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【電子書籍化決定】お飾り妻の心得~きみを愛することはないと言われたので、旦那様の恋を応援します!~  作者: 凛蓮月@騎士の夫〜発売中です!


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5.植物を育てます

 

 結婚して早くもひと月が過ぎた。


「うーん、今日も良い天気だなぁ」


 外はぽかぽか日和、こんな時はのんびりひなたぼっこをしながら本を読んだり刺繍したり……なんて普通の貴族夫人ならやるのだろうけれど。


「マージ、(うね)できた?」

「はい、奥様」

「ダニー、マルチはどこかしら?」

「へい、奥様こちらに」


 私アリアナ・フ……ディスティニアは庭の片隅にて数人の使用人たちと一緒にえっちらおっちら畑を作っております。


 何せ結婚前は貧乏貴族だったので領民の方とイチから畑を耕し種を蒔き苗を植え水をやり肥料をやり雑草をむしり虫を潰し収穫をし選別して流通経路に乗せて食卓に並べ美味しく頂くまで全てをやって来たのだ。

 選外になったものも分け合って食べていたわ。

 熟れ過ぎたものとか一番美味しい時期を食べられるのは農夫の特権よね。

 そういうノウハウを伝授する為の政略結婚でもあるのだけれど……ブルルは意外にもロマンチストなのかあれ以来私はカトラリーより重い物は持たせてもらえていないくらいに過保護になった。


 元来、頭より体を動かす方が好きな私は、優雅な貴婦人生活は三日ともたず、簡単な帳簿付けと家政をしたあとは暇暇の暇だった。

 領地の事もブルルのサイン待ちの書類以外は全て捌いてしまう優秀な家令がいるから手出し無用だし、家政もやることナッシング。

 なのでブルルにお願いして畑を作らせてもらったのだ。


 意外や意外に「植物を育てたいのですが」と言えば「ああ、いい、いいと思うよ!」とにこやかに返事を頂いたので早速庭師と侍女と共に畑を作った所存。


 大規模農場とはならないが、侯爵家の庭の片隅にえっちらおっちら畑を耕しようやく堆肥の効果が出てきて土の状態が良くなってきたので、今日は畝作りとマルチ張り。

 ちなみに堆肥は魔法薬入りの特製物だ。

 セバスさんと家令と相談して侯爵家の財力でおっかなびっくり購入したけれど、お高いだけあって効果は抜群。

 むしろこれくらいで許可などいらない、と二人から憐れまれてしまったわ。


「奥様このシートは何ですか?」

「これはマルチといって、植物の周りに土が付かないようにする為のものよ。雑草が生えにくくなるし保温にもなるし作物が土について腐れるのも防ぐから一石三鳥のスグレモノよ」

「へえ!」

「この穴の開いたところに種や苗を植えるのよ」


 このマルチは量産型スライム系の魔物を叩いて伸ばして引っ張って作られる。直径10cmのスライムからはあっという間に幅5m、長さ200mのマルチができるのだ。ちなみにスライムは半透明だけれど工程の途中で白くなる。更にスライムの成分が虫を寄せ付けない為、それがまたマルチに適しているのだ。

 伸ばされたものを等間隔にスライムを食べる魔物で穴を空けていく。これはテイマーと呼ばれる職業の人たちのお仕事なのだ。

 ちなみにハウスを覆うビニールもスライム製だ。

 最弱の魔物は農業の発展に欠かせない最良の素材なのだ。


 材料となるスライムに思うところがないわけではないが、これも農業の発展、ひいては食糧確保の為には致し方ない。きみの犠牲は作物を無事に出荷することで供養とする。


 マルチを張ったあと、指で土に穴を開けてぱらりと種を入れて再び土を被せる。

 これをマルチの穴ごとに繰り返すのだ。


「種は一粒で良いのでは?」

「ひと粒だと芽吹かない場合もあるのよ。

 大丈夫よ、多く芽が出たら間引いて早めに食べられるわ」

「わぁ」


 成長しないうちの野菜も調理して食べたり埋めて栄養にしたりできるから無駄は無いのよね。植物は偉大なりよ。


「ふぅ、今日はここまでにしておきましょう」

「冷たいお茶を御用意致しましょう。奥様は手を洗ってらしてください」

「マージってば気が利くぅ!」


 言われた通りに手を洗い、戻ってきたときにはお茶の準備が整っていた。


「あー、生き返るわぁ!」


 カラン、とグラスに入った氷が音を立てて踊り、グラスの水滴に触れれば火照った身体が冷えていく。

 マージ特製ハーブティーは実家で栽培した厳選ハーブを使用したもの。ブレンド比率はマージの秘密らしく教えてくれない。


「みんなもお茶を飲みましょう」


 にこやかに爽やかに促せばダニーも侍女たちもおずおずとグラスを手に取り飲んでみる。

 ひんやりした感じと喉越しさわやかな味がごくごく飲めてしまう秘訣。


「美味しいですね!」

「でしょう! マージ、おかわり!」

「奥様、侯爵夫人となられたのですからもう少しお淑やかになさってください。旦那様からも言われたでしょう?」

「いいじゃない、今日は身分無しデーよ!」

「奥様は毎日それでしょう!」


 手を拭いてからテーブルに並べられたお菓子に手を伸ばし摘む。

 我が家では主も使用人も身分の垣根なく過ごしていたからやっぱりこっちの方が私らしい感じがするわ。


 正直、貧乏伯爵家時代が長かったから今の侯爵夫人の座は気が引ける。

 私はこの畑と数人の使用人とこじんまりした離れくらいの家があればそれで良い。

 領地に住めたら本望だ。

 だから旦那様には早めに愛する人と一緒になっていただいて、幸せになってほしいのだけれど。


「……どうしたら見つかるのかしら、旦那様の想い人」


 ぽつりと呟くと、侍女とダニーがお菓子を喉に詰まらせた。


「だ、大丈夫?」


 背中を叩きながらお茶を渡すと二人は一気に飲み干した。……何か変な事言ったかな?


「お、奥様、だ、旦那様の想い人とは……」

「貴方たちは知らない? 旦那様には片想いのお相手がいらっしゃるそうなの。初夜のときにおっしゃってたのよ。

 でも私と政略結婚してしまったでしょう?

 だから目的を果たしたらいずれはその方を見つけて、お互い想い合うならばお迎えして差し上げたいな、と思っているの」


 そうだわ、私より前にここにいる使用人たちなら態度に出やすいブルルの想い人が分かるかもしれない。もっと早くに聞けば良かったわ。私としたことが盲点だったわ。

 けれど、なぜかしら。

 使用人たちはみな顔色を赤白青に染め上げている。


「旦那様はそんな事を言ったんですか!?」

「何たるデリカシーの無さ」

「えっ、あ、いえ、その」

「新婚の奥様に対して無礼! 愛されるのが当然とか思う傲慢さ!」

「うちの旦那様がクズだった! 失望した!」

「ま、まあまあまあまあ」


 憤る使用人たちを慌てて窘める。

 ブルルの人気の無さに驚いてしまったわ。


「ああ見えて面白いしかわいいところもあるのよ」


 使用人たちと食事をしているとき、空気に徹しながらも仲間になりたそうにこちらをチラチラ見ているし、愛さないと言った割にこちらを気にしている。声を掛けると、さも気にしてませんが? と言わんばかりに取り繕っているけれど。

 日頃のブルルを回想しながら何気なくゴクリとお茶を飲むと、使用人たちの動きがピタリと止まり、目を見開きながら私を凝視する。

 かと思えば目を潤ませポケットから取り出したハンカチで涙を拭いた。


「奥様がいい方すぎて泣ける」

「聖女のような方で尊い」


 よく分からないけれど手を合わせて拝まれたのでとりあえず笑ってその場を取り繕ってみた。


「アリアナ」


 そこへ噂をすれば何とやらでブルルが寄って来た。


「休憩をしようと思ったらこっちにいるのが見えたから来てみたよ。花壇はこっちかな?」

「花壇? ああ、お花が見たいならあちらですよ」


 花壇の方を指すと、ブルルは笑顔のまま頭にハテナを浮かべた。

 花を愛でる趣味があったなんて知らなかったわ。


「アリアナが作った花壇は?」

「私が作った畑ならそちらに」


 手を差し出した方向にあるマルチを張った畑を見て、ブルルは笑顔のまま固まった。


「植物を育てたいって」

「野菜ですね」


 何をそんなに驚いているのか、ブルルは笑顔で固まったまま。


「植物……」

「野菜ですね。あ、でも野菜も花が咲きますよ」


 聞こえなかったのかともう一度念押してみた。

 そんなに花が見たかったのかな?


「ちなみに人参とトマトです」

「人参とトマト……」


 ヒクッとしているブルルにハテナを浮かべたままでいるとダニーからこっそり耳打ちされた。


「旦那様は幼少の頃より人参とトマトが苦手でらっしゃいます」


 オゥノゥ! ピンポイントアタックだったわ!


「これは私がいただく予定です。使用人たちと! 旦那様のお口には一切入りませんからご安心ください!」

「なんで!?」

「えっなんで!?」


 ブルルが畳み掛けるように言うので聞き返してしまう。苦手なら食べたくないよね……?


「苦手なのでは?」

「……っ」


 その味を思い出したのか口をへの字にして顔をしかめる。野菜は大事だけれど無理して食べてもお互い気持ちよくないしね。


「苦手だが、妻が作ったのを食べるのは夫としての義務だ」

「えー……、そんな義務はありませんよ?」

「ディスティニア侯爵家では常識だ!」


 これは今勝手に作ったな?


「まあ、お召し上がりになりたいのでしたら、収穫時期に料理長に言って小さく刻んだりすり潰すなりして分からないようにして出していただきますね」

「味わいたいからちゃんと主張させてくれ」

「えー……」


 あとから文句言われないかしら、とじとりと見れば、ブルルはごほんと咳払いをした。


「妻が丹精込めて作ったものをいただくのに文句は言わない」


 ぷい、とそっぽを向いたブルルの耳は赤い。

 何だか面倒くさい人が夫になったなぁ、と苦笑しながら収穫時期になったら一緒に食べる約束をした。


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