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ウロコなラクエン  作者: 吉川 優
24/41

「理解することがゴールじゃないよね」



「がーっはっはっは、弱い、弱いわぁっ!」


 トーカスハさんが大笑いしながら、次々と目の前のルザリドを交代させていった。

 机の上に突っ伏したルザリドは、周囲のルザリドに支えられながら退場していく。

 そして次に目の前に現れたルザリドと、トーカスハさんはテーブルを挟んで向かい合う。

 互いに片肘をテーブルにつけると、双方の右手を取り合った。


 瞬間、


 ズガシャっ


 どう考えても何かがつぶれたような音がした。

 そしてトーカスハさんの相手ルザリドは、テーブルにめり込むようにして倒れている。


「ふんっ、たわいない」


 腕相撲というのは、ルザリドにもある遊びらしい。

 連戦連勝負けなしのトーカスハさんは気持ちよく、次の対戦者の挑戦を受けていた。


「こちらもどうぞ」

「あ、どうも」


 カップを受け取りつつ、私はそんなトーカスハさんを眺めていた。

 腕相撲テーブルから離れたところにあるカウンター。

 その中にいたマスターであるルザリドが渡してくれる。中には甘いジュースが入っていた。


 マスターさんに聞くと、トーカスハさんの腕相撲大会はいつものことらしい。


 けれどもちろん腕相撲なのだから、互いの手を掴む必要がある。

 ルザリドは他人に触れるのを忌避しているのではないのかとマスターさんに聞くと、彼は舌を鳴らしながら答えてくれた。


「この店に来てくれるのは、ほとんどが退役軍人なのですよ。

 軍に所属していれば、訓練なり実戦なりで他者に触れることは多々あることです。

 元来ルザリドは他人に触れることに抵抗感を持ってはいますが、それも個々の差が激しい上に、日々の暮らしの中で強まることも弱まることもあります。

 そして確かに一般的な感覚として遊びという意味では、互いの手を握る必要があるこの腕相撲は、あまり親しまれたものではありません。ですが武芸を競うことを好むルザリド同士であれば、比較的安全な腕試しの方法でもあります。

 要はここにいるのは、他人に触れるのに慣れてるルザリドばかり、ということです」


「え~と」


 マスターさんの言葉を聞きながら私は、トーカスハさんの前で砂煙をあげて惨敗しているルザリドを示す。


「あれが……安全?」

「ケガはありませんし、テーブルも壊れていませんから」


 そう言って配膳をしていたルザリドから他の客からの注文を聞き、マスターさんはカウンターの中で何か作り始めた。

 マスターさんの落ち着きっぷりを見ていると、ツッコミをいれるのが馬鹿らしくなってくる。

 私はトーカスハさんたちから目を逸らして、ゆっくりと店の中を見回した。


 店の中はフロアにいくつものテーブルがあり、店の最奥にカウンターがある形だ。

 全てがっしりとした木製のつくりで、大衆食堂のような雰囲気が感じられる。

 店の至る所には観葉植物代わりか、サボテンのような鉢植えが置いてあった。


 ルザリドのお店といっても、特に奇抜なものはなかった。

 虫が何匹も飛んでるぐらいで。


 私はたまに耳を掠めるように飛んでいく羽虫を、できるだけ視界にいれないようにする。

 そして店に入った時のことを思い出していた。


 この店に来た当初。

 私はトーカスハさんに連れられ、フロアにあるテーブルに座った。

 そしていくつか私でも食べられるだろう料理を注文して、料理を待っている時だった。


「あーーっ、トーカスハの旦那じゃないっすか!」


 店に入ってきたトーカスハさんの友達が騒ぎだし、あれよあれよという間にこの腕相撲大会が始まってしまったのだ。

 一応マスターさんに私のことを頼んでくれてから、トーカスハさんはあの大会の輪の中心に入った。会計はトーカスハさんが持つと断言してくれたので、私は遠慮なく飲食いすることにする。

 虫が食材じゃない頼んだ料理(薄味だったので塩は必須だった)もすべて食べきったし、飲み物も何回もお代わりしながら私はマスターさんとおしゃべりをした。


 けれど未だに騒ぎは終わりそうになかった。


 どうやら本当に今回の食事への招待は、トーカスハさん一人の計画だったらしい。

 約束があるとトーカスハさんが言っていたから、店でピューレさんが待っているものとばかり思っていたのだけれど。


 騒ぎに参加していないお客さんも数名はいる。

 フロアの隅や私と同じくカウンターにいるんだけれど、たぶん私の見知ったルザリドはいないと思う。

 騒ぎを遠目から楽しんで見ているか、静かにお酒らしきカップを口にしているかだった。


 耳元で虫がプーンと音を立てて宙を舞う。

 私は自分のカップを置いてから、周囲を軽く左手で払う。

 何も手には当たらなかったけど、羽音はもうしなかった。


 私はため息をついてから、もう一度トーカスハさんに視線を戻す。


 話し相手にはマスターさんがなってくれているので、別に退屈ではないんだけど……、トーカスハさん、ここに来た当初の目的ってなんだったっけ?


「おまえ、ヒューモスだろう?」


 トーカスハさんの姿に首をかしげていると、カウンターに少し離れたところで座っていたルザリドが話しかけてきた。

 前面に濃い橙、背面にくすんだ茶色の鱗を持つ比較的大きめのルザリドだ。

 トーカスハさんが腕相撲大会を始めた時ぐらいから、ずっとこのカウンターで飲んでいた人だった。


 いままで何も喋らなかったから、無口な人だなと思っていたんだけれど、どうやら今のは私に話しかけてきたようだ。


 珍しい、と私は思った、


 王城で働いているルザリドならともかく、やはり私と言うヒューモスはルザリドにとっては好ましくない存在らしい。

 現にこの店に入ってから私と話したのは、トーカスハさんとマスターさんだけだ。

 他のルザリドは私のことを視界には入れているけれど、話しかけてはこない。

 少しさみしく思っていたけれど、右手も痛いので私はおとなしくしていたのだ。


 話しかけてきたルザリドの方を見ると、再び彼は口を開いた。


「名は?」

「サラです」


 私の返答にそのルザリドは、静かに息を吐き出した。少し甘い香りがした気がする。

 ルザリドはそれ以上何も言わずに、再び自らのカップを静かにあおった。

 会話が続くものと思っていた私は、少し焦り気味に問いかける。


「あの、あなたは?」

「アレの古い知り合いだ」


 そう答えながらそのルザリドは、トーカスハさんを顎で示した。

 途端、トーカスハさんの馬鹿笑いがフロアに響く。

 少し不服そうに彼は首を横に振った。


「少しは静かにできんのか、アレは」

「周りで騒いでる奴らは若いから。

 アレもいい加減落ち着くということを覚えるべきさな」


 不服そうなルザリドの影から、もう一人ルザリドが顔をだし、同じようにトーカスハさんを見て言った。

 言ってからそのもう一人のルザリドは、私を見つめる。


「ヒューモスのサラ、な。

 わしはギューテス。

 この口数少ない唐変木はマルシエ。


 ゼリウンへの遠路、はるばるようこそ。

 歓迎するんよ」

「あ、ありがとうございます」


 杯を軽く持ち上げてギューテスさんはそう言ってくれたので、私も慌てて左手にもったカップを持ち上げた。

 ギューテスさんはマルシエさんに比べれば小さいけれど、明らかに全身の筋肉が発達していて、滑らかなこげ茶の鱗がそれを覆っていた。

 どこか柔らかい顔立ちをしていて、私は少し和む。

 そのまま私は彼の全身を観察していると、気付いた。


 彼は隻腕だった。


「この腕か?」


 私の視線の先に気づいたのか、ギューテスさんは持っていた杯をカウンターに置く。

 その右手で、左腕が本来あるべき場所を軽く叩いた。


「戦争さな。もう随分と前のことになるか」


 私は思わず息を飲んだ。

 この世界で過ごしていると、ルザリドとの生活に慣れて忘れたころに、ヒューモスとの戦争の爪痕が現れる。

 その長かったという戦争も知らず、けれどヒューモスでもある私には、そんな爪痕にどう反応していいのかわからない。


 元の世界ですら戦争など遠い国の話だった。

 祖父母も戦後の生まれで、教科書や終戦記念日のテレビぐらいでしか、日本の昔の戦争を知ることはない。


 けれど今、目の前に戦争を体験してきたルザリドがいる。


「…………おまえがやったわけじゃない」


 私が戸惑って何も口にできなかったとき、マルシエさんがポツリと言った。

 ギューテスさんも同意するように頷く。


「確かにルザリドとヒューモスは戦争をしていたんよ。

 でも軍人にとって戦場に行くのは当然で、戦場で怪我を負うこともまた、覚悟の内さな。

 だから気にすることはない――――ってこのムッツリは言いたかったんよ」

「誰がムッツリだ」


 マルシエさんは憮然とした口調で言いかえした。

 よく見ると彼も座っている椅子の傍に、杖を置いている。

 カウンターの影になって良く見えないけれど、足が悪いのかもしれない。


「……気にしなくていいわけがありません」


 私は二人の気遣いはありがたかったけれど、彼らの言葉を否定した。

 二人の視線を受けながら、私は背筋を伸ばした。


「私は異文化コミュニケーショナーです。ルザリドをもっと理解したい。

 ヒューモスとルザリドの間で起こったこと全てが、私にとっては知るべきことです」


 私はこの世界の存在ですらない。

 ルザリドのことは特に、知らないことが多すぎる。


「だからルザリドや戦争のお話、聞かせてもらえませんか?」


 私はそう言ってギューテスさんとマルシエさんを見た。

 マルシエさんは私の視線を一度受けると、黙って半身を返して私に背中を向けた。

 カウンターの自らのカップに口をつけた。


 そしてポツリとこぼした。

「やはりヒューモスはヒューモスか」


 私はその言葉に驚いてマルシエさんを凝視した。

 けれど彼はそれ以上何も言うつもりがないみたいだ。

 代わりにギューテスさんが、困ったようにマルシエさんを見てから言った。


「ああ、拗ねん坊が出たんよ。まいったね、これは」


 からかう様な口調のギューテスさんに、マルシエさんは視線さえ向けずに、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「あのギューテスさん。私、何か失礼なことを言ってしまいましたか?」

「無意識さな、これ。

 マルシエもそう拗ねるな」


 私の問いに、ギューテスさんは目と目の間を手で押さえながら首を振った。


 何? 何か私、変なことした?


 疑問符だらけの私を、マルシエさんがちらりと見た。


「他に聞くことがあるだろう」

「え?」


 慌ててマルシエさんの言葉を聞き返したけれど、彼はまた背中を向けてしまった。

 私は再びどうしていいかわからず、マルシエさんのくすんだ茶色の鱗を見つめる。


「サラ、おまえさん、ルザリドを理解したいだけか?」


 戸惑っている私にギューテスさんがそう言った。


「どういう……?」

「理解が目的なのかを聞いてるんよ」


 質問を繰り返すギューテスさんの意図がつかめず、私は黙り込む。

 その私に語気を強めて、ギューテスさんが再び問いただす。


「ルザリドを理解?

 理解、理解、理解っ、理解っ!?

 理解すると言うのは、そんなに大事か?

 ルザリドの生態や習慣、文化を書いた読み物でもを読めば、そんなことは容易いんよ。それならわしらと話をする必要はないさな。

 早く王城に戻って、読み物でも読み漁れ」


 完全な拒絶だった。

 私は思わずギューテスさんを呆然と見返す。

 ギューテスさんは一息つくと、私の視線には応えず、ふっと目を逸らした。


「だけどそんなことを、アレがおまえさんに望んでいるわけではないさな」


 ギューテスさんはフロアにいるトーカスハさんを見ながら言った。


「ルザリドとヒューモスは異種族さな。

 けれどどちらも話をする。感情がある。友もいれば、家族もいる。

 本質的にはそう変わらんと、わしは思うんよ。

 違うか?」


 ギューテスさんの言葉に私は首を横に振る。


 違わない。

 元の世界には、私にだって家族がいるし、毎日会っていた友達もいる。


 同じように私がこの世界に来る前から、そして来た後も、一人一人のルザリドに生活がある。

 それぞれが自らの生を生きているのだ。

 私の知らない過去が、全てのルザリドにはあって当然だ。


 そこにヒューモスとの違いはない。


「だったら初めて出会う相手に、相手の種族のことを聞くよりも、相手自身のことを聞く方が先さな」


 私は改めて、自分の行動を見返す。


 もし、だ。

 もし私の世界で、私の目の前に人型のチョロちゃんが現れて。

 もしそのチョロちゃんが「私を理解したい」と言ったらどう思う?


 あ、いいかも、それすっごく楽しい…………って違う違う。


 そう、最初は嬉しいかもしれない。

 喜んでいろんなことを教えるかもしれない。

 でももしそのチョロちゃんが人間についてばかり、私に聞きたがったら?

 私自身については、聞こうともしなかったら?

 それはまるで私が、学問の対象にでもなったかのようで。

 ただ理解するだけで、私自身を好きになってはくれなさそうな気がする。


 生まれて十数年。

 私にだって今まで歩いてきた人生があるのに、それ全てが「たくさんの人間のうちの一人の話」としてまとめられてしまいそうな気がする。

 それは本当の意味で、理解しようとしている行動だろうか?


 ギューテスさんは黙り込んだ私に、諭すような言葉をつづけた。


「ルザリド同士であっても、友人となり理解者となる者はいる。

 けれど理解者であるが友人ではない者を、わしは知らない。

 万一あるのだとしても、それは研究者であったり、歴史学者と呼ばれる者の理解の仕方だ」


 私がルザリドを理解したいと思う理由は……


「おまえさんには、わしらルザリドと友人になるという望みはないのか?」

「ありますっ、あるに決まってます」


 私は勢いよく答えた。勢い余って右手でカウンターを叩く。


「っっっっっったぁあああああ!」


 途端、当然激しい痛みが私を襲う。

 私は全身を小刻みに震わせながら、右手の痛みが体中を駆け巡るのに耐えた。

 けれど顔を無理やり上げる。


 マルシエさんがこちらを戸惑ったように見ていた。

 私は挑むようにその目を捉える。


「私はマルシエさんと友人になりたいですっ」


 だけどこれだけは伝えておかなくてはいけない。

 同じくこちらを見ているギューテスさんにも、私は言う。


「ギューテスさんとも仲良くしたいです」


 私がルザリドを知りたいと思うのは義務や責任なんてものじゃない。

 ルザリドの一番の理解者になりえるヒューモスとして、私はこの世界に召喚された。

 けれどルザリドを理解したいと思うのは、召喚された理由がそれだからじゃない。


 目の前のトカゲさんと仲良くしたいから。

 それが根本のはずだった。


「私とお友達になってください!」


 私の心からの主張を終え、私はまだ痛みが響く右手をカウンターに横たわらせながら、カウンターに全身を預ける。

 私の言葉に、ギューテスさんは再び杯を私に向けてあげた。


「戦争の話は、またいずれ。

 友人は互いのことをもっと知っているものさな。

 話すことはもっと他にある」


 静かに舌を出しつつ、ギューテスさんは言った。


「まずは新たなヒューモスの友人に乾杯」


 それまで黙っていたマルシエさんも、持っていたカップを軽く持ち上げてくれたのが見えた。

 私も痛みに悶えつつ、カウンターに突っ伏したまま、カップだけを掴み持ち上げて見せたのだった。











 それからギューテスさんとマルシエさん(主にギューテスさんとだけど)と、彼らの昔話や私の世界での話をした。


 ギューテスさんとマルシエさんは、トーカスハさんがまだ軍にいたころ、一緒の部隊にいたのだという。

 そのころのトーカスハさんの失敗エピソードや、マルシエさんの実は天然エピソード。ギューテスさんの、おそらくは後付けが八割以上を占める活躍エピソードなどに、私は笑い声をあげつつ、たまに間違って右手を打ち付けてのたうっていた。


 私がこの世界に来る前の話をすると、ギューテスさんとマルシエさんは興味深げに黙って聞いてくれた。

 チョロちゃんについて熱心に説明していると、マルシエさんが一度大きく舟を漕いだので、ギューテスさんと二人で目を合わせて笑った。


 この世界に来てから、私の世界の話をこんなに誰かにするのは、そういえばこれが初めてかもしれない。


 ふと、そう思い、そして私は不安に思った。


 これまでもルザリドを理解しようとしていただけで、私は友人になろうとしていなかったんじゃないかな?


 確かに異世界に来てからまだ一週間も経っていない。

 ルザリドについてすべてを知ることは不可能だ。


 けれど私は、クラウスさんとアルとリーゼが幼馴染であることすら知らなかった。

 そしてトアが何故あんな瞳でリーゼを見ているのかも知らない。

 私の傍にいてくれる彼ら自身のことも、私は何も聞いてこなかったのだ。




 そのことが今、ひどく悲しいことに思えた。



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