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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
34/41

「顔っ、顔なの今度はっ、ちょっと!!」




 二人のルザリドが現れたのは、私が部屋に戻ってすぐのことだった。


「まだ起きていたな」


 静かに開いた扉から聞き慣れた低い声がして私は振り返る。

 ちょうどレンが私のベッドを整えるために新しいシーツを取りに控えの間へ入っていて、部屋には私一人だった。


「起きてるよ~」


 現れたその姿も見慣れたものだったので、私は力をぬいて応えた。

 いつもこの部屋に来客があるならレンやトアが部屋の前まできた人の音を聞いて扉をあけてくれたのだけど、控えの間から聞こえるシーツをバサバサさせる音しか私には聞こえなかった。扉をあけて部屋に入ってきたアルにそう声をかけられるまで、ぼーっと窓から外を見ていたのだ。

 アルの後ろに続いた彼女に、私は気づいて駆け寄る。


「ジャス、大丈夫なの?」


 今日の朝から姿を見なかった彼女が一緒に部屋へと入ってきていた。

 全身を見回したけれど変わりはない。特にケガをしたとか病気とか、そういうわけではなかったようだ。


「ちょうどこの部屋に向かうところで会ったからな。一緒にきたんだ」


 アルはそう言って私とジャスを見回してから、控えの間にいたレンへと声をかけに行った。


「突然仕事を放棄して悪かったわね」

「ううん、そんなことより急用だったんだって? 何かあったの?」


 その間に私はジャスへと問いかける。

 彼女は数瞬何もないところを見つめてから答えた。


「大したことじゃないわ。一区切りついたし。

 それより今日、またヒューモスが召喚されたのね」


 ジャスは話題を逸らすように言った。


「うん、悪い人じゃないみたいで良かった」


 急用の内容はあまり聞かれたくなさそうだ。

 私もそれをあえて止めて聞き出すようなことはせず、そして珍しく私の世話と関係なさそうな話題だったのでそちらに乗ることにする。

 ジャスへと今日あったことを簡単に説明した。

 翻訳の魔法陣の効果は、思ったよりも厄介なものだったこと。

 けれどやってきた訪問官であるラファエルさんにも、ルザリドがヒューモスと変わらないのだということをわかってもらえたこと。


「もちろんまだまだこれからだってことはわかってるけどね。

 でもラファエルさんにもルザリドの良いところをもっと知ってほしいなって今考えてたんだ」


 私はあと一週間もこの世界にいない。

 だからこそこれからも続くルザリドとヒューモスの関係を少しでも良い物にできるような何かができればいいのにと思っていたのだ。


「ジャスも何かない?

 ラファエルさんにルザリドのことを知ってもらえるような案がさ」


 さっきまで考えていたのだけど、特に良い案は思いつかなかった。

 こうなったら駄目元で、といった感じで私はジャスに問いかけた。


「あんたと同じようにグルスタッフにでも連れて行ったら」


 そう言ったジャスは一瞬戸惑ったように口元を手で軽く隠した。


 まさか本当に案をくれるとは思わなかった。

 少し驚きつつも、私は首を横に振る。


「う~ん、でもそれは無しかなぁ。移動するのがきついし」


 ラファエルさんは馬に乗れるかもしれないけれど、一緒に付いていきたい私が乗れない。

 私もグルスタッフ行きは考えたのだけれど、できればやめておきたい。また車酔いするのは辛いし、あまり遠出は考えられなかった。


「そう」

「あ、でもありがとね」


 私の感謝にはジャスは何も答えなかった。すっと私から視線をそらすと、テーブルの上に置いてあった水差しを手に取る。中に水は入っていなかったようで、ジャスはそれをもって控えの間へと向かった。


 即却下したのはわるかったかな?


 私がジャスの後ろ姿を見つめていると、彼女と入れ違うようにアルが控えの間から出てきた。


「それで、何の話だ?」


 唐突にアルに切り出されて私は困惑する。


「へ? 今の? 訪問官の人が今日来たって話をしてたんだよ」

「それじゃない」


 アルが私の前で腕を組む。


「さっきエンセル様が突然来られたんだ」

「エンセルさんが?」

「こちらが仕事中で手が離せないのを良いことによくわからない昔話を唐突に始められて、それが延々と続いて最終的にはよろしく頼む、といったようなことを笑いながら言われた。なんとか仕事に区切りをつけて詳しい話を聞こうとした途端に姿をくらまされてな。

 どうせお前が関わってるんじゃないのか?」

「? なんのことだろうね」


 特に思い当る節がなく、私はアルと一緒になって首をひねる。

 けれどジャスの声が控えの間から少し大きくしたので、そちらに気を取られた。言葉の内容からするとレンがシーツを落としてしまい、ジャスが新しいのを取りに行ってくることになったらしい。


 それにしてもだいぶジャスは私と話してくれるようになったなぁ。

 召喚されてすぐは睨むか無視するかで、彼女の声自体なかなか聴くことがなかった気がする。


 しみじみとそう思っていると、ふと髪の毛に変な感触を感じた。

 触ってみると髪留めが取れかけている。小さなバレッタなので、いつの間にか留め金が外れていたみたいだ。


 私がそれを取ろうとすると、手が滑って髪留めは地面を落ちた。

 ちょうど水差しを持って部屋に戻って来たレンの足元へと転がっていく。


「あ、ごめん。レン、それ取って」

「は、はい」


 レンは傍にあった棚に水差しを置くと、しゃがみ込んで髪留めを拾おうとする。その姿を見て私はふと思う。

 どちらかというとレンのほうが、私と話すのをためらっている節があるよね。


「レンってさ~」


 私が話しかけたので、レンは慌てたように髪留めから手を離し、上体を上げようとして、


「ヒギャっ」

 ガンっ


 変な声と音を立てた。


 レンはうっかりさんなところがある。

 水差しを置いた棚はとても頑丈なもので、私が押しても動かないぐらいの重量がある。

 その棚の突起に頭をぶつけたのだ。


 うん、実はレンってこういうことよくやるんだよね。

 前は足の指をぶつけてたし、バルコニーの窓を閉めようとして指を挟んでたし、護衛のルザリドと廊下でぶつかって背が低いから鎧に顔面から正面衝突してた…………思い起こせば痛そうな失敗ばかりだ。


「大丈夫?」


 アルは表情は読めないけれどどこか呆れたようにレンを見ながらため息をついた。

 私はレンの様子をうかがって声をかけるけれど反応がない。目と目の間から少し上のところをぶつけたらしい。ぶつけたところを両手で押さえてレンは床にうずくまっている。

 私は様子を見ようとして近づいてみる。


「レン?」


 すぐ傍までいってからそう声をかけた途端、レンの全身が驚くほど震えた。手でちょうど目が隠れていたので、間近にくるまでレンは私の接近に気付かなかったようだ。

 焦ったのか、レンはその体を揺らして立ち上がろうとする。

 けれどまだ頭への衝撃が抜け切れていないのか、体はバランスを崩してすぐ傍の棚へとぶつかる。


 棚は揺れ、その弾みで棚に置いてある水差しが大きく揺れた。

 そしてそれは重力に従い、落ちる――――レンの頭の上へ。


「レンっ」


 私は咄嗟に手を伸ばす。レンを庇うように抱きしめる。

 水差しが私の背中にあたり、水が足元にかかった。水差しは軽い音を立てて床に転がる。白い水差しは陶器かと思っていたのだけれど割れなかった。

 ほっとして私は自分の濡れた足元を見てからレンに声をかける。


「レン、大丈夫?」


 あれ? ……レン、震えてる?


 抱きしめた手を緩めて、顔を覗き込もうとした時だった。


「離れろっ」


 シャッ

 アルの声と共に、目の前を鋭い一閃が走る。


 私は後ろから襟をつかまれて引きずられながらそれを見た。

 レンが私に向かって、大きく右腕を横に薙いでいた。その素早さに空気が引き裂かれ、わずかに顔に風を感じた。


「迂闊なことはするなといっただろう」


「ア、ル?」


 私の襟を離し、アルはレンを睨んでいた。私は支えを失い地面に座り込む。


「レン、俺の声が聞こえるか?」

「は……い」


 全身を震わせながらレンがアルの声に応えた。


 こんなレンは見たことがない。

 全身の鱗が逆立っていた。鼻の穴も広がり、荒い呼吸のためか大きく口が開閉する。それに合わせて大きく広がったエリマキが揺れていた。中腰で腕を振り切った姿勢のまま固まっている。全身に力が籠っているのは明らかだ。


 私はそんなレンに何も声をかけられなかった。


「落ち着け。呼吸を整えろ」


 レンの荒い呼吸音とアルの静かな声が部屋に響く。

 騒ぎが聞こえたのか部屋に戻って来たジャスが、私へと駆け寄ってくる。


「顔にケガが」


 そう言って白い布を私の頬に押し当ててきた。


「……もしかして血がでてる?」

「すこし」


 鏡を見てないのでわからないけれど布の位置からして口の横ぐらいが切れてるのだろう。

 痛みは全然ない。たぶんレンの手の爪がかすったぐらいなのだと思う。


 ジャスの顔の細かな鱗が目の周りだけひきつったように震える。


「ヒューモスの肌は、随分と脆いのね」

「ルザリドの鱗に比べたら、そりゃね」


 布を当てられるがまま私はジャスに応えた。

 試したことはないけれどおそらくナイフがかする程度なら、ルザリドの鱗はその刃をはじく。アルのように軍に所属していたり護衛として見かけるルザリドは鎧をつけていたりするけれど、元々ルザリドは自身の鱗が簡易な鎧といってもいい。

 そんなルザリドの皮膚と比べられれば、ヒューモスの肌なんて豆腐の様なものだろう。


 ジャスが怪我の具合を見るために布を外した。どうやら血は止まったらしい。

 念のためにもう一度布を当てようとしてきたジャスに断る。


「ありがと。それよりレンは?」


 私が視線をレンに向けると、レンが蹲ったまま深呼吸を続けていた。その前にはアルが陣取っていたのでよく様子が見えない。

 立ち上がってアルの隣に並ぶ。


「アル、レンは大丈夫?」

「お前は……」


 私を振り返り、アルは少しためらった後にレンを示した。


「レンは大丈夫だ。こいつは昔からとっさに他人から触れられると、条件反射的に攻撃する癖があるんだ」


 え、そうなの?


 私はレンを見つめた。


 顔を軽く伏せた状態からこちらをうかがっていたレンと目が合う。先ほどのようにエリマキはもう広がっていない。

 どうやら少しは落ち着いたようだ。


 私の視線をどう感じたのか、レンはいつも以上にどもりながら言う。


「もう、申し、わ、訳ありま、せん、あの…………すみませんっ」


 私よりも固い鱗に覆われた肌を持ち、刃のような鋭い爪を持ち、かなり離れている場所の音を聴き、立ってみればこちらを見下ろす背の高いルザリド。

 ヒューモスがルザリドへ恐怖を持つことは、当然だとラファエルさんは言っていた。


 私はふ、と頬を緩ませる。


 当然、そう……当然?

 それは、このフルフルとエリマキを震わせながら、涙目になっている生物に対してだろうか。


 う~ん、なんだろう、ほんとこう、レンって弄りたくなる様な反応するよね。


「レンが謝ることじゃないよ。こんな傷、すぐ治るしさ。

 触られたくないってずっと言ってたのに不用意に私が近づいたのが悪いんだし。

 私こそごめんね」


 これまで私がレンの鱗を触っていいか聞いたとき、大げさだと思うほどにレンが嫌がっていたのはこのためだったのだろう。

 私はそう言いながらレンに近づいた。

 アルが止めようと手を伸ばしたのでそれを避ける。


「おい」

「無理やり触ったりしないってば」


 今までだってルザリドに無理強いして触ったなんてこと……うん、アルだけだよ。


 私はレンへと歩みよると手を差し出した。

 けっして触れることはない距離。けれどレンが手を伸ばせば触れる距離に。


「レン、私が触るのはダメなら、あなたから触るのはどうなの?」

「え……」


 私の行動にあっけにとられていたレンは、つぶやくように答えた。


「そんなの、わかりません……」

「じゃあ、試してみようよ」

「おい、こら」

「アルは黙ってて」


 私はレンへと手を差し出し続ける。


「私はレン、あなたに私から触ることはしない。何に誓ってもいい。

 だからレン、あなたが私に触ってみてよ」


 レンは私の差し出した手と私を何度も見比べる。

 そして震える手がゆっくりと私の手へと伸ばされる。

 私の手の指の先に触れる、鋭い爪の先。それすら震えていて、たった今私の皮膚を切り裂いた物と同じだとは思えない。


 私はそれにまったく恐怖をもつことはなかった。


「ほら、大丈夫だった」


 私は微笑みながらレンを見る。

 従兄のゆた兄ぃがフトアゴヒゲトカゲというトカゲを飼っているのだけど、このトカゲもちょっと爪が痛かった。食い込んだりすると血が出るんじゃないかと思うぐらいには。けれどそれはこちらが掴んだりして、彼の意図と違うことを無理やりやらせようとしない限りはなかった。

 ルザリドの爪もヒューモスの私にとっては凶器となりえる。けれどそれはルザリド自身の意思を尊重する限り起こらないことのはずだ。


 それなら必要以上に恐れることなどない。


「ゆっくり慣れていこう。

 あまり時間はないけど、私はレンが私の傍にいてくれて嬉しいよ」


 レンの爪はゆた兄ぃの飼っているトカゲよりももちろん大きくて鋭い。

 けれどそれが私を意図的に傷つける想像なんて、この震えながら私に触れたレンに起こりようがなかった。


「サラ様……」

「最終的にはそのエリマキ触らせてほしいけどね~」


 私がそう言うとレンはびくっと全身を震わせた。

 震える手をおもむろに引っ込め、すこし後退する。


 緊張しているのかまたエリマキが広がりかけていたけれど、それでも先ほどの全開な広がり方とは違う。


「あ、今じゃないから、今じゃ」

「そのうちやる気だなお前は」


 疲れたような声音でアルが私の発言に突っ込む。


「もちろん」


 当然肯定した私。

 戸惑いながら私とアルを見比べるレン。

 また私と言い合いを始めようとするアル。



 そんな私たちをジャスがどんな思いで見ていたか、私にはわからなかった。










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