第87話 盾は投げるものじゃないの?
盾を投げる人はおいらも大好きです(=゜ω゜)ノ===✪)`Д゜).・;'
その雄叫びを聞いた時、慎也は全身に冷たいものが走ったのを感じた。
ぞわっ、という感覚。
本能が彼に告げている。
ヤバい、と。
元の世界、地球において、慎也は度々、『父親』に熱帯雨林――いわゆるジャングルと呼ばれる場所に連れて行かれ、そこで、サバイバル技術などを(無理矢理)学ばされた。
当然、動物を狩ったこともあるし、草食動物が天敵である肉食動物に捕食されるところも見たことがある。
その時に、何度もこれと同じ雄叫びを聞いた。
罠で、あるいは弓矢などによって傷を負わされた獣の叫び。
肉食獣に喰らい付かれ、死にもの狂いで抵抗する、断末魔にも似た絶叫。
天敵から我が子を守ろうとする、親の咆哮。
野生の獣が、生きる為に、死力を振り絞る際に上げる、命の叫び――
それが、オークたちの喉から迸った。
叫びを聞かずとも、オークたちの必死さはその表情からも知れた。
なにがなんでもこいつらを殺す――
絶対に生き延びる――
そんな鬼気迫る必死さが、その表情にはあった。
「油断するな、全力で殺せ!」
我知らず慎也は叫んでいた。
本来なら、この戦いでオークの戦闘能力を試す傍ら、セリシエルの実力を確かめておきたいという思惑もあったのだが、慎也はそれらを即座に放棄した。
手負いの――生きる為の戦いに臨む獣ほど恐ろしいものは無い。そのことを経験から知っているが故に、慎也は突進してくるオークたちに対する侮りや、レベル差から来る余裕は一切捨て去った。
慎也の声に含まれた尋常ならざる緊迫感に、他の仲間たちも緊張の度合いを強める。
鬼気迫る。そんな言葉がぴったりの形相で向かって来るオークたち。その背後から、オーク・アーチャーが矢を放った。狙いは前衛中央――慎也だ。ゴブリン・アーチャーとは比較にならない速度で、しかも正確に心臓目掛けて迫りくる矢を、慎也はイクサを抜き放つと同時に叩き落した。オーク・アーチャーの顔に驚愕の色が浮かんだのが微かに見えた。
「《氷の槍》!」
「《聖なる槍》!」
「……!」
お返しとばかりに、こちらの後衛が反撃を放つ。
結衣とユフィアの氷と光の槍と、シアーシャの放った矢が、突進してきたオークたちのそれぞれ胸や頭を穿ち、一瞬で3匹を絶命させた。
だが、それでも残ったオークたちの足は止まらない。仲間の死体を踏み越え、しゃにむに突進してくる。
(仲間が殺されても動揺すらしない。なにがこいつらを突き動かしてるんだ!?)
狂気じみた形相に血走った眼。尋常ならざるなにかが、オークたちを支配している。
(まあなんにせよ、やることは変わらないけどな!)
後衛の活躍で3匹のオークが討ち果たされ、残りは4匹。うちオーク・リーダーを含めた3匹が前衛組と正面衝突する形で突っ込んでくる。
まず最初に接触したのはフェルナだ。
その場から1歩も動かず、槍を掲げるようにして上段に構え、オークを迎え討つ。
突進の勢いのままにオークが突き出した剣を、フェルナは振り下ろした槍の石突で叩くようにいなし、次の瞬間には、石突の後を追うようにして降ってきた穂先がオークの首を深々と斬り裂いた。首を半ば以上切断されたオークは、傷口から噴水のように鮮血を噴きながら、断末魔を上げることも出来ずに絶命して倒れた。
「えいっ!」
フェルナの反対側では、真正面から芸も無く突っ込んできたオークに対し、攻撃される前に素早く間合いに飛び込んだセリシエルが、可愛らしい掛け声と共にシールドプッシュでオークの顔面を殴りつけていた。鼻と前歯を折られ、衝撃と激痛にオークが苦鳴を漏らして後退した刹那、小剣の一撃で深々と胴を斬り裂かれて倒れた。HPも完全に0になっている。
ブギィ!!
慎也に向かって来るのは、ひと際大柄なオーク・リーダーだ。
手斧を大きく振り被り、そのまま突進して振り下ろすのかと思いきや、慎也との距離がまだ離れている状態で彼に向かって投げ付けてきた。
(避けたらユフィアに当たる!)
飛んで来る手斧を避けることは出来た。が、慎也の真後ろにはユフィアがいる。真正面から投げ付けられた斧を避ければ、当然ユフィアに当たってしまう。
刹那の間に判断した慎也は、回転しながら飛んで来た手斧を刀で叩き落した。
このわずかな間にオーク・リーダーは慎也との距離を詰めていた。
目前まで迫ってきたオーク・リーダーが、雄叫びと共に慎也に向かって拳を放つ。だが、<格闘>スキルもなにもない、単なる無造作な拳など慎也がくらうはずも無く、あっさりを身を横へずらして躱す。身体ごと当たりに来たオーク・リーダーは、何故か慎也には目もくれず、彼の横を全速力で通り過ぎようとして――
「それは甘いだろ」
すれ違いざまに魔法銃でこめかみを撃ち抜かれ、突進の勢いのまま地面に倒れ伏して死んだ。
これで残るはオーク・アーチャーのみ。
ブギィ!?
全員の目が一斉に向けられると、オーク・アーチャーは引きつった、怯えた表情を浮かべ、回れ右をして元来た方へ逃走を始めた。
当然、そんなことを慎也たちが許すはずも無く、慎也は銃を、結衣が杖を、シアーシャが矢を逃走するオーク・アーチャーの背に向ける。
「任せてほしいんだよ!」
そんな彼らをセリシエルがやる気の満ちた声で制した。
自分がやるので、手は出さないでほしい、と――
セリシエルにとっては、冒険者としての初めての実戦だし、ここは任せてみようと、慎也たちは頷きあった。その間にもオーク・アーチャーは逃走を続けており、すでに結構な距離が開いている。
(光魔法を使う気か? それとも、飛んで追いかけるのか?)
そんな慎也の予想は完全に裏切られることとなった。
セリシエルは左腕に装着していたスモールシールドを徐に取り外し――
「とぉりゃぁぁぁああああ!!」
どこか間の抜けた掛け声とともに、フリスビーの要領でオーク・アーチャー目掛けてぶん投げた。
回転しながら、放物線を描くように宙を滑空するスモールシールドは、逃げるオーク・アーチャーの首を正確に捕らえた。
ボキリ、という乾いた音が慎也の耳朶を打ち、首をおかしな角度に曲げたオーク・アーチャーがHPを全損させて倒れ伏した。
「大命中なんだよ!」
見事盾を命中させたセリシエルが、その場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを露わにしているが――
「大命中なんだよ――じゃない!」
「あいたぁ!」
背後から慎也の容赦無い手刀がセリシエルの脳天に炸裂した。
「盾を投げる奴があるか! なに考えてるんだ!?」
本来、身を守る為の防具である盾を投擲武器の如く敵に投げ付けるという、目を剥くような行為を慎也が咎める。
実際、セリシエルが投げた盾はオーク・アーチャーに命中して仕留めることこそ出来たものの、その後は跳ね返って草むらに落ちたままだ。ここでもし、新手のオークが現れれば、セリシエルは盾が無い状態で戦わなければならないし、下手をしたら投げた盾を奪われることもあり得る。
「シンヤさんの言う通りですよ、セリスさん」
「そーだよ。盾を投げちゃダメだよ」
フェルナや結衣もやんわりとセリスを叱る。
「盾は投げるものじゃないの?」
「違いますよ!」
「盾は投げるものじゃなくて、身を守るものだから、手放しちゃダメだよ!」
可愛らしく首を傾げるセリシエルに、ユフィアとシアーシャが言った。
どうやら盾は身を守る防具であると同時に投擲武器かなにかだと思い込んでいる様子だ。
「……なあ、セシル」
その事実が少し気になって慎也は彼女に尋ねた。
「なーに?」
「どうして盾は投げるものだと思ったんだ?」
すると、セリシエルは少し驚いた顔になった。
「んー? ……良く判んない」
少し考え込んだ後、彼女はそう言った。
「なんとなくだけど、誰かにそう教えてもらった気がするんだよ」
首を傾げながらそんなことを言う。
どうやら記憶を失う前に、誰かに吹き込まれたらしい。いや、吹き込まれただけではないだろう。さっき盾を投げた時の見事な投擲技術や命中率、<投擲>スキルのレベルの高さから、相当練習していたことが伺える。
「理想としては、盾を投げて、敵にぶつけて、それで跳ね返して他の敵にもぶつけて、最終的に手元に戻って来る、みたいな?」
無邪気に言うが、そんなことが本当にできたら神業だろう。
「ダメですよ、そんな使い方してたら、盾がすぐに傷んでしまいますから」
「そうだね。ただでさえ傷みやすい防具なんだから」
「セリスさんは前衛の、それも盾役なんですから、自分からその生命線を投げたり、壊れやすい使い方をするのは感心できませんよ?」
「そうだね。後衛組も安心できないしね」
などと、ユフィア、結衣、フェルナ、シアーシャから総スカンを喰らい、セリシエルはしょぼーんとなって「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝った。
「……」
だが、慎也だけはあえてそこには加わらず、胸の裡に芽生えた小さな違和感――いや、予感とも言った方が良い可能性について考えていた。
もしこれが元の世界――地球での出来事だったなら、慎也はこう答えただろう。
――映画の見過ぎだ、と。
慎也は地球で見た映画の中で、いまセリシエルが言ったようなシーンを何度か見たことがあった。
盾で相手を殴ったり、投げてぶつけて倒す主人公の活躍する、コミック原作のヒーロー物のアクション映画。
なにしろその映画のタイトル――主人公の名前を冠する国に住んでいたのだから。
さっきのセリシエルの言葉は、まさにその映画のワンシーンをそのまま言い表したかのようだった。もちろん、この世界の住人であるセリシエルがそんなことを知るはずが無い。
となると、気になるのはセリシエルにそれを吹き込んだ人物だ。
慎也が感じた可能性――
セリシエルに、盾を投擲武器として使うように吹き込んだのは、慎也と同じ映画、あるいは漫画を見たことのある人物なのではないか――
(まさかな……)
頭を振ってその可能性を振り払う。
「慎也君?」
その様子に気付いた結衣が、不思議そうに声を掛けて来た。
「なんでもない。とにかく、今後盾を投げるのは禁止だ。判ったな?」
「……むー、わかったんだよ」
すっごく不満そうにしながらも、セリシエルは頷いた。
「……まあ、そんなに投げたいのなら、もっと頑丈な盾に替えて、あと、これくらいは出来るようにしてからにしろ」
そこまで言った慎也が、先程セリシエルが盾を投げた方に手をかざすと、草むらの中に落ちていた彼女の盾が独りでに宙を舞い、慎也の手の中へと飛んで来た。
《見えざる手》で盾を引き寄せたのだ。
「わっ! すごいんだよ! いまの魔法、私にも教えてほしいんだよ!」
手放した盾が手元に戻って来る。先程セリシエルが自分で語っていた理想の一端を目の当たりにして、子供の様に目を輝かせながら慎也に詰め寄ってくる。
「……時間があったらな」
「本当!? 約束なんだよ!」
セリシエルの熱意に押され、目を反らしつつ適当に流そうとした慎也だったが、彼女にはしっかり言質を取られてしまったようだ。
「とにかく、いまは盾よりオークの方だ」
おかしくなったその場の空気を換えるべく、慎也はセリシエルに盾を押し付け、足元で死んでいるオークたちを指して強引に話題を変更した。
「そうですね。いまはオークのことが最優先です」
フェルナも頷いて慎也の話題変更に乗った。
「オレはオークとやり合うのは初めてだったけど、こいつらなんか様子がおかしくなかったか?」
と、先輩であるフェルナとシアーシャに尋ねた。
これまで慎也たちが戦ったことのある人型の魔物はゴブリンだけだ。だが、群れと戦ったことも何度もあったが、その時に比べ、今回のオークは明らかに様子が違った。
なにか、鬼気迫る必死さが伺えた。
「そーだね。物凄く必死な様子だったね。なんていうか、奥さんの出産に急いで駆け付けようとしてる旦那みないな」
「そう言う例え話、心が痛むから止めてくれ」
妙に具体的で、その上こちらの良心を抉るようなシアーシャの例え話に、慎也は苦い顔をして苦言を申し立てる。
「でもこの場所で遭遇したということは、やっぱり例の廃村がオークたちの住処になってる、ってことですよね? このオークたちはその見回り」
「それもあるけど、このオークたちがひとつの群れで、たまたまこの辺りをうろついていた、って可能性もあるかもだよ?」
ユフィアと結衣が冷静に意見を述べた。
確かにいずれの可能性もあり得る。だが、子供のオークが目撃されている以上、近くに集落があるのは間違い無い。そしてそれは例の廃村である可能性は高いままだ。
「……こいつらが何故あんなに必死だったのか、それについてはいま考えても判らないだろう。取りあえず当初の目的に従って、集落の調査を優先しよう。フェルナ、廃村まであとどのくらいだ?」
「えーっと、まだもう少し距離があります。このオークたちが集落の見張りか巡回だったにしては、距離が離れすぎてる気がします」
となると、やはりこいつらは集落とは関係無い群れだったのか、もしくは巡回だったものがうっかり集落から離れすぎてしまっただけなのか。
(集落から離れすぎて帰り道が判らなくなって焦ってた、ってことは無いか)
どうにもオークたちが必死な様子だったことが気になって、自分が納得できる理由を見つけようとするが、いまいち納得できなかった。
「じゃあセリス、空から廃村を偵察してきてくれ。もし廃村がオークの集落になっていた場合、どのくらいのオークがいるのか、おおよその頭数を調べてきてほしい。ただし、あまり近づかず、見つからないようにな」
「了解なんだよ!」
元気よく返事をしたセリシエルは、すぐさま背中から翼を生やすと、廃村のある方へと飛んでいった。
「私たちはどうするの?」
セリシエルが見えなくなったのを見計らって、結衣が尋ねて来た。
「取りあえずオークの死体を全部<共有無限収納>に回収しよう。血の匂いに釣られて他の魔物が来たら厄介だ」
「判りました。魔晶核の取り出しは後回しですね」
ユフィアが慎也の意を悟って頷いた。
◇◇◇
「大変大変大変! 大変なんだよー!!」
手早くオークたちの死体を回収し終え、その場で休憩を取っていた慎也たちの元に、血相を変えたセリシエルが飛んで来たのは、彼女が飛び立ってから10分ほど経った頃だった。
予想以上に早い帰還に、慎也は眉を顰めた。
もし廃村にオークがいた場合、その数を数えて来るように、と慎也はセリシエルに言いつけていた。仮に廃村がオークの集落と化していたとして、その数を数えていたにしては戻って来るタイミングが早すぎる。
なにより、セリシエルの慌て様はただ事ではない。
「シンヤ、たいへわわっ!」
「落ち着け、セリス。どうしたんだ? オークがいたのか?」
よほど急いでいたのか、着地に失敗して転びそうになったセリシエルを支えながら、慎也は冷静に尋ねた。
「オーク、いたんだよ!」
帰ってきた答えは予想通りのものだった。故に慎也たちに慌てた様子は無い。
「やっぱり……それで、セリスさん、オークはどのくらいいたんですか?」
フェルナが聞くと――
「1匹もいなかったんだよ!」
「……はい?」
訳の判らない答えに、フェルナは怪訝な顔になった。彼女だけではない。セリシエル以外の全員が。
「どういうこと? 廃村にオークがいたんじゃないの?」
「いたんだけど、そうじゃなくて、えーっと、あの――」
シアーシャが尋ね返しても、セリシエルはよほど慌てているのか、混乱していて答えになっていない。
「セリスちゃん、落ち着こうね。深呼吸して」
「ひっひっふー……ひっひっふー……」
(それは深呼吸じゃなくてラマーズ法だろう)
結衣に促され、セリシエルは気を落ち着けようと呼吸を繰り返すセリシエルに、慎也は思わずツッコもうとしたが、取りあえず彼女を落ち着かせるのを優先させる為、あえて黙った。
「うん、落ち着いたんだよ」
その甲斐あってか、割とすぐにセリシエルは落ち着きを取り戻した。
「よかったね。それで、なんであんなに慌ててたの?」
「うん、それなんだけどね――」
一拍開けて、セリシエルは説明し始めた。
「この道をもう少し行った先、川のすぐ側に村があって、オークが住み着いていたみたいなんだよ」
道の先――廃村のある方を指さしながらセリシエルは言った。
やはり廃村がオークの集落になっていた、ということだ。
それに関してはなんの不思議も無い。だがいまのセリシエルの言葉の中には気になるものがあった。
「住み着いていた……?」
慎也はついいまし方聞いたセリシエルの言葉を反芻した。
住み着いている、ではなく、住み着いていた――つまり、過去形なのだ。
「うん、そうなんだよ!」
セリシエルは頷いて続ける。
「上から偵察してみたら、村は滅茶苦茶に壊されてて、オークもみんな殺されてたんだよ!」




