父に匹敵する藩主になりたくなる。


高俊も年齢を重ねると、思い描く名君像ができていく。

藩主としての意欲に燃えて藩政に取り組むが、満たされない。

高次が独自で高松藩の改革に強く取り組み、高俊を無視したゆえだ。

高俊の鬱憤晴らしが、続く。

生駒踊りなどに繋がるが、誰が流すのか暗愚な藩主としての評判が定着していく。


讃岐国人山下氏、お夏の方の子、生駒正房(左門)。

生駒正房を支持する山下氏や縁ある讃岐衆。

将監の子、生駒帯刀・娘婿、多賀源介。

山里の子、生駒河内正幸。

譜代の重臣達。

それぞれが危機感を強め高松藩の独自性を守ると結束を強めていく。


そんな時、1635年、幕府は江戸城修築の手伝い普請を高松藩生駒家に命じた。

普請奉行は前野と石崎だが、藩財政は苦しい。

やむなく江戸の材木商、木屋からの借金で普請をやり遂げる。

借金返済は高松城の南、(いわ)()尾山(おやま)の松林の松で充てると決めた。


(いわ)()尾山(おやま)の松林は、高松城を守るお留め林として大切に守られていた。

同時に、藤堂高次の内意として前野・石崎自身の千石づつの加増も決めた。

加増分は年貢率を通常の四割から四割五分とし賄うとの取り決めだ。

高俊の華美好みもあり江戸屋敷の財政は逼迫し、国元への資金の要求は続いた。


藩祖の思いを踏みにじる松の伐採。

自分勝手な加増。

あまりにも華美な江戸藩邸の暮らし。

国元も牛耳ろうとする藤堂家。

1637年、耐えに耐えた国元派だが、江戸詰重臣の横暴を「許せず」と決意する。

前野らの専横を訴える訴状を、後見人の高次、大老の土井利勝に提出した。

生駒騒動の勃発だ。


藩主、高俊の出番が来た。

高次に抑える気はなく、幕府が乗り出さざるを得ない事態となった。

幕府に対峙するのは藩主、高俊26歳。

高俊は初めて藩主として藩政に取り組む。

国元に戻った際、力を振り絞って調停を計る。

だがうまくいかない。

国元派を支えたいが、幕府との交渉は難しい。

成果を挙げられないまま終わった。


それでも、藤堂高次・土井利勝には許せない思いが渦巻いた。

高俊も藩主として力の限り高松藩を守る覚悟ができていく。

翌年「藩主の賛同を得た」と勢いに乗る国元派は、再び前年同様の訴状を幕府に提出する。

待ち構えていた幕府は厳しく冷たく応じた。

高俊を無視し、生駒家の処置を藤堂高次に一任する。


ここで、高次は江戸派と国元派の主だったものに切腹を命じ収拾を図る。

だが、高俊は、納得できず、国元派の切腹を拒否。

意地を見せた。

その時、立場を失った前野派が妻子や家人を伴い、武器を携えて数千人規模で高松城下を引き払う騒ぎを起こした。

幕府は、藤堂高次の指示に従わず生駒高俊が反幕府行動を取ったと見なした。


堀家の改易と同じだ。

幕府が待ち望んだ希望通りの展開となる。

1640年、高松藩生駒家は改易。

高俊は出羽国に流罪となり、出羽矢島藩1万石の堪忍料を与えられただけだ。


高俊は、毅然として受け入れた。

自分の力では抗することができない幕府の圧力に負けたのだ。

譜代の臣には申し訳ないが、できる限り行く末に配慮を願うだけだ。

藩主としての力のなさを詫び、これで終わりとした。

この後は自分らしく生きるしかないとすっきりした。


高俊には母、円智院が、一番の支援者だった。

そこで、母や子達と共に、すべてを受け入れわずかな家臣と共に、出羽に行く。

これが力だ、幕府の強大な力の前に敗れたのだ。

意地を見せての改易で、悔いはなかった。

母の思いを大切に、母の優しい笑顔を見ながら、出羽矢島藩主として藩政に携わり余生を送る。


讃岐高松藩生駒家はなくなり、多くの浪人が生まれた。

生駒家旧臣はなぜ改易されたのか理解できないまま主君を失った。

幕府の容赦ない仕打ちに憤り、反幕府の不穏な空気が漂う。

そこで、幕府は、隣国の3藩、西条藩主、一柳直重・大洲藩主、加藤泰興・今治藩主、松平定房に分割統治させ、旧臣を分断しつつ再雇用して治安維持を図り、領内の沈静化を目指す。


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