不可解な事件
漂う汗の匂いと軋む床の音と竹刀の打撃音。
小さい頃からずっと剣道を続けてきた三上にとってはこの3つがやる気スイッチだ。
「三上、ひと勝負しようや。」
「またですか? 柴さん。」
ここは警察学校の剣道場。今年から警察学校を卒業して警察官になった三上だが、幼い頃から毎日剣道だった三上はその習慣が取れず、仕事終わりに剣道場を訪れている。
柴さんは4つ上の先輩で警察官の剣道大会3連覇の実績を持つ剣道の上級者であり、4連覇を阻止した三上に懲りなく勝負を挑んでくる。
「じゃあ今日も勝ったら晩飯おごりで。」
「ほう? なかなか言うようになったじゃないか、三上。 よし君、悪いが審判してくれ。」
露骨にめんどくさそうな顔の訓練生はしぶしぶ審判を受ける。
「試合開始。」
「「やあああ!!!!!!!」」
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「ふんふんふーん♪」
悔しげな顔をしている柴さんに三上はわざとらしく鼻歌を歌う。
「くそ、あそこで胴を取りに来るとは。」
「入らなきゃ隙だらけのハイリスクでしたけどね。」
何食べようかなー、と浮き浮き気分でスマホを眺める三上に柴は問う。
「なあ三上、もし自分があと3秒で死ぬとわかったらお前はどうする?」
「3秒っすか? 難しい質問ですねー。」
と言って少し考え込んでからその答えを語り出す。
「やっぱ変顔っすかね。」
「……お前真面目に答えろよ。」
「真面目に答えてますよ! もし3秒も残されてるなら与えられたその時間ギリギリまで誰かを幸せな気持ちにしたい。
綺麗事だけど俺はそのために警察になったんです。」
「……なるほど。そう聞けば確かにお前らしい答えだ。」
「ということで今夜は焼肉パーティですよ、柴さん。」
「ふざけんな、剣道ひと勝負ぐらいで焼肉なんか奢れるか!!」
夜空を彩る満天の星の光を見上げながらこいつが後輩でよかった、なんてくさいことを考えている自分に笑みをこぼす柴だった。
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その日は朝早くに課長の電話が鳴った。
「柴、世田谷区で遺体が発見された。状態からみて殺人の線があるらしい。この件はお前に任せる。」
「わかりました。すぐに現場に向かいます。」
「三上。」
「はい?」
「柴について行け。柴は若手実力派と名高いくらいだからいい勉強になるだろうよ。
お前ら仲も良さそうだし、他の奴に掛け持ちさせるよりは効率いいだろ。」
「はい! 是非行かせていただきます!」
初捜査に三上は心躍らせる。
「足引っ張ったら奢りね?」
「剣道は諦めたんすか?」
「生意気。」
横腹を突かれると三上と柴は顔を合わせて笑う。
「あいつらいいコンビになりそうですね、課長。」
「そうだな。頼もしい限りだよ。」
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ーーこれ、人なのか……?
失礼承知でもそう感じてしまうほどに遺体は酷いものだった。
心臓あたりに大きく穴が空き、手足はバラバラ。もはや人間の形は留めていなかった。
「死亡推定時刻は?」
「昨夜11時から深夜2時です。」
「凶器は?」
「それがこれだけ大きく損傷しているのにもかかわらず凶器の形跡が全く無くて。」
「凶器の形跡が全く無い。殺し慣れしてるのか、頭がキレるのか……?」
「ということはDNAや指紋にも期待できませんね。本当に手がかり0。」
「三上、捜査に置いてネガティヴな発言は現場の士気を下げるだけだ。控えろ。」
いつもの柴と雰囲気が違い、三上は少し気圧される。
「とりあえず被害者の人間関係と昨夜の防犯カメラ映像を手分けして探ろう。
三上。お前は聞き込み調査を頼む。わかっていると思うが無理に聞き出そうとしたり無礼がないようにな。」
「わかりました! 絶対有力な情報を掴んできます!」
「……本当にわかってんのか、あいつ。」
気合い十分で走り去っていく三上に呆れるように柴は言った。
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「怪しい奴はいない、か。 そりゃそうだ。殺した形跡全部無くしてしまうような奴だ。
防犯カメラに映るなんてヘマしないよな。」
「柴。こっちきてみろよ。」
呼んだのは同期の河野だ。
「どうした? なんか映ってたか?」
「映ってるのは映ってるんだが……これ、なんなんだ?」
そう言われてその映像を確かめる。
最初映っているのは被害者の女性だ。その後その女性に近づく男が現れる。
「映ってるじゃねえか。」
女性と言葉を交わしている。こいつが犯人で間違いないだろう。
「なんだ、長い捜査になりそうだと思ったら簡単に終わったな。」
「いや、問題はここからだ。」
「は?」
映像にはまだ会話を続ける2人が映っている。すると突然男が動き出す。
「ほら、犯人じゃねぇか。」
「いいから見ろって。」
女性は言葉を叫んでいる。助けを求めているのだろうか。その様子をみて男は高笑いする。
そして次の瞬間ーーーー。
「え? どういう事だ、これ。」
柴は映像を見ると疑いの言葉を発する。
「おい河野。これどこからがアニメだった?」
「わかってんだろ、全部現実だよ。」
日付が変わって午前1時。暗い部屋に2人の警察官。沈黙が訪れる。
「……疲れて幻覚……じゃないよな。」
柴は何度も何度も映像を見返す。故障を調べる。だが落ち度はどこにもなく最新機種だということが間違いはないと根拠付けてしまう。
「存在するのか。化け物が、この世に。」
映像の中の男は突然目以外の全身が真っ黒になり、鋭い尾のようなものを背中から3本生やす。
そして次の瞬間、尾の一つがいとも簡単に人を貫き、腕と足を切り落とす。
死体を数秒見つめると突然姿を消す。
まるで幻であったかのように。
明らかに人間ではなかった。だがそのことにどうしても頭が追いつかない。
「わけわかんねぇ。犯人は人間じゃなくて化け物? 勝ち目ないじゃん。 笑えない冗談やめろよ、おい。」
理解不能な現実と打つ手なしという事実はただひたすらに絶望感を生み、柴たちにのしかかるのだった。




