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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
36/41

「もうちょっと緊張するべきじゃないかな」



 

 

 

 

 フィッツバルトさんの尾っぽが揺れる。

 左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左…………。


 背を向けて歩く彼の尾っぽを、私は凝視していた。


 犬の尾っぽと違って、トカゲの尾っぽは機嫌が良いからといって揺れない。

 感情表現のための用途は元々ないのだ。


 そんな尾っぽがフィッツバルトさんの歩みに合わせて左右に揺れる。姿勢の補助などが目的だとわかっていても、そのリズミカルな動きを私は楽しんでいた。


 なんだかこういうのってずっと見てたくなるんだよねぇ。


「サラ、何をそんな真剣に見ているんだ?」


 隣りを歩くラファエルさんに言われて、私ははっと顔を上げる。

 すると強面のフィッツバルトさんがこちらをにら―――見ていた。


 うん、気にしないでくださ~い。


 私はヘラリと笑って軽く手を振って見せてから、不自然に見えないように周囲に視線をやった。


 部屋を出た後に階段を下り、角を曲がり、廊下を突き進む。見覚えのない曲がり角、柱、柱にまた曲がり角。

 進むにつれ次第に私が知らない場所が多いことに気付いた。

 同じ建物の中なので私の部屋の周りと大きな変わりはないのだけれど、どう考えてもこの辺りに来た覚えがない。


 どうしてだろう、と思いながらとある扉の前を通り過ぎたとき、ふと思い出した。


 さっきのってピューレさんの執務室、だよね?


 トーカスハさんやピューレさんに初めて会ったときに行った部屋だ。

 前に来たときは演習場から来たのでおそらく道順が違うかったし、似たような扉が多いので通り過ぎるまで思い出せなかった。

 そしてようやく何故この辺りに見覚えがないのかがわかった。


 その時にトアにこの辺りにはあまり来てはいけないと言われていたのだ。


 言われた時はピューレさんの発言に少なくないショックをうけていたのであまり深く考えていなかったけれど、それからトアは自然に私がこの辺りにくることを止めていた節がある。


 ここらへんって何かあるのかな?


 初めてこの王城を探索した時のように私は周囲を見回す。

 フィッツバルトさんと共に護衛として五人ほどのルザリドが私たちの周りを囲んでいるので、景色は見づらい。それでもパッと見た印象ではそれほど変わったところは見当たらなかった。

 それよりもさすがに広い。何日も過ごした建物だけど、もし皆とはぐれて一人になったら自分の部屋に戻れる自信がない。


 少しでも道順を覚えたいなぁとも思いつつ、黙ったまま私の隣を進むラファエルさんに話しかけるのも悪いと思い、私も口を閉じたまま視線だけを巡らせる。


 建物の作りはやはり普段過ごしている部屋の周りとそれほど変わらない。特徴的な物がないので余計にそう思う。

 光沢のある白い壁に同間隔で並び立つ柱。幅広い廊下には壁沿いにガラス戸があり、日光が反対側の壁を隈なく照らしている。

 柱には夜の発光が終わった時のための、灯り用のシンプルな蝋燭立て。ガラス戸と逆側には扉が距離を開けていくつも並んでいる。その扉から出てくる人は未だいない。


 進む方向に視線をやると、広くまっすぐな廊下には右に曲がる角がいくつも見て取れ、たまに脇に控えたルザリドが立っていた。

 彼らは鎧を着て刀を携えていて、私たちが目の前を通る時は胸に手を当てた。警備を担当しているルザリドたちだろう。

 その他に廊下にでているルザリドはいないようだ。


 けれど私が通り過ぎた角を何気なく振り返った時に、一瞬ルザリドらしき影が見えた。


 奇妙に思った。


 私の視線に気づいたのか、それともちょうどここから立ち去るところだったのか、その影はすぐ私の視界からいなくなった。

 その高い背丈からルザリドだろうと思えただけで、鱗も見えなかったし顔を見ることもできなかった。

 

 けれど奇妙に思った。


 その人物はこの暑いのに何故かフードをかぶっていて全身が隠されていたから。


「サラ様? あの、どうかされましたか?」


 すぐ後ろをついてきてくれていたレンが私の様子をうかがう。

 不審人物の発見に、思わず立ち止まってしまっていたみたいだ。


「ごめんごめん、ここらへんってあんまり来たことないから」


 謝りながらフィッツバルトさん他のルザリドたちの様子を見回す。

 誰も先ほどの人物について指摘しない。そんな離れた場所ではなかったから、私以外が誰も気づかなかったわけはないだろう。

 私が奇妙に思うだけで別にルザリドにとっては不思議なことではないのかもしれない。


「この辺りは……、その」

「陛下から今までは不要な諍いが起きないように、無闇に立ち入らないように指示があったのよ。

 政務に関わる高官の部屋や会議場が集まっているから」


 まごつくレンの言葉をジャスが引き継ぐ。


「そうなんだ」


 道理であまりルザリドとすれ違わないわけだ。

 今から会合が始まるのだから、皆そちらに行っているのだろう。


「わたしも一つ疑問があるのだがいいだろうか?」


 私が会話しているのを見て、トアにラファエルさんが窓の外を示す。


「あの塔は? 他の建物に比べて随分と高いが」

「あれはイレンシアの者が集まり魔法陣についての研究を行っている建物です」

「イレンシア?」

「魔術師の集まりですよ」


 ああ、なんだか前にそんなことをリーゼがちょっと言ってた気がする。


 ガラス戸から見える街の景色から、一つだけ頭を飛び出している白い塔を私も見つける。

 他の建物が四角いものばかりなので、その塔は余計に目立って見えた。よく見ると頂上で何か小さい光がキラキラしている。

 以前あの塔で時間を知らせる鐘を鳴らしているのだと、トアに教えてもらったことを思い出した。


「ご興味がありますかのぅ?」


 廊下の先からそう声がかけられた。

 ゆっくりとルザリド二人がこちらに歩いてきていた。周囲の護衛ルザリドたちが胸に手を当てる。

 遠目からでも鱗の色で誰かは分かったので、それほど近づかない内に私は名を呼んだ。


「エンセルさん? 会合に出ないんですか?」

「そのつもりだったのですがのぅ。残念ながら用が出来ましてな。

 今からあの塔に戻るところなのですじゃ」


 私の問いにそう答えてから、エンセルさんは塔を示した。


 そっか。エンセルさんは魔術長なんだから、あの塔もよく知ってるわけだよね。

 何か問題でも起きたのかな?


 エンセルさんの後ろにはリーゼがどこか落ち着かなげに周囲を見回していた。

 けれどトアと目が合い、慌てたように逸らす。


 なにやってんだか、リーゼってば。


 その態度に私は少しイラついていると、二人とも私たちの傍まで来ていた。

 するとラファエルさんが胸に手を当てた。ラファエルさんには前もってルザリドの挨拶としてその動作を伝えていたのだ。


「これはご丁寧に」


 エンセルさんは微笑むようにそれを見て舌を鳴らした。


「あの塔でしたらわしが責任者ですので、よろしければ会合の後に見学なさいますかな?」

「いいのですか?」

「もちろん。歓迎いたしますぞ」


 エンセルさんの誘いにラファエルさんが驚きつつも喜んで賛同した。

 魔術師の塔ということは、魔法陣や魔素について色々調べている場所なんだろう。魔法陣の使えないヒューモスの国にはない施設なんだろうな。

 どんな場所なのか、私も純粋に興味があった。


「今は時間がありませんので、わしらはこれで。

 サラ様も是非いらしてくださいのぅ」


 だからもちろんラファエルさんに一緒についていくつもりだったけれど、エンセルさんに言われて私も頷く。

 すると本当に用事があるらしく、慌ただしくエンセルさんとリーゼは私たちの元から去っていく。


「少し話がございますのでな」


 けれどすれ違う時に私にだけエンセルさんはそう告げたのだった。



 

 

 




 そしてフィッツバルトさんが止まったのは、食堂よりも大きな扉の部屋の前だった。

 扉の前に二人、直立不動でルザリドが立っている。


「連れて参りました」


 ここまで一切の無駄口を叩かずにやってきたフィッツバルトさんが口を開いたので、私は大きく息を吸い込んだ。隣ではラファエルさんが自分の服を簡単に整えていた。


 フィッツバルトさんはしばらく黙ってから、私たちに振り返る。


 私は黙って頷く。

 するとフィッツバルトさんは、その大きな扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと開く。


 扉を開き切り、壁際に控えるその姿に私は一瞥してから部屋の中へと足を踏み入れる。


 わ~お~、トカゲの見本市みたい。


 私は目に入ってきた期待通りの光景に、思わずニヤケそうになる。


 黄、赤、茶、緑、黒――――微妙な明暗や形の違いを入れればやはりまったく同じ鱗を持つルザリドはいない。

 茶系統が大目に見えるけれど、見事なまでにバラバラだった。

 ざっと見回すと三十名ほどのルザリドが、こちらを見ていた。

 思っていたよりも人数は多くて、この部屋も随分と大きい。

 十分に広間といえるほどの大きさなのだけど、演習場ほど天井は高くないのでこれだけの人数がいるとすこし手狭に感じる。

 カラフルなルザリドたちは両脇に並んでおり、一番奥に椅子に座ったクラウスさんがいた。


 ラファエルさんがゆっくりと歩き始めたので、私も遅れないように足を出す。

 護衛のルザリドが二人、私たちの後ろから部屋へと入ってきたけれど、レンたちお世話係は部屋に入ってこないみたいだ。


 気にした様子もなく歩くラファエルさん。

 その姿はとても堂々としていて、やはり緊張などしていないように見えた。そのことに安堵しつつ、私は意識を周囲に向ける。


 ……う~~、触りたいぃぃっ! あ、何あの突起! うっは~、眼福眼福。


 私は必死に顔を真剣モードに抑えつつ、周りを視界に入れながら歩を進める。

 ここで昨日フィッツバルトさんに向けたようなトカゲ愛を暴発させるわけにはいかない。


 トーカスハさんの姿もあった。

 私と目が合うと、彼は一度だけ舌を出した。


 あれ? 昨日の……


 周囲のルザリドに比べ背の低い、見覚えのある薄茶のルザリドを私が見つけた時、ラファエルさんが止まったので、私も慌てて視線をクラウスさんに戻して立ち止まった。

 私たちが立ち止まって一呼吸分ほどおいてから、クラウスさんが徐に口を開いた。


「この度は召喚に応えていただき感謝する」

「こちらこそご厚情に感謝いたします」


 胸に手を当てて答えるラファエルさんに、私も倣って手を自分の胸に当てる。


「昨夜はよく休まれただろうか? ヒューモスの国と比べ、ここは暑いと聞いているが」

「多少は。けれど過ごし辛いほどではありませんのでお気遣いなく」

「何か不便があれば遠慮なく言ってもらいたい。でき得る限りの対応をしよう」

「ご配慮痛み入ります。何かありましたら必ず」


 私は一応ラファエルさんのサポート(誤訳が起こった時の保険)という形でここにいるので、ラファエルさんの半歩後ろで止まっている。

 けれど正直、ここまでで私は本当にラファエルさんの翻訳がうまくいくようになって良かったと心底思った、


 公式な場での王様との会話だ。ラファエルさんはサットヴィアで貴族だと言っていたからそんな改まった話し方もきっと慣れている。

 クラウスさんからの言葉に、的確に要領をえたそれでいて短すぎると感じさせない言葉で答えている。

 冷静にクラウスさんとラファエルさんの会話を聞いていて、私は気付いた。


 この場でラファエルさんは話し過ぎてはいけない。けれど口を開きすぎてもいけないんだ。


 話し過ぎては王であるクラウスさんの言葉を遮ってしまうし、何も話さなければそれもクラウスさんの言葉を無視しているような形になってしまう。

 どちらも下手に取られればルザリドへの反感とみなされるだろう。


 ラファエルさんの言葉に、そのバランスの違和感を覚えることはなかった。

 私たちを見つめているここに集まったルザリドからもそんな反感を抱かれているようにも感じない。


 これが私を翻訳として間に立てた時、意味は間違いなく通じたかもしれないけれどそんな細かな部分まで、私に配慮できたかは自信がない。

 たぶんこうやって冷静にやりとりと見ているからこそわかったバランスなのだ。


 数回のやり取りのあと、クラウスさんの隣にいたクリスさんが私たちにもう少し近寄るように言った。


「どうかここに集まっている者たちにも声をかけていただけますか?」


 打ち合わせ通りだ。

 ラファエルさんが、クリスさんのすぐそばまで歩み寄り振り返る。

 私も目立たないようすぐにラファエルさんの影に隠れるような位置に動いた。


 ゆっくりとラファエルさんが振り返る。

 私も振り返ると背の高いルザリドたちがこちらを見ているのがわかり、思わず顔がこわばった。

 さっきは鱗だらけの景色にテンションが上がってあまり感じなかったけれど、これだけの数の視線がこちらに向けられているという事実に単純に恐怖を覚える。

 本当に私、翻訳やらずにすんで良かった。


「この度はサットヴィアのヒューモスであるわたくしをお招きいただき感謝しております。

 我らヒューモスとルザリドの関係に、どうかメアンとテアンのご加護がありますよう」


 私と違ってラファエルさんは穏やかな笑みで、噛むこともなくそう言ってルザリドを見渡した。


「ラファエル殿にはしばし我が国に滞在していただき、我々ルザリドの文化に触れていただきたいと考えている。皆もそのつもりでいるように」


 クラウスさんがよく響く声でそう言うと、広間の中のルザリドが一斉に手を胸に当てた。

 そしてその中から一人だけ一歩前に進み出た。


「我ら一同、確かに承り申した。ラファエル様にはご不便のないよう取り計らいましょうぞ」


 それはあの薄茶のルザリドだった。

 居並ぶルザリドの中で最もクラウスさんに近い位置に彼は居た。つまり私たちから見ても一番近くに。

 もしかするとこの国の中でも偉い人なのかもしれない。


 今回はラファエルさんのお披露目+挨拶だけと聞いている。一応これでお開きになるだろう。

 心配していたラファエルさんの言葉の誤訳もなさそうで、ドラマの一場面でも見ているかのようにのんきに私が構えていた時だった。


 その薄茶のルザリドの視線の先が、私へと移ったのは。


「陛下。そちらのサラ様にもぜひお言葉を」


 え、私?




 

 

 



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