第1話 外れスキルをもらったので、壊れた馬車で出ていきます
「壊れた物を見つけるだけなら、使用人にもできる」
父が俺の授能証を机へ投げた。
そこには、十八歳になった俺の名と、神殿で授かった固有スキルが書かれている。
ルーク・ヴァルト。
固有スキル――故障診断。
「剣技でも大魔法でもない。伯爵家の息子に与えられる力ではなかったな」
兄のカイルは壁際で笑っていた。
父は俺が子供のころから、兄のような戦士になることを望んでいた。炎の槍を五本まとめて放てる兄と違って、俺にできるのは火を灯すことと、物をつなぐ初歩の魔法くらいだ。
だから、最後の期待が今日、折れたのだろう。
「黒鐘砦をおまえに与える。分家として暮らせ。今後、我が家に頼ることは許さん」
机の上へ、もう一枚の紙が置かれた。
北の山道にある廃砦と、その付属地。建物と登記された備品を含む譲渡証だ。王国登記所の受付印も押してある。
古い砦は修繕費ばかりかかる。父にしてみれば、俺ごと不良資産を処分できる。
俺は紙を読んだ。
借りるのではなく、所有権を譲り受ける。返還の条件はない。
「工具を持っていっても?」
「おまえが自分の小遣いで買ったものなら好きにしろ」
「ありがとうございます」
頭を下げると、兄の笑いが止まった。
俺が泣いて許しを請うと思っていたらしい。
もちろん、嬉しいことばかりではない。母と妹に会いづらくなるし、砦に食糧があるかもわからない。
それでも、俺にはこのスキルが外れだと思えなかった。
前世の俺は、佐伯修二という三十四歳の設備保全担当だった。
工場でポンプや搬送装置を直していた。帰宅途中の交通事故で命を失い、この世界に生まれ直した。
六歳のころ、台所の壊れた滑車を見て記憶が戻った。
あれから十二年。こっちの金属と魔法の癖を覚えながら、できる範囲で修理を続けてきた。
壊れた箇所が最初からわかるなら、これほどありがたい力はない。
出発の朝、母は固いパンと干し肉を袋へ詰めてくれた。
妹のリーネは、その下に小さな針入れを押し込んだ。
「服も直さないといけないでしょう」
「そこはまだ、あまり得意じゃない」
「じゃあ、帰ってくるまでに練習して」
帰ってくる、という言い方に、俺は少し困った。
妹は俺を見上げたまま、唇を結んでいた。
「手紙は書くよ」
「絶対よ」
門の外で待っていたのは、荷台の傾いた古い馬車だった。
御者は車輪を蹴ってから、父の執事に言った。
「これじゃ山道は無理です。別の車を」
「坊ちゃまの荷物は少ない。町までは持つだろう」
俺は荷台へ鞄を置き、車軸に手を当てた。
固有スキルを使うのは、神殿を出てから初めてだ。
二十呼吸ほど待つと、視界へ青い線が浮かんだ。
車輪が透けたわけではない。外形に沿って、見取り図が重なっている。
〈右後輪 軸受けの固定ピン破断〉
〈荷重継続時 車輪脱落のおそれ〉
俺はすぐ荷台から鞄を下ろした。
「車を浮かせたい。丸太と、鉄の棒はありますか」
御者が倉庫へ走った。
固定ピンを抜いてみると、本当に折れている。予備品はない。代わりに同じ太さの鉄棒を切り、やすりで形を合わせる。
最後に〈接合〉で留め具の小さな亀裂をつないだ。
魔法は鉄を生み出せない。欠けたところは実物で埋める必要がある。
それでも、探す時間を省けた分だけ仕事は早かった。
荷を積み直し、御者が馬を歩かせる。
傾いていた車体が、まっすぐ門を出た。
「おお……!」
「町に着いたら、ちゃんとした鍛冶屋で新しいピンに替えてください。今のは間に合わせです」
御者は腰の袋から銅貨を三枚出した。
「車は俺の持ち物なんです。これで車屋まで行ける。少ないですが」
「では、ありがたく」
執事が変な顔をした。
伯爵家の息子が、御者から銅貨を受け取ったからだろう。
俺は三枚を手のひらで重ねた。
この世界に来てから、修理で初めて稼いだ金だった。
「よし。昼のスープ代はできた」
御者が笑い、鞭を軽く鳴らした。
背後の屋敷は振り返らなかった。
鞄には工具。胸の内側には譲渡証。
壊れた砦が待っているというなら、まずは見せてもらおう。




