属性の全部盛りを注文したら
「は!?」
唐突に発せられた私の声は、遮るものの何一つない真っ白な空間に、虚しく反響して消えて行った。
視界を埋め尽くすのは、雲の中に放り込まれたかのような純白の景色。足元には底があるのかどうかも分からないが、なぜか透明な床の上に立っているような感覚がある。
そして、何よりも私の意識を混乱させているのは――目の前で私の両手を情熱的に握りしめている、異次元の超絶イケメンの存在だった。
流れるような金色の髪に、まるで吸い込まれそうな深いサファイアの瞳。彫刻のように整った鼻筋と、すべらかな肌。背中には薄っすらと光り輝く羽のようなオーラまで背負っている。どこからどう見ても、人間離れした美形であった。
しかし、その完璧な顔面から繰り出されたセリフは、あまりにも胡散臭かった。
「一目見て感じたんだ。これは運命に違いない、とな。君の魂は、この広大な時空の海の中で、私という存在に出会うためにここまで漂ってきたのだよ」
「えー……(引き気味)」
私は全力で引いた。どん引きである。引きすぎて腰が引け、握られた手を強引に引っ込めようとしたが、イケメンの力は意外にも強く、がっしりと固定されて離れない。
ちょっと待ってほしい。私は確か、会社からの帰り道、急に降り出した大雨の中で信号待ちをしていて……。青信号で渡ってたらパトカーにひき逃げされて、激しい衝撃を感じたはずだ。
つまり、私は死んだのだ。それは理解できる。いわゆる「パトカー転生」というやつだろう。
だとしても、死後の世界で開口一番、見たこともない男に熱烈なナンパをかまされる筋合いはない。
後ろには、落ちた女、落ちなかった女というラベル分けがされていた。
私の冷ややかな視線に気づいているのかいないのか、男はさらに顔を近づけてきて、甘ったるい声で囁いた。
「さあ、恐れることはない。君はもう苦しい前世の運命に縛られる必要はないんだ。私の側にずっといてほしい。この永遠の安らぎに満ちた場所で、私と二人きりで新しい時を紡ごうじゃないか」
「結構です!!」
私は即答した。コンマ一秒の迷いもなく叫び、力任せに手を振り払った。
「私の第二の人生の構想を邪魔しないでください! 私にはかねてより夢見ていた、最高の異世界転生プランがあるんですから!」
「……プラン? まさか」
男は片方の眉をひそめ、キザなポーズを維持したまま小首をかしげた。
私は胸を張り、前世で漁った数々のテンプレ知識を総動員して、望む転生先の設定を叫んだ。
「私を『逆転ざまぁダブル溺愛前世知識無双スパダリスローライフ悪役令嬢』に転生させてください!」
一息で言い切った私に対し、男はしばし固まった。
そして、ハァーッと深いため息をつき、彫刻のような無駄に美しい顔を盛大に歪めると、自分の額を押さえた。
「……君たちはいつもコーヒーの注文みたいなことを言うのだな」
「はい?」
「『無脂肪乳に変更でエスプレッソショット追加、ホイップ多めでキャラメルソース増量、氷少なめ』みたいなノリで世界の法則をオーダーするんじゃない。そんな盛り盛りな属性、一つの人生に収まるわけがないだろう。それより君はどこにも行かず、おとなしくここに居た方がいい。私という至高の存在が側にいてあげるのだからね」
男は呆れたように首を振ると、再び気取った笑みを浮かべて迫ってきた。
しかし、私は彼の言葉を聞き流しながら、この空間の違和感に集中していた。
ここに連れて来られた時、私はてっきり彼が「全能の神」だと思っていた。だって、死後の世界で人間を導く存在と言えば、神様か女神様に決まっている。
だが、言動の軽さといい、ナンパ癖といい、威厳のなさといい、どうにもお粗末すぎる。
私は周囲の真っ白な空間を改めて見回した。思ったより寂れている。ここ、本当に使われているの!?
遠くに見える真っ白な柱には、細やかな浮き彫り(レリーフ)が施されている。よく見ると、そこには天界の階層構造を示すような壁画が描かれていた。
最上層には光り輝く神の座。その下に九つの階位を示す翼を持った存在たちが描かれている。
熾天使、智天使、座天使……と続き、一番最下層に位置する第九位階。
そこに描かれているマークと、目の前の男が身に着けている胸元のブローチの紋章が、完全に一致していた。
さらに、男の背後にある翼の色と数。黄色い翼が二枚。
私は指をビシッと男突きつけた。
「……あなた、神様じゃありませんね?」
男の眉がピクリと跳ねた。
「あなた、最高神どころか、天使の階級の中でも一番下……第九位階の最下級天使でしょう! 言ってみれば天界の平社員! 下っ端の案内係じゃないですか!」
次の瞬間。
男の完璧だったキザな笑みが、ガラスが割れるように砕け散った。
「…………チッ、バレたか」
男はすさまじい舌打ちをかますと、先ほどまでの優雅な立ち振る舞いを投げ捨て、露骨に嫌そうな顔で自分の肩を叩き始めた。
「ハァー……マジ面倒くせぇ。最近の領域異界者は無駄に知識があって嫌になるよ。ちょっとカッコつけて口説けば、素直に『神様ステキ! ここに残ります!』って言って天界の書類仕事を手伝ってくれると思ったのにさぁ」
「本音漏れまくってますよ!? 労働力の現地調達をしようとしてたの!?」
「うるさいなぁ。一人の女に惚れて、数年少し付きまとっただけで、こんなところに缶詰だ。まったく。あのな、こっちだって連日連夜の報告書の処理で残業続きなんだよ! 役職名なんかなくて、ただの『第九位階平天使』だよ! 悪かったな!」
自暴自棄になった天使は、それまでの神聖なオーラを完全に消し去り、だるそうに澄んだ光輪をガリガリと掻いた。
イケメンなのは相変わらずだが、中身が完全に「腐りきっている」である。
「はぁーあ。バレちゃ仕方ないや。希望通り魂を流してやるよ。どれどれ……『逆転ざまぁなんちゃら悪役令嬢』だっけ? 適当に放り込んで送ればいいんだろ」
天使は怠惰な動作で、空間の隅にあった古びたデスクへと歩いて行った。
そこには、怪しげなレバーや何色も光るボタン、謎のダイヤルが所狭しと並んだ機械が設置されていた。ホコリが薄っすらと積もっている。
「ちょ、ちょっと待ってください! その機械、すごく古く見えますけど大丈夫なんですか!? 私の人生が掛かっているんですよ!」
「大丈夫大丈夫〜。自動補正機能ついてるから。えーっと、『アクヤク』っと……『レイジョウ』っと……」
天使はお尻をボリボリと掻きながら、適当な手つきで機械を叩いている。目線すらまともに機械を見ていない。
その瞬間、私の脳裏に前世の苦い記憶が走馬灯のように駆け巡った。
(あ、この感じ……すごく嫌な予感がする!)
前世での私の人生は、こういう「当てにならない店員や作業員」のミスによって度々狂わされてきた。
ファーストフード店で「ポテトは揚げたにして下さい!」と言って出されたフニャフニャの冷めたポテト。
引越し業者に「大丈夫です! 段ボールは後日回収しに来ますから」と言われた後、一切音沙汰がない。
家電量販店で「このパソコンで最新コンテンツもサクサク動きますよ!」と押し切られて買い、初期設定ですらフリーズした苦い思い出。
「絶対大丈夫です」「お任せください」と言う奴ほど信用できない。
そして、その予感は百発百中で的中してきたのだ!
「ちょっと天使さん!? ちゃんと『悪役令嬢』って入力しました!? 『令嬢』ですよ! 貴族の女の子ですよ!? 文字打ち間違いとかしてないでしょうね!?」
「はいはい、分かってるって。『レディ』でしょ? 乙女の憧れ、悪役レディ。はい送信っと。どうせ悪魔の餌になるさ」
「待っ――」




