姿
三行あらすじ
河童の化け物に
少年が
人間じゃないと言われた
勿論一番初めに見た波崎の顔は、何を言っているんだコイツは、みたいな不審な顔だった。
夏休みなため、学校に行く事のない僕は、携帯電話のTV電話昨日で会話をした。田舎田舎と言っても、携帯電話は流通している。
「いや、見えてるって……園風、お前頭でもイカれたか?」
「いやいや、そんな事は決してないのですよ。ええ。どう、今僕どう見えてる?」
TV電話にした理由は勿論、僕を見てもらうためだ。容姿が悲惨な事を自他共に認められている僕だ。こうしてTV電話に手を出すなんて、思いもしなかった。正直言って、今でも結構辛い。
「……普通だけど」
波崎はそう言った。
「普通ってどんな風に? 体全体が緑色とか、目が四つあるとか、尻尾が生えているとか、そういう普通?」
「どんな普通だよ……いや、普通に手があって、顔があって、目が二つあって、鼻が一つあって……そういう普通だよ」
「じゃあ、僕は今、人間に見える?」
そう言った途端に、『原因不明のエラーが発生しました』と携帯電話に表示されて、通信が遮断された。
「……いや、いやいや、流石に何か特殊な力が妨げているとかは考えないけど……タイミング良すぎるだろ……」
とりあえず、今日波崎に電話をするのはやめた。これは感覚だけれども、またエラーで通信が遮断されてしまうような気がしたからだ。
それは、感覚以外の何者でもないのだが、いや、ただ単に、あの河童の言っていた事を信じたくなかっただけかもしれない。
手があって、顔があって、目が二つあって、鼻が一つあるからといってそれが人間だとは限らない。
もう鏡は見られない。いや、見てもそれを信用する事が出来ない。
さて、そうするならば、別にこれから何かしようとか、そういう何かをする予定はない。宿題をしろ、とは誰も言わない。夏休みはまだ始まったばかり、僕にはそんなやる気がない。
僕は鏡を見た。正真正銘、せめて僕の知っている限りでは、人間だった。体が緑色なんかではないし、尻子玉をとりそうな形容でもない。
そんな回りくどい言い方をしなくても、普通に僕は、少なくとも河童ではないという事だ。
だけれど、人間ではないとは、具体的にどんな風に、別に人間離れという言葉があると言うように、容姿だけの問題ではないのかもしれないし、ただ僕の顔が人間とは思えないくらいにブサイクというだけかもしれない。
そんな事で僕は悩んでいるのかと思うとあまりに馬鹿馬鹿しくて、本当に馬鹿になりそうだ。
馬を見て鹿と言いそうだ。
自分が一体なんなのか、自分が一体何者なのか、それは本当に、全く分からない。それでなんなのかと言われても、僕は答える事は出来ない。そんな答えは、僕にはきっと見つけられないだろう。
「学校でも行ってみるか……」
時刻は午前十時、もしかすれば、陸上部が部活をしているかもしれない。
僕は外に外出することにした。夏真っ盛りみたいな今の気温は、四十度を超えたという。しかし、ふと前までは地獄のように練習をしていた僕にとっては、それ程の驚異ではなかった。
学校までは少し時間がかかる。僕は車庫から自転車を取り出し、走行した。
周りを見ても、木と畑しかない。そんな道路を滑走し、学校まで行く途中、僕はふと考えた。
河童の事ではなくて、中体連の事。あれ以降の部活の事。
勿論部活に後ろめたさは残っている。後悔だらけだ。やり直したい、やり戻したい。そんな未練もあって、今こうして僕は部活に向かっているのかもしれない。
そんな事を考えている内に、学校にたどり着いた。それほど大きくはない建造物。
陸上部はトラックで練習をしていた。
「あ、園風先輩、お久しぶりです!」
真っ先に聞こえた声は二年生の中津だった。
現在の部長であり、唯一の女子部員でもある。
「どうしたんですか? 先輩?」
「ええと……いやあ、何か、勉強の気分転換に、ってね」
明らかな嘘だった。その台詞は波崎が一番似合う。
「そうなんですか、今は部活中なんで、また後で話しましょうね!」
しっかり部活してんなぁ、と僕は感心した。よく考えれば邪魔だ。よく考えなくても邪魔だ。僕は隅でゆっくりしている事にした。
こうして見ると、僕はよくこんな辛い練習を楽しんで出来たよな、と思う。全く苦ではなかったのだけれど、見ているとやけにそれが苦しそうに見えた。
そう見ても、やっぱり練習に参加したいと思ってしまっている。また走りたいと思ってしまっている。僕はもう部活をやめたのだ。引退したのだ。もし、走るのならば、プライベートで走るか、高校へ入学してから陸上部に入部しかないだろう。
そのためには、高校受験に合格しなければならない。
それなのに……、僕は一体何をやっているのだろうか。
気が付くと、僕は寝てしまっていた。
部活は既に終わっていて、となりには中津がいた。
「先輩、爆睡してましたね」
「あらら、見られていましたか。お恥ずかしい」
中津は口を開けて笑った。
「あはは、先輩、来てくれるのなら、もっとキリのいい時に来てくれれば良かったのに」
「ん?」
話が若干噛み合っていなかった。キリのいい時とは、どんな時だろうか。休憩時間の事を言っているのか、終始の事を言っているのか。
でも、そんな生活上の違和感にいちいち突っ込むのはあまりに疲れるので、指摘するのはやめた。
「でも、しっかり部活やってて安心したよ」
「当たり前ですよ! 先輩の伝統はしっかりと受け継ぎましたから!」
「受け継ぐような事なんてないと思うけど……」
ただまあ、僕は数ヶ月前は陸上部で、部長でもあった。
あってないような、部長でもあった。
先輩に何となくで部長に指名されてから、あれこれ頑張ったつもりだけれど、結果は出なかった。
努力が結果に繋がるなんて、そんな方程式は成立するとは限らないのだ。イコールで繋がるとは限らないのだ。もしそれをイコールで繋げるのならば、そこには『運』も追加すべきだ。
「ごめん、邪魔したな。じゃ、僕はもう帰るよ」
「あ……ちょ、先輩」
「ん?」
「私も一緒に帰っていいですか? 先輩の顔に落書きしている内に、皆帰っちゃったんで」
「んな!!」
僕は走って学校の中に入った。そしてトイレへ直行し、鏡を見た。
そこに写っていた自分は、ペンで落書きされた滑稽で無様な男の顔だった。テーマは恐らくーー。
「河童……」




