16.様子が変だぞ旦那様?
何かを言いたげなブルルとのお茶会からひと月後。
そろそろ寒さの将軍が目を覚ます頃、畑に生えた雑草を根こそぎ刈り取りながら考えごとをしていた。
「私に似た女性かぁ……」
初恋の女性の特徴をグリシーナ様にそれとなく聞いてみたけれど、大変冷たくあしらわれてしまった。
私も同じことをしているとは言えなかった。
ほんのちょっと、私だったかも、と思わないこともなかった。
私は碧眼ではあるけれど赤毛でウェーブがかっている。容姿が合致しないので早々に候補から除外された。
ドングリの木に登ったときに何も言わなかったのが決定打になった。
あの場所は私のお気に入りで、ある意味聖域でもある。何も言わなかったという事は、ブルルの心象風景には既に最高の物が焼き付いているのだろう。
悔しい。私も見てみたい。
その木がどんな木で、どんな景色かは幼少の思い出で更にからかわれたから忘れたい記憶として彼方に葬り去ったから覚えていないらしい。
頭を殴ったら思い出すかしら。
「難しい顔になっておりますよ、奥様」
「うひゃあぁあ」
後ろから話し掛けられて心臓が口から飛び出そうになった。
「お、驚かせないでよ、マージ!」
「奥様のことですから、どうせ旦那様が幼少期に見た木の上からの景色を見てみたいとかお考えなのでしょうが」
「な、なぜそれを……」
「おそらく奥様は見たことがございますので、物騒な考えはお止めください」
私の考えがスケスケな上、私が見たことがあるという考察。
マージは私の知らない何かを知っているのね……?
マージ、恐ろしい子……!
「心配しなくても実行しません。お飾り妻としての心得に反します」
「差し出がましいようですが、奥様。そろそろ愛人だの第二夫人を探すなんて不毛なことは止めて、旦那様と夜戦をすべきではございませんか?」
ブチィッと音がするくらいに大きな草を刈り取った。
マージさんは今なんと言った……?
「共寝をしているのにシーツに乱れも汚れも無いのは存じております。大方奥様から拒絶のオーラが出ているのでしょう」
「んなっ……なっ……」
「旦那様は夜な夜な……おっとこれ以上は明るいうちに話すことではございませんが。とにかく、旦那様は奥様以外にうつつを抜かすような方ではございません。そろそろ向き合ってはいかがです?」
お姉さん的存在のマージに言われ、返す言葉も出ない。
ブルルは何度言っても一緒に寝ることを止めない。
最近は少しは眠れているようだけれど、夜中にこそこそ起きて出て行ってしばらく帰って来なかったり。
それ以外でも妻として尊重してくれているのは分かっている。
積極的に領地に連れて行ってくれて、領民と一緒に作業するのも最近は何も言われなくなった。
正直、沸騰した鍋に無理やり蓋をしているような状況の私の気持ちはぐらぐらと揺れている。
「好きになって、裏切られたときが悲しいじゃない……」
そんな本音が吹きこぼれて、マージは小さく溜息を吐いた。
「そうやって虚勢を張って、旦那様に本当に愛人ができたらどうするのですか?
呆れられる前に改心なさいませ。そして政略結婚の大前提である後継を設けなさいませ」
マージの言うことは尤もだと思う。
ブルルの恋を応援する振りをして気にしてる。
我ながら嫌な女だと思っている。
ブルルに最初から愛人がいたり、愛人にかまけて私を蔑ろにする人だったなら乱されずに済んだのに。
その夜、いつものようにベッドに上がり掛布をはぐると、湯浴みを終えたブルルが入ってきた。
「寝るのか」
「ええ」
「……そうか」
………………
二人の間に沈黙が流れた。
「アリアナ」
「ふぁいっ!?」
ぎしっ、とベッドに重みが加わる。
『後継を設けなさいませ後継を設け後継を後継コケコッコー……』
昼間のマージの言葉が頭を駆け巡り、意識して顔が熱くなる。それを悟られまいと咄嗟に顔を髪で隠すようにしてうつむいた。
「アリアナ、……しばらく、俺は別で寝ようと思う」
「……えっ?」
再びぎしっ、と音がして、ベッドが軽くなった。
待って、と伸ばした手は空を掴んだ。それが心許なくて、理由も聞けないままブルルは寝室を出て行ってしまった。
気付けば当然のように朝がやってきた。
「おはようございます、奥様」
扉を叩く音がして、マージが入室した。
ベッドに呆然と座っている私を見てぎょっとして、小走りに駆け寄ってきた。
「奥様、しっかりしてくださいませ」
「マージ……」
「昨夜はお一人でいらしたのですね」
「しばらく……別で寝ようって」
あれ?
それは望んだことで、本来ならば気にしなくていいはずなのに。
「旦那様は既にお仕事に行かれました」
「……どうして……」
朝は相変わらず使用人たちと食べていた。
最初は空気のようだったブルルだったけれど、少しずつ会話にも加わって、使用人たちの要望も積極的に聞いていたのに。
「お忙しいのだと、セバスさんがおっしゃっていました。何か事情があるのだと思います」
マージが気を遣ってくれるけれど、寝不足の思考では追いつかない。
結局食事は部屋に持って来てもらって食べた。
いつもの美味しい料理長の食事なのに、味がしなかった。
その後ぼんやりと過ごしていると、私に来客があるとセバスさんにお伺いされた。
誰とも会う気にはなれなかったけれど、一人でいるのも思考回路がショート寸前だったのでちょうどいいと会うことにした。
「よっ。……なんだよ、酷い顔してんな」
「グレイ……」
来客がグレイでホッとした。少なくとも取り繕わなくていい相手なので気が楽だ。
「どうしたの?」
「どうした、って、……ちょっと人払いしてもらってもいいか?」
真剣な眼差しが気になって、そばにいたマージと護衛に下がってもらった。
部屋の扉は開けたままで、私達を見張る体制でいてもらう。
それを確認して、グレイが話し始めた。
「こんなことを言うのもどうかと思ったんだが、最近、ディスティニア侯爵が女性と二人で歩いているのを見たんだ」
それは私が望んでいたことだった。
けれど、実際そうなったと聞けば刺すように胸が痛んだ。
「仲良さそうに腕組んで、カフェに入って行った。見間違いかと思ったんだが後をつけて……」
「話はそれだけ?」
「えっ? いや……」
「わざわざ報告をありがとう。マージ、お客様がお帰りです」
「ちょ、アリアナ!」
「それが事実かどうかはこちらで精査いたします。できれば公にはしないでほしい」
グレイに言うだけで声が震えそうになる。
「ごめん」と言うと、グレイは部屋をあとにした。
その後の私の行動は早かったと思う。
マージにセバスさんを呼んできてもらって、グレイの密告を共有した。
するとセバスさんは密偵を派遣しましょうと言ってくれた。
大体どこの貴族家にも密偵はいるらしい。
早速調査を頼むと、すぐに成果を持って来てくれた。
「なんだ、そういうことか」
あれだけぐらぐらと沸騰していたのに、密偵の報告を見た私の気持ちは、氷水を浴びせたかのように静かになった。
ブルルと茶色のストレートヘアの女性が笑顔で談笑し、丁寧にエスコートをしている様が、魔道具で撮ったものに写し出されていたから。




