第13話 暖かい場所
「お嬢様!やりましたよ~!!」
僕は勢い良く家の扉を開け、込み上げる喜びに頬を緩めながら大きな声で叫んだ。経験値のことはひとまず置いといて、今はこの喜びをお嬢様方と分かち合うのが先だ。
「ユウリ、おかえり。どうしたの?今日は早かったわね」
玄関の壁の向こう側からルーシェ様が、不思議そうにその顔を覗かせる。
「ルーシェ様、やったんです!ほら、見て下さいよ!」
僕は鞄から銅貨の詰まった小さい袋を取り出すと、ルーシェ様にその袋の口を拡げて見せた。
「……こ、これって、まさか全部銅貨なの?」
「そうです!僕が今日稼いだ分です。これだけあれば、四日は食事の心配いりませんよ!」
その大きくて、綺麗な瞳を丸くしているルーシェ様は少し固まった後、僕に抱きついてきた。
「やったじゃない!これで今日はスープじゃなくご馳走ねっ!!」
「わぁ!?ちょっとルーシェ様!?」
首に手を回し、身体を密着させてくるルーシェ様。スープ以外の物を食べられるのが、余程嬉しいのか笑顔だ。
その決して小さくはない、柔らかな胸が僕に押し付けられる。僕はその感触にたまらず顔を赤くした。
「 ル、ルーシェ様。その当たって、ますので……」
「……えっ?」
屈託のない笑顔で抱きつき、ひたすら喜んでたルーシェ様の顔がみるみる赤くなる。その耳まですっかり染め上げられた。同時に振り上げられるルーシェ様の右手。
(あっ、これって―)
そして次の瞬間それは飛んできた。ルーシェ様の怒声とともに。
「ば、馬鹿ユウリッ~~~~!!!!」
「そんな理不尽なっ、……ぎゃああああっ!?」
振り下ろされた平手は僕のほっぺたにクリーンヒットした。強烈な一撃に僕はふらふらだ。グリーンラビッドの突進攻撃より痛いぞ、これ!?
「あ~!!ルーシェ姉様がユウリぶったぁ!いけないの!」
壁の向こうからミリヤ様が姿を顕している。だがその姿に僕は固まった。
一糸まとわぬ姿のミリヤ様。湯気が立ち昇る濡れた藍色の長い髪に、上気した白く透き通った肌。胸の膨らみが慎ましくも存在している。僕はその姿に呆けて、佇むことしか出来なかった。
「ユウリ!今すぐ後ろを向きなさいっ!!」
「はいっ!!」
ルーシェ様の命令に固まった意識は解け、直ぐ様に従う。電光石火の如く僕は凄まじい勢いでうしろを向いた。
「ミリヤ、まったくもう、何やってるのよ!?直ぐに服を着なさい!!」
「あらあら。いけませんよ、お風呂から飛びだして。体を拭かなきゃ」
後ろからルーシェ様とアリシア様の声が聞こえてくる。どうやらミリヤ様は、僕が帰ってきたことでお風呂から飛び出してきたようだ。出迎えてくれるのは嬉しいが、しっかりと体を拭いて着替えてからにしてもらいたい。
「じゃあミリヤ、ユウリに拭いてもらう~!」
「はいっ!?」
「馬鹿なこと言わないでさっさと拭きなさい。風邪引くでしょ」
何やらズルズルと引きずられる音がする。恐らくだがアリシア様がミリヤ様を引きずっていったのだろう。僕はその光景を見ていないが、ミリヤ様の「やだ~」という声がどんどん遠ざかっていく。
「ユウリ、もうこっち見ていいわ、……ってあれ?あんた鞄のそれどうしたの?」
その言葉に僕は震える。そうだった、忘れていた。お嬢様方に報告しなければいけないことが、まだあったんだ……。
僕は喉を鳴らし、もう一発貰っても大丈夫なように覚悟を決める。
「すみません!その、魔物に襲われて、噛みつかれて破けました!!」
振り向き様に全力で、頭を下げながら謝る。土下座も考えたが、多分この世界じゃ通じないだろう。
ルーシェ様の足音が迫ってくる。その早い足音に僕は全身に力を込め、いよいよ耐える準備をする。
そして肩を強く掴まれた。
「大丈夫なの?怪我はない?」
(あれ?)
僕は強く瞑っていた目と身体を脱力させた。もう一発来るものだとばかり思っていた僕は、肩すかしを喰らった状態だ。
ルーシェ様はそんな素振りもなく、僕の身体を頭の先からつま先まで注意深く見ている。ぐるり、ぐるりと回される僕の身体。
「け、怪我はしてませんので、大丈夫ですよ。ルーシェ様」
「……ほんと?それなら良かったわ」
ルーシェ様はほっと一息つくと、僕の手を引き家の奥へと連れて行く。リビングに着くと僕をソファーに座らせた。
「鞄を見せてみなさい。多分そのくらいなら直せると思うから」
「ほんとですか!?」
僕はすぐに鞄をルーシェ様に渡す。ルーシェ様がその鞄を手にとって、じっくりと確認する。
「うん、このくらいなら大丈夫ね。でも布と糸と針がいるわ。布切れならあるけど、綺麗に直すのなら、似た布を買って修復したほうが良さそうね」
「……やっぱり、お金かかりますよね。すみません」
せっかく稼いだお金から早くも、出費しなければならないことに肩を落とした。
「そんなに落ち込まないの。大丈夫よ、布と糸と針くらいなら全部で銅貨五枚くらいでしょうし。ユウリが稼いでくれた分に比べれば、必要経費として安いもんだわ」
ルーシェ様の言葉に僕は安堵する。もっとかかると思っていたが、その程度で済むのなら御の字だ。
「あら。どうかしたの?」
アリシア様がミリヤ様に服を着せ、戻ってこられた。ミリヤ様はさも当たり前のように、僕の膝の上にお座りになる。
「アリシア姉様、ユウリがすごく稼いできたの!でもまた無茶したのか、鞄が破けちゃって。見た限り直せると思う。でも布と糸と針買わなくちゃいけないんだけど、いいよね?」
「あら、そうなの。もちろんいいけど、今日はもう暗くなるし、遅いから明日買いに行きましょう」
「やっぱり明日ですか……。だとしたら直るまでダンジョンいけませんよね?」
僕は申し訳無さで少し項垂れる。
「そうねぇ。さすがに鞄無しで、ユウリにダンジョンを潜らせたくないし……」
「だったらユウリ、明日は買い物に付き合いなさい!わたしの護衛よっ!!」
「ええっ!?まあ、いいですけど……」
「じゃあ決まり。明日はわたしとユウリで買い物行ってくるから、アリシア姉様とミリヤはお留守番ね!」
語尾を若干強調しているルーシェ様。そういえば久しぶりに買い物に行く気がする。ここ最近、ダンジョン通いばっかりだし。
「ええ~!ミリヤも行きたいっ!!」
「駄目よ!あんたが一番来なくていいんだからっ」
僕の膝から降り、地団駄を踏むミリヤ様。それを一蹴するルーシェ様の瞳が少し怖い。まるで邪魔する者は容赦しないといった様相だ。
「そうね。じゃあ、明日はユウリとルーシェにお買い物をお願いするわ。ミリヤはわたしとおうちでお勉強よ」
その言葉に増々、嫌な顔をするミリヤ様。このままじゃ不機嫌になりそうだ。
「ミリヤ様、大人しく待っていて下さい。その代わり明日は僕が美味しいお料理を作ってみせますよ!」
咄嗟に口が動いてしまった。美味しい物に目がないミリヤ様を釣るにはこれが最良の選択だ。
不機嫌になられて、泣かれたら僕がご機嫌を取らないといけないし。
「……ほんとうに?」
「ええ本当ですとも。とっても美味しいですよ。少しだけ昔のことを思い出したんです。僕がよく食べていた料理を」
昔のことと言っても、前世の記憶のことだ。
前世で食べていた日本食、その味をお嬢様方にも味わってもらいたい。
「じゃあ我慢する……」
ミリヤ様はそう言うと、僕にまたしても抱っこを求めてくる。しかたなく抱き上げ、膝の上に座らせた。
その後、今日だけ少し豪華になった晩ご飯を挟みながら、お嬢様方から魔物狩りの様子を催促され、その会話に花を咲かせる。夜は次第に更けていった。




