さあ、こちらに――
――僕はこのヒトに助けられた。
あの日、ユキノの暴走を止めようと僕は――僕たちはショッピングモール内で戦った。
その実、僕は何かをしていたわけではないのだけれど。結果的に足手まといとなった僕は、無理やり突破口を作ってもらい、這々の体で逃げ出すことに成功したのだった。
僕は、自分がいかに弱くて愚か者であるかを突きつけられた。
外の空気。
走るたび、一歩を踏み込む度、僕の体は自己嫌悪に塗り替えられていく。
僕には、鋼鉄を砕いたり跳躍の助けをする器用な尻尾も、俊足の足も、全てを見透かせる目もない。
付け加えるなら僕にはヒトとしての基盤がないのだ。
――いつからこうなってしまったのかは分からない。
けれども、記憶の一つくらいはあっても良さそうなのに、ノリの思い出せることと言えば、マネキンだった母のことやユキノとの会話程度で、それ以前の、日常の風景といったあって然るべき記憶すらも、ぽっかり穴が空いてしまったように空虚で淀んでいて、しかもそれをノリは、何も疑問に思わずに今の今まで暮らしてきたのだ。
一番怖いのは、何も知ろうとしなかった無知にあるのだ。
――ただひたすらに走る。
浮かんでは消えるどこかの誰かの蔑視と嘲笑。沢山の口や目がノリを呪っている。
彼らはニコニコ笑っていても心中では侮蔑の対象として、その片隅に置かれているのだ。
ちゃんちゃらおかしい。
そんなに怖がることなんてないじゃないか。
世界はもうとっくに滅びているんだから――。
――ただただ真っ直ぐに走った。
その足が止まったのは、文明世界の端とも言える光景に出くわしたからであった。
本当に、唐突に道が消えていた。
舗装された道路や近代的な街並みが、まるで線で区切られたようにくっきりと、原生林へと変わっていたのだ。
そして、「こちら側」の道路に置かれたサッカーボール程の大きさの石の置物がそれを誇示するかのように鎮座していた。
石には男女一対と思われる像――道祖神が刻まれている。
境界線に設置せられる道祖神は「こちら」と「あちら」の、まさに境目である。
「ここから先は異世界――ね」
「おや、そこに誰か居るのかい?」
ヒトの声であった。
久しぶりに聞く感情のこもった声。ノリはどうにも嬉しく、迂闊にも返事をしてしまった。
「ハイっ! ここに居ます。あの、助けて欲しくて、えっと……友人が怪我してしまって、それで……」
「それはたいへんだったろう。ワタシのうちに来て休むといい。なぁに心配は要らない。お友達もしっかり助けてあげる。さあさあ、こちらに」
老齢の男の声だ。いかにも好好爺といった風の声色で、好感が持てた。
「さあ、こちらに――」




