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重厚な魔導砲の陣地の後ろで、豪華な金色の甲冑を着たタイタス皇太子が、高らかに高笑いを上げていた。
「者たちよ! 躊躇うな! あのガラスの宮殿ごと、邪悪な『レモンの魔女』を焼き払え! 国家の裏切り者どもに、真の指導者たる私の威光を見せつけてやるのだ!」
「「「オーーーーッ!!」」」
近衛騎士たちが魔導砲にエネルギーを充填し始める。
――その時だった。
バンッ!!
温室宮殿の美しい装飾扉が力任せに蹴り開けられ、中から二人の男が歩み出てきた。
プラチナシルバーの髪をなびかせ、圧倒的な威厳を放つルキウス・アウレリウス。
そして、鋭い神聖気を全身から立ち上らせ、大剣を肩に担いだマルクス・クラウディウス。
二人の瞳には、タイタス皇太子に対する恐怖など微塵もなかった。
あるのは――己の「平穏なお茶会」を邪魔されたことに対する、底なしの静かな『殺意』だった。
「……タイタス殿下」
ルキウスが低い声で呟く。その声は、森の空気を凍りつかせるほど冷たかった。
「何のつもりだ。我がアウレリウス家の私有地であり、神木様の聖域たるこの場所に、許可なく軍を率いて踏み込むとは」
「ハッ! 惚けるなルキウス!」
タイタス皇太子は馬上で剣を突きつけた。
「お前たちは魔女の洗脳魔法にかかっているのだ! 目を覚ませ! 聖騎士長マルクス、貴様もだ! 聖導会の誇りを捨てて、そのような妖気漂う場所に籠りおって!」
マルクスは心底呆れたように溜息を吐き、冷徹な瞳で皇太子を見据えた。
「タイタス殿下。洗脳などという不名誉な妄言は撤回していただきたい。私たちは自らの意思で、この至高の聖樹様……そして神木様にお仕えしているのだ」
「黙れ! 説得は無用だ!」
タイタス皇太子は聞く耳を持たない。彼は自分が「正義の救世主」であると疑っていないのだ。
「そこを退け! 私はその奥に潜む『レモンの魔女』を成敗し、この国に平和をもたらすのだ!」
タイタス皇太子が合図を出そうとした、その瞬間。
「……誰が退くだと?」
ルキウスが静かに剣を抜き放った。
シャキンッ、という澄んだ金属音が響く。
「我が神木様の……あの可憐で愛らしい神木様のお茶会を邪魔しようというのなら……たとえ皇太子殿下であろうと、容赦はせん」
「何……!?」
「私も同感だ」
マルクスもまた、大剣を両手で構え、圧倒的な神聖気流を爆発させた。
「聖樹様の御前に不浄な兵を立ち入らせるわけにはいかん。殿下、お覚悟を」
「お、お前たち……!? 皇族である私に向かって剣を抜くというのか!? 狂っている! 完全に狂っているぞ!!」
タイタス皇太子は顔をひきつらせ、叫んだ。
「全軍、攻撃せよ! 裏切り者どもと魔女を殲滅せよ――」
命令が下る直前。
温室宮殿のガラス越しに、中央の『巨大樹』から、私が、ひょっこりと顔を出した。
「ちょっと! 外で騒いでるの誰!? 私のタルトに砂が入ったらどうしてくれるのよ!」
私の怒声が、魔法で増幅されて森全体に響き渡った。
タイタス皇太子は、その姿を見て息を飲んだ。
黒紫色の禍々しい巨大樹。その幹から生えた、眩いばかりに美しい黄色の髪の女。
その背景には、鈴なりに実る鮮やかな黄色いレモンたち。
「あ……あれが……『レモンの魔女』……!?」
タイタス皇太子は一瞬、そのあまりの美しさと幻想的な光景に目を奪われた。
だが、プライドの高い彼は即座に頭を振った。
「くっ……なんという眩惑の魔法! 騙されるものか! あの女がすべての元凶……! 死ねぇっ、魔女め!!」
タイタス皇太子は自ら馬を躍らせ、手にした高級な魔導槍を構えて、私目掛けて突進してきた!
ルキウスとマルクスが「させん!」と迎撃に動こうとしたが、皇太子の突進速度は尋常ではなかった。王室秘伝の身体強化魔法だ。
二人の制止をすり抜け、タイタス皇太子は温室のガラスを突き破って内部へと侵入!
そのまま、私(上半身)の胸元目掛けて、鋭い槍の穂先を突き出してきた!
「ハハハ! 貰ったぞ、魔女め――」
(――あっ、またこのパターンね)
私は冷めた目で、目の前に迫る皇太子の顔面を見つめた。
怒りでも恐怖でもない。ただの「学習」だった。
私の体に攻撃を仕掛けようとした者は、必ず『あれ』の餌食になる。
私が何もしなくても、私の体(悪役霊樹)の防衛本能が、勝手に作動してしまうのだ。
『ぷちんっ』
私の頭上の枝から、熟し切った、過去最大級のサイズを誇る『グラウクス・レモン』が、一瞬の狂いもなく切り離された。
そして、体内の爆発的な魔力(怒り)と連動した枝が、まるでプロの野球選手のような凄まじいスナップで、その巨大レモンを『音速』で打ち出したのだ!
ドガァァァァンッッ!!!!
「ぐはあっ!?」
タイタス皇太子の完璧なイケメン顔の真ん中に、特大レモンが超スピードでめり込んだ。
あまりの衝撃に、皇太子は馬から吹き飛ばされ、温室の高級なベルベットソファーを飛び越えて、床の上を十メートルほどゴロゴロと転がった。
「で、殿下ーーーっ!?」
近衛騎士たちが悲鳴を上げる。
タイタス皇太子は鼻血を出しながら、フラフラと立ち上がった。
「く……屈する……ものか……! この……私……が……このような……謎の投擲兵器……に……」
彼の顔面は、潰れた特大レモンの黄色い果汁でベトベトだった。
そして、呼吸のために大きく開けられた彼の口の中に、濃縮還元された至高のクエン酸果汁が、ドバドバと流れ込んでいった。
(あーあ……入っちゃった)
私は哀れみの目で見つめた。
次の瞬間。
タイタス皇太子の動きが、完全にフリーズした。
「……っ!?」
彼の碧眼が、眼球が飛び出さんばかりに見開かれた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!???????????」
声が出ない。
あまりの酸っぱさに、王族としての尊厳も、プライドも、言語能力すらもが一瞬で吹き飛んだのだ。
タイタス皇太子の顔面が、崩壊した。
国中の令嬢たちが憧れたという、あの華麗な皇太子顔が、まるでプレス機で圧縮されたかのように「キュッ」と中央に凝縮される。シワシワどころの話ではない。乾燥梅干しである。
「〜〜〜〜っ! すっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっぱ――――――――――い!!!!!!!!!!」
死の森全体、いや、王国全土に届くのではないかと思われるほどの、絶叫。
タイタス皇太子は豪華な金色の甲冑を着たまま、地面を激しく転がり回った。
「あ、頭が割れる!? 脳みそがレモンで丸洗いされている感覚だ!? 舌が削れる! 視界が黄色い! 世界が酸っぱい! 助けてくれ父上ーーー!!」
のたうち回ること約一分。
近衛騎士たちが恐怖でガタガタと震える中、タイタス皇太子の動きがパタリと止まった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
荒い息を吐きながら、皇太子がゆっくりと顔を上げた。
その表情からは、先ほどまでの醜い「プライド」や「嫉妬」、「野心」といった不純物が、完全に削ぎ落とされていた。
彼の碧眼は、まるで生まれたての赤ん坊のように清らかで、澄み渡っていた。
タイタス皇太子は長年、王位継承権のプレッシャーと過度のストレスにより、慢性的な激しい頭痛と精神疲労に悩まされていたのだ。
だが今、そのすべての悪影響が、特大レモンの『超絶酸味ショック』によって綺麗さっぱり消滅していた。
脳が、完全に強制再起動されたのである。
「な……なんだ……この……爽快感は……?」
タイタス皇太子は自分の両手を見つめ、呆然と呟いた。
「頭痛が……消えた……? 視界がこんなにも明るい……。私は……今まで何のために争い、何のために人を憎んでいたのだ……?」
皇太子は静かに立ち上がると、視線を私(悪役霊樹)へと向けた。
私の前に広がる、キラキラと輝くガラスの温室。
優しく微笑む黄色の髪の少女(私)。
そして、私を愛おしそうに見守るルキウスとマルクス。
タイタス皇太子の目から、ツーッと美しい涙がこぼれ落ちた。
「おお……おおお……!」
皇太子は、その場にバサッと両膝をついた。
「私は……なんという愚か者だったのだ……! 己のちっぽけなプライドのために、このような至高の『女神様』に刃を向けるとは……!」
(出たーーーー!! 今世三人目の『勘違い落ち』ーーーー!!)
「殿下!?」と叫ぶ近衛騎士たちを余所に、タイタス皇太子は私に向かって深く頭を下げた。
「女神様……! 愚かな私をお許しください! あの強烈な『黄色の聖果』……あれは、過ちを犯そうとしていた私の魂を叩き直すための、神なるお叱りだったのですね……!」
(ただの防衛本能の反射ストレートだから!!)
「私、タイタス・フラウィウス……今日この瞬間より、王位継承権などというちっぽけな権力を捨て、あなた様をお守りする『第一の忠臣』としてお仕えすることを誓います!」
「待てぇいっ!!」
ここでルキウスとマルクスが同時に叫んだ。
「勝手に忠臣になるな、タイタス殿下! 第一の座は私だ!」
「何をぬけぬけと、筆頭聖騎士である私だ! 皇太子だからといって割り込みは許さん!」
「ハッ! 皇族である私が一番に決まっているだろう! これより国家の総力を挙げ、この温室宮殿をさらに十倍の大きさに拡大し、世界中の最高のレモンスイーツを集めてみせる!」
(十倍!? 収容違反の巨大ダンジョンになっちゃうから!!)
こうして、私の「悪役霊樹(レモン付き)」の温室宮殿に、新たに「元・皇太子」という超大物の狂信者が加わることとなった。
公爵、聖騎士長、そして皇太子。
国のトップに立つ三人の超絶イケメンたちが、私の足元で「誰が一番美味しいレモネードを淹れられるか」「誰が一番上手く私の髪を梳かせるか」で、毎日醜くも微笑ましい不毛な争いを繰り広げることになったのだ。
「はぁ……今日も美味しいわね、レモンタルト」
私は三人の喧嘩をよそに、静かに温かいレモンティーを一口啜った。
属性の全部盛りを注文した結果、悪役令嬢ならぬ「悪役霊樹」になってしまった私だが――まぁ、この極上の溺愛スローライフも、悪くはないかもしれない。
異世界での私の「レモンに満ちた日々」は、これからも賑やかに続いていくのだった。




