6.旦那様とデートです
「今日は歌劇を見に行こうと思う」
朝食を食べ終えてお茶をちびちび飲みながらチラチラこちらを見てくるなぁと思っていたら、ブルルが言い出した。
「よろしいかと思いますわ」
私は誘われていないので、おそらく秘密の恋人(仮)と行くのだろう。
私の畑にはちくりと言うのになんだかずるいわ。
それに、愛人候補の方との逢瀬を妻に報告するなんてまるで忠犬……あ、いえ、律儀な人。
「今日はお泊りですの?」
「いや、日が高くなる前に歌劇を見て、レストランで昼食を食べて、その、買い物などをするが、晩餐までには帰る予定だ」
デートコースまで知らせてくれるのはいいのだけれど、一応仮にも妻に言うなんていささかデリカシーに欠けるのでは?
しかもちゃっかり貢ぎ物をする宣言。
その品物の代金は領民の汗水流した血税だというのに。
ああけれど、ブルルが幸せを掴む為の必要経費になるのかしら。
そう思えば確かにデートをして贈り物をするのは妥当に思えた。
「かしこまりました。では料理長に旦那様の分の昼食はいらないと伝えておきますね」
「……? いや、昼食はきみの分もいらないだろう?」
その言葉にむむっと眉根を寄せる。私に昼食を食べるなと言いたいのかしら?
「私は領民からの野菜をふんだんに使用したこの家での食事を楽しみにしています。その楽しみを奪わないでいただけますか?」
「っ、それは、すまない。だが、歌劇を見て慌てて帰るより外でゆっくり食べてもいいかと思ったんだ」
しゅん、と項垂れるブルルに思わず毒気を抜かれてしまう。でも……
「旦那様はお連れ様とレストランでお召し上がりなのでしょう? それなら私は私で料理長の美味しい食事を使用人たちと楽しみたいです」
言わないでおこうと思ったのに、つい本音が漏れてしまった。どうにもブルルの前では可愛げというものがなくなってしまうわ。あとで畑に行って草むしりでもしようかしら。
気まずくて思わず目を逸らして反応を待つけどなぜか沈黙が続く。
訝しんでちらりと見ると、ブルルはなんとも言えないような顔で固まっていた。
「……旦那様?」
声をかけるとハッとしてコホンと咳払いをした。
「出掛けるのは、きみと、だ」
気まずそうに、溜息を飲み込みながらブルルはテーブルの上で拳を握り締める。
「キミト様とおっしゃるのね」
「違う! きみ! あなた! 私の目の前にいる、私の妻である、アリアナ・ディスティニア侯爵夫人だ!」
名前を呼ばれ、思わずぱちぱちとまばたきをする。
右を見て目が合ったセバスさんはこくりと頷き、左を見て目が合った給仕メイドもうんうんと頷いた。
「なぜ? わざわざ? 第二夫人候補の方と交流なさるのでは?」
「ぐっ……」
「わたくし、お飾り、おーけー?」
「ノーだ!」
再び右を見て左を見て、目が合った二人を見ると、なぜか残念そうに微笑まれた。
「あー、こほん。第二夫人云々の前に、まずはアリアナとしっかりと交流したい。正妻を大切にするのは貴族の義務だ。周りに仲良し夫婦だというのをアピールしないと社交界でどんな噂が立つか分からない。身も蓋もないものだと経営に悪影響が出るかもしれない」
一気にまくし立てるものだから、何だかよく分からないけれどそうなのかもしれないという気持ちになってくる。
しかし、義務、ふむ、そうか、義務か。
義務なら仕方ない。
政略結婚したからには務めは果たさなくてはならないもの。
「かしこまりました旦那様。料理長の昼食は涙を飲んで諦めます。つまりは仲良し仮面夫婦を演じればよろしいのですね?」
「仮面はいらない。真実に仲良し夫婦になりたい」
きりっとした表情だけど、初夜のあのセリフを忘れたのかしら。
じっと見てるとブルルは口に手をあてコホンと一つ、咳払いをした。
「義務だからな」
耳まで赤くして言うセリフとは違うような気もするけれど、貴族は権力を行使する為に義務を負うもの。
義務ならば仕方ない。
「義務、ですね」
私もそれなりに応じましょう。義務、ですからね。
それから張り切ったマージに支度を手伝ってもらい料理長の昼食に後ろ髪を引かれながら馬車に乗り込んだ。
歌劇場ではいつの間に予約されていたのか、二階の特等席に案内された。
「友人がこの劇場の出資者なんだ」
なるほどこれがお金持ちのコネというやつか、と感心しながら観劇し、終わった頃にはハンカチを何枚もびしょびしょにしてしまった。
「よかっ……よかった、良かったわ。無事に変な夫と別れて真に愛してくれる優しい幼馴染と一緒になれて……」
「そ、そうだな……」
今回の内容は、お前を愛さないと言った旦那様との愛のない結婚生活に終止符を打ち、幼い頃から愛してくれていた男性と結ばれるというお話だった。
自分を見てくれない人よりも見てくれる人を選ぶのは当然だ。あとから素直になれなかったからなんて言われてももう遅い。
主人公の境遇が何だか私に似ていて、つい感情移入してしまった。
足りなくなったハンカチを差し出され、再び涙を拭いていく。
「つ、次はレストランに行こうか」
「アリアナ?」
気まずそうなブルルにエスコートされ、移動しようとすると声が掛った。
「グレイじゃない! 結婚式ぶりね」
「アリアナも見に来たのか。いい歌劇だったな」
その顔を見て、先程までの涙が一気に引っ込んだ。
彼──グレイ・ゴールドウインは私の幼馴染である。
彼の家が農作業に役立つ魔道具を作っているのでいわゆる取引先の令息だ。
「今日はデートかい?」
「ええ、旦那様、こちらはグレイ。農家向けの魔道具を作っているのでこれからお世話になることもあるかもしれません」
気のせいか、ブルルの空気が少しピリッとしているわ。
それでも柔和な笑みを浮かべてブルルはグレイと挨拶をした。
「アリアナの夫のブルールージュ・ディスティニアと申します。お目にかかれて光栄だ」
「グレイ・ゴールドウインです。アリアナのことはよく知っています」
にこにことお互い笑みを浮かべているのに、なぜかお互い握手の手に力がこもっているようだわ。
「そうだアリアナ、今から昼食だろう? いつものレストランに行かないか?」
「ゴールドウイン伯爵令息殿、今は夫婦の時間なのです」
二人は出会ったばかりだというのに、なんだか息ぴったりのような気がするわ。グレイが女性なら候補に加えることができたかもしれない、なんて私はひっそりと思っていた。
「ごめんなさい、そういうことなの。グレイ、またね」
「残念だな。アリアナ、またうちにも来るといいよ。……旦那様と一緒にね」
肩をすくめてグレイは引き下がって行った。
その様を警戒するようにブルルはじっと見ている。
「随分と親しげなんだな」
「そりゃあ、幼馴染ですから。旦那様、もしかして嫉妬ですか? 先程の歌劇に触発されたとか」
にやりとブルルを見てみる。確かに先程の歌劇は幼馴染の方を選んでいたけれど、まさかそれと重ねてみる、なんてあるはずが……
「そうだと言ったら?」
「……え」
からかったつもりだったのに、真面目な表情で返されたら驚きで固まるしかない。
「初夜での言葉は悪かったと思っている。だから……きみの交友関係に口出すつもりはないが、私たちは夫婦だから……」
その言い方はずるいと思う。だって、初夜で愛さないと言ったじゃない。
ブルルのくせに生意気よ。
真剣な眼差しに、不覚にも鼓動が早くなって、芽生えさせてはいけないものが私の心の奥で芽吹いてしまいそうになった。




