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霊拝堂忌憚  作者: 猫美
第一話
2/32

2 回想1

「陸人ーッ、部活行くぞ~」

「おう」


 河間陸人(かわまりくと)は、幼い頃からサッカーに打ち込んできたサッカー少年だ。

中学の頃から頭角を現し始め、進学先では、次期主将ともエースとも噂されるだけの実力を示し始めていた。

ルックスも良く、下級生からも上級生からも熱烈な視線を浴びせかけられる絵に描いたようなエースだった。

もっとも、本人は、そんな熱視線をモノともせず、下手をすると、女性に興味が無いのでは無いかと疑われたりもするのだが、

それでもひたすらにサッカーに打ち込む――その姿がまた、ファンの心を掴んでいたりもするのだが――そんな男子学生だった。


 手にした本を鞄へと収めつつ、教室から出て行く河間陸人を視界の隅に捕らえつつ、

高瀧真穂里(たかたきまほり)も、そっと教室を後にする。

廊下には、放課後になって部活にいく生徒、家路を急ぐ生徒、ふざけ合う生徒、それをたしなめる先生の声――

様々な声が響き合っていた。


「真穂~、今日も図書室?」

「ぅ、うん」


 後ろから声を掛けられ返事をする。

クラスメイトの一人だった。


「そっかぁ。熱心だね~」

「ううん。仕事だから」

「がんばれよ。次期委員長」

「そんなんじゃないったら」

「じゃあね~」


 高瀧真穂里は、図書委員を務めていた。

肩まで伸ばした髪に、丸みを帯びた眼鏡――美人と言うよりは可愛い系ではあるが、

どこか地味という印象をぬぐえず、飛び抜けた何かを持っているわけでは無かった。


 その日も、図書委員として、図書準備室へと向かう。

今期の納入分書籍が届き、分類整理にかり出されていた。

そのこと自体に不満は無い。

むしろ、新しい本に触れることが出来、どれを借りようかと吟味する猶予を与えられていると考えれば、

それほど悪いことでも無かった。

いかんせん、数が多く、作業が地味――分類用のシール、図書カード用の小袋の貼り付け、管理パソコンへの入力――

しかも、中身を読む暇が無いということが不満と言えば不満である。


「お、真穂里。来たね」

「委員長。お疲れ様です」


 失礼しますとノックをした後、ガラリと戸を開けると、図書委員長の福井先輩が声を掛けてきた。

高瀧真穂里は、どうもこの福井に気に入られているらしく、何かと目を掛けられていた。

真穂里も、この快活な性格をした福井先輩のことは好ましく思っており、目を掛けてくれることが嬉しくもあった。

ただ、何かと、真穂里を次期委員長に据えようとしてくることには困惑を隠しきれなかったが――


 作業を続けること数時間――

スピーカーから蛍の光が聞こえてくると、おしゃべりに興じながらも地道に進めていた作業の手が止まる。


「はい。じゃぁ、片付けて帰るよ~」


 福井委員長の号令一下、参加していた図書委員が作業場を片付け始める。

やっと半分が終わったという所だろうか。

作業に追われる日はまだまだ続きそうだと思いつつ、高瀧真穂里は外を見やる。

太陽もほぼ沈み、夕焼けの朱い景色から夕闇へと、その姿を転じようとしている時間帯だった。

校舎が影となるため、校庭全体を見渡すことは出来ないが、窓から見える景色では、運動部も片付けを始めているように見えた。


「陸っくんも終わったのかな」


 誰に話しかけるでも無く、呟き――自分が声に出していたことに驚き周囲を見回す。

周囲の人間に聞かれた様子は無い。

その事に、ほっと息を吐き出す。

そんな自分に、何をやっているのかと苦笑を浮かべたりもした。


 準備室を出て、福井委員長が鍵を閉める。


「それじゃ、帰りますか」

「委員長。鍵、私が返してきます」

「え? そう? ――じゃぁ、悪いけど、お願いするね」


 わずかな逡巡の後、手に持った鍵を真穂里へと突き出す。

ハイという返事と共に鍵を受け取り、職員室へと駆け出した。

気をつけて帰るんだよと、後ろから福井委員長の声が届く。


 職員室へと鍵を返し終え、下駄箱で下履きに履き替える。

外は、薄暗くなりつつあった。

校庭からは、野球部だろうか――片付けをする声が聞こえてくる。

サッカー部は、一足先に片付けを終えたようだった。

部室棟前の明かりの下、男子生徒が着替えている様が遠目にも解る。

高瀧真穂里は、校門脇の電灯の下で、河間陸人がやってくるのを待つことにした。


「真穂里」


 持っていた本を読みながら待つこと――何分経っただろうか。

気がつけば、河間陸人他、サッカー部の面々が校門まで来ていた。


「真穂里ちゃんは、今日も熱心だねぇ」

「いえ。委員会の仕事があったので」

「そうは言うけど、無い日でもいるじゃん」


 サッカー部の男子達が次々に話しかけてくる。

いつものこととは言え、真穂里は気圧されていた。

悪い人たちでは無いのだが、運動部特有と言おうか――

文系と言うより文学系の真穂里には持ち合わせていない熱さ――みたいなモノが苦手だった。


「取り巻き連中も、気を引くんなら、真穂里ちゃんを見習わないとなぁ」

「本気具合が見えないよな」

「いえ、そういうんじゃ、ないですから」

「――敵わないって解ってるのかもなぁ」


 男子部員の一人が、しみじみとそんなことを呟く。


「オラ! いいから帰るぞ」


 陸人が、照れ隠しなのか、そんなことを言いながら部員の脚にローキックを叩き込む。

もちろん冗談で蹴っているのだが、当たり所が悪かったのか、蹴られた部員は、脚を抱え込みながら飛び跳ねる。

それを見て、笑い声を上げる部員達。

その明るい雰囲気に釣られ、真穂里も口元を隠しつつ笑い声を上げた。


 すっかり日が暮れて、街灯が道を照らす。

そんな夜道を、二人は並んで歩いていた。

陸人は、真穂里に部での話やサッカーの話を一方的に話し続ける。

真穂里は、それに相づちを返したり、時には笑い声を上げたり。

仲睦まじい、いつもの風景――


「じゃぁ、俺、少し蹴ってくから」

「うん。暗いから気をつけてね」

「解ってるって」


 そう言って、陸人が空き地の中へと消えていく。

造成した後、理由は解らないが、住宅が建つでも無く、利用されないまま数年放置されている空き地だった。

隅の方にチガヤが生い茂り、人の侵入を阻んでいる。

それ以外の――中央の方は、踏み固められ、子供達の格好の遊び場となっていた。

陸人は、その空き地へと入っていった。

ブロック塀を相手に、パスやシュートの練習をするためだ。

塀の所々に、白いスプレーで丸が描かれており、その周囲にボールの跡がたっぷりと残っている。

昨日今日で出来上がる跡では無い。

それこそ何日も何日も――時間を掛けて付けられた跡だった。


 ボールの跳ねる音、ぶつかる音を聞きながら、真穂里は空き地の脇を抜ける。

真穂里がその日、最後に河間陸人を見たのは――空き地でボールを蹴る後ろ姿だった。


Twitter @nekomihonpo


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