第1話 近未来の天才科学者、魔法の存在するファンタジー世界へ飛んでしまう。
「フムフム、これは何とも、困ったものだ」
私は自他共に認める天才科学者、ルーク=アロイス。
歴史に名を残して然るべき男だが、そんな私でも失敗は付き物だ。
さて結論から述べると、時を自在に行き来するタイムマシンを発明しようとしたものの、失敗してしまった。まあ失敗は成功の母と言うし、発明などはトライ・アンド・エラーの繰り返しが基本なので、失敗は些細なことである。
ただ問題は、今まさに誤作動でうっかり起動してしまった、このマシンが――
――どうやらパラレル・ワールドの移動を実現してしまったらしい――
まあ本来、想定していた機能とは違うが、これはこれで大発明であろう。
ということは、だ。
「フムフム、つまり――私はやはり天才ということだな!」
間違いない。
まあそういう訳で、発明品の機能の齟齬なども、些細な問題なのだが。
さすがに少しばかり見過ごしがたい、最も大きな問題が、目の前にある。
「あ、あ……あなたは一体、何者なのですか!? 一体、どこから現れて……その大きな《《鉄の馬車》》のようなものは、何なのです!?」
軽装のドレスと鎧が組み合わさったような衣装を纏う、月を溶かして染め上げたかの如き金色の長髪が麗しい、高貴な容貌の美女がこちらへ向けて叫んでいる。
手にはレイピアらしき細剣を持っているが、震えているようだ。
それにしても〝馬車〟ときたか、その言葉だけで文明レベルに差がありそうだと読み取れる。銃でなく剣を持つことから、よもやタイムスリップに成功したのでは、と勘違いしそうにもなった。
しかしどうもそれどころではなく、もはや〝別世界〟に来てしまったのだと、認めざるを得ない光景が一つ。見るからに深い森林の真っ只中に、異形が佇んでいた。
『……オオ、オ……』
『姫ヲ……連レ去ル……』
『魔王様ノ……命ノママ……』
なんか、骨が動いているのだ。
骨が動いてしまったら、もうどうしようもない。アレがなんか巨大な怪物とかなら、まだ着ぐるみか機械人形なんかを疑えるが、骨が動いたらもうどうしようもないのだよ。
それにしても、あの骨の兵隊らしきもの、筋肉すらないのにどうやって動いているのだろう。スッカスカだ。関節さえ継ぎ目が丸出しだ。そのくせ二足歩行し、それぞれ兜や鎧、槍なんかも持っている。どうやって自重を支えているのだ。意味が分からない。謝ってほしい。
「フムフム、これは、なるほど――ええい、全くロジカルではないな!」
そんな風に私がイライラしていると、なんか変な骨から〝姫〟と呼ばれた美女が、焦燥の声を上げていた。
「前方にはスケルトン兵の小隊、後方には何やら〝フムフム〟言っている変な人……わたくしは、罠にかかったという訳ですねっ……ええい、卑怯な! しかしわたくしは、屈しません! 虜囚の辱めを受けるくらいなら……くっ、殺せぇー!」
(フムフム、変な人とは私のことだろうか。この大天才に向かって失敬な。スルーしたいな。このまま帰ろうかな)
さて、この――恐らく並行世界と思しき場所へ飛んでしまったのも、そもそも突発的な事故なので、速攻の帰還もやぶさかではない。
しかしその選択を取りにくい、3つの理由が存在する。
1.〝並行世界〟への転移に必要なエネルギー残量が、良くてあと一回、あるいは足りない可能性。
2.並行世界とは〝無数に存在する〟もの。世界ごとの存在位置を座標と定義して、〝元いた自分の世界の座標〟を寸分たがわず導き出せるものだろうか。
……そして最後の、第3の理由。
『カタカタカタ……姫、連レ去ル……』
『姫ヨ……抵抗、スルナ……』
『コノ、クッコロサン、メ……』
「ち、近寄らないでくださいっ……ひと思いに、くっ、殺せぇー!」
なんか変な骨――スケルトンの兵隊、とかいう連中の魔の手が、姫に迫っている。
やれやれ、と私は嘆息しつつ、ドーム状のハッチを開いた。両手に光線銃を持ち、マシンの縁を踏みつけながら叫ぶ。
「フム、全くロジカルではないが――個人的な理由に基づき、加勢する! 我が発明の一つを喰らえ! 即ち、ビームである」
『エッ、誰ッスカ、急ニ……怖ッ……』
『ビームッテ、ナニサ……意味ワカラン……』
『勘弁シテクダサイヨ……コッチモ、仕事ナノニ……』
『『『ギャーーーーーッ……』』』
何やら変な骨が文句を言っていた気はするが、耳を傾けることにロジカルを特に感じなかったので、容赦なく撃ち込む。銃口から雷光の如く迸った一閃が、骨を一瞬で葬った。結果的に死体の後処理になったような気がする。フム、ロジカルだ。
そうして後に残ったのは、腰を抜かしたのか、へたり込んで目を白黒させている姫のみ。
「……ふえっ……えっ、えっ……まさか、わたくし……助けられて……?」
さて。……私が今の行動を取ることになった第3の理由だが、それ即ち。
3.襲われていた姫の見目が、元の世界にいる愛する妻と、そっくりだった。
ということである。妻と別人とはいえ、妻と瓜二つなそっくりさんの危機を無視して、私は愛する妻と顔を合わせることなど出来はしない。
ロジカルではないだろうか、いいや、ロジカルである。おかげさまでマシンのエネルギー残量は完全に尽きたが、悔いはない。
〝うんうん〟と納得している私に、姫が恐る恐る、しかして気品ある所作を交えて声をかけてきた。
「あ、あのっ……あなたは今、わたくしを助けてくださった、のですよね? 危機をお救い頂き、感謝いたします!
わたくしはマジカリア国の第一王女、エメリナ=マジカリア――」
マジカリア国、フム、やはり全く聞いたことがない。推測通り私は、別世界へ飛んできたのだな、と納得する。
すると姫――エメリナ姫は、爛々と目を輝かせながら、問いかけてきた。
「あなた様は、まさか――高名な魔法使い様なのでしょうか!?」
「フム……魔法使い、魔法……だと?」
彼女の口から、〝魔法〟などという、非科学的な言葉が飛び出して――
「――ふんっ、全くロジカルではないなっ!」
私は腕組みし、そんなことを口走った。




