第1章 第2話 追放された勇者
「さっそくお出ましだな」
ギルを追い出し数時間。魔王討伐のために森を進んでいると、現れた。岩の身体を持つタカのような生物、ロックホーク。その大きさは羽を除いても十メートルはあり、羽ばたくだけで木々が倒れ小さな嵐が巻き起こる。中堅の冒険者ですら逃走一択の上級モンスター。以前のパーティーならそれでも問題なく倒せていたがはたして……。
「念のため撤退用の魔法陣を組んでおく。頼んだぞ」
「かしこまりました、勇者様」
「りょうかいです!」
パーティーメンバーにこの場を任せ、アイテムを使って魔法陣を組んでいく。もちろん二人が倒せるならそれに越したことはないが、驕るつもりはない。このパーティーを支えていたのは、俺たちが追放したギルだ。
「いきます。『魔力強化』!」
魔力強化のバフ魔法を唱えたのは、聖職者のガラベル・ブラカ、通称ベル。支援や回復魔法……いわゆる白魔術を得意とするメンバーだ。
「ちょっと全然弱いんだけど!?」
「ごめんなさいでもいつも通りです!」
だが魔法をかけた先の仲間にさっそく文句を言われてしまった。それもそのはず。ベルは勇者パーティーどころか、初心者パーティーにも入れないくらいの実力しかないのだから。
ベルは元々この国の各地でライブ活動を行うアイドルだった。しかしどこまでいっても中堅以上には行けず、事務所が苦肉の策で絞り出したのが勇者パーティーへの加入。
聖職者らしいシスターのような格好をさせているが、ノースリーブにスリットが大きく開いた露出度の高いコスプレに近いもの。数日教科書を読んで覚えた魔法ではこれが精一杯だろう。
「まったく……せんぱい! これ失敗してもバニラのせいじゃないですからね!?」
そしてわずかばかりのバフを受けた魔導士のバニラ・タキカが俺に言い訳をしてくる。やる前にできないと言うのも情けないが、これもまた仕方ない。
「『電気』!」
バニラが持つ純度の高い真紅の魔法石が埋め込まれた杖から雷属性の最も弱い魔法が放たれる。とはいえバフがかかってるんだ。当たりさえすれば……。
「せんぱいどうでしたー?」
「無傷……いやうーん……ごめんフォローしようと思ったけど無理だ全然無傷」
雷の魔法は見事ロックホークに命中したが、焦げすらつかない完璧な無傷。だがバニラもベルも責められない。
バニラは俺と同じ村出身の一個下の後輩。普通の宿屋の一人娘として育ち、何てことはない普通の学校で普通に過ごしてきた。
だが突如村を襲ってきた一体の吸血鬼により眷属にされ、人としての一生を終えた。
「ここはもう勇者様に任せるしかありません」
「せんぱーい! 頼みましたよー!」
「あのなぁ……」
背中の聖剣を引き抜き構える。ここで初めて静観していたロックホークが動きを見せる。木を大きくなぎ倒しながら飛び上がった。
「悪いな鳥公。勇者として負けるわけにはいかないんだ」
ロックホークの攻撃手段は一つ。その体躯を活かした突進のみ。つまりカウンターで剣を当てさせすれば勝てる。逆にまともに食らえば死……うん。
「全員退避!」
俺たちは一目散に魔法陣に飛び込み、この場を後にする。敵前逃亡の極致。だが勝ち目がゼロなのだから仕方ない。俺に高速飛行する生物にカウンターを決めるなんて技量があるはずがない。
俺もバニラと同じ、普通の村で普通に生きてきた。たまたま吸血鬼にされたバニラを止めるために抱きついたところ、生まれつき退魔の力を持った勇者であることが発覚しただけ。
つまりは俺もバニラも数ヶ月前までただの一般人だった。そんな奴の剣術や魔法が上級モンスターに通用するわけもない。
たまたま勇者だった俺。唯一モンスターから人に戻れた奇跡の子としてバニラ。事務所の売り方で選ばれただけのアイドル、ベル。そして社会的地位ほしさにテイマーの洗脳能力でパーティーに無理矢理入ったギル。四人の勇者パーティーが誕生した。
そんな経緯があったんだ。自分たちの力が優れていると驕るわけがない。ギルのテイマーの能力がなければ、俺たちは初心者パーティーにも劣る実力しかないのだ。
「みんな、無事か?」
「はい、なんとか」
「死ぬかと思った……」
魔法陣に飛び込んだ俺たちが辿り着いた先は、王宮。勇者パーティーのために用意された部屋だ。ここを拠点として活動していたわけだが……。
「なんでお前がここにいるんだ? ギル。それに国王様も……」
転移した先にいたのは、追放したはずのギルとこの国のトップ。しかも二人とも何やら難しい顔をしている。
「どうやらお前さんの言う通りじゃったな、ギルくん」
「ええ、だから言ったでしょう? 数時間もしないうちに逃げ出すだろうって」
おそらくギルも追放された直後魔法陣を使ってここに戻ってきたのだろう。そして国王に告げ口をした。
「おい、ギル。国王様に何を言った?」
「なにって、ありのままだが? それに国王様だけじゃない。この辺りの人々全てにもう伝えてある。お前たちが自分の力を過信して俺を追放したってことをな!」
……やはり。そうなるか。
「バニラ、ベル」
「「はい」」
二人に手を差し出すと、彼女たちが指にしゃぶりつく。テイマーの獣を操る力を極限にまで活かした人間への洗脳術。防ぐには退魔の力を体内に直接注ぎ込むしかない。だがその行動がギルの怒りを買った。別の意味で。
「俺が邪魔だったんだろ? 勇者アッシュ・ジャドー。女二人を独占するために、俺を追放した。それがこの様だ。情けないなぁ、アッシュ」
ああそうだ。俺は情けない。だがそれでも勇者なんだ。その意味を全く理解していない。
俺たちパーティーは国が魔王対策をしているというパフォーマンスのために組まれたものだ。千年以上達成されなかった魔王討伐。それが数百万人に一人生まれる勇者を擁立したところで急にできるはずもない。
だが何も対策しなければ、民の反乱が生まれる。仕事しているアピール。それが俺たちの存在意義だ。
褒められたものじゃないが、それでいい。民を欺こうが、俺たちの存在が人々の心に少なからず安寧を生んでいる。ならばそれは責められるものではないだろう。それをこいつは、個人の恨みで踏みにじったんだ。そしてそうなれば、国王も嫌々ながら動かなければならない。
「勇者アッシュよ。お前さんは勇者という身でありながら、仲間を裏切った。その罪は大きい。そこでお前さんたちには罰を与える」
「……罰?」
「ああ。ここから遠く離れた迷いの森にのみ生まれる魔法石、『コア』。それを採取してきてもらおう」
迷いの森……ねぇ。人が踏み入っただけで森が変化し、入口に戻される不思議な森。その奥地に存在する伝説の魔法石、コアの採取。理論上は可能ではあるが、それを達成するのにどれだけの時間がかかるか。
ようするに時間稼ぎがしたいんだ。勇者の仲間への裏切りは、テイマーの力によって人々に深い爪痕を残した。当然矛先は任命した国王にも向く。そこで新たな勇者を探さなければならないが、勇者の数は国民一千万人に対し、数百万分の一。それを探すための時間がほしいというわけだ。そして見つかったら俺たちはお払い箱。つまりこれは、実質的な追放だ。
「わかりました」
だが今の俺たちに拒否権はない。黙って頷く以外の選択肢はないんだ。それに。
「予想通りだな……」
ここまでは全て俺のギルを追放した後の予測通りに進んでいる。
「言っただろ? アッシュ。どっちが負け犬かはすぐにわかるってな」
勝ち誇った顔のギルに何も答えず、俺たちは王宮を出た。