『港南の白銀』は 『白銀』と呼ばれたくない
ごぐんという音がして、壁が崩れる。
「そこ! 離れて!」
ダンジョン10階、
そこは初心者の「端境」と呼ばれている。
九階までなら、それなりに稼げる。
装備を整え、無理さえしなければ、討伐も採取もできる。アルバイトよりはずっといい。
だが、会社員より稼ぎたいなら、十階を越えなければならない。
ただ、そこには門番がいる。
輝琉がダンジョンに入って既に丸一年。ここまでは順調と言えた。パーティーもそれなりの力を持っていた。
だから決めた、皆で決めた、門番に挑むことを…
門番は大きな黒いオオカミ。
パーティー四人で対峙した。
情報はいくらでも探した。どう動こうかと四人で話し合いを繰り返した。討伐だけではない、四人が生き残ることが大切。
が、目の前にした時に少し崩れた。イメージとは違う。巨大だ。
怖じ気が出る。
当たり前だ、四人とも未成年、輝琉が一番若い。
オオカミの咆哮。びくりとする。リーダーの剣士晃樹がたじろぐ。それを見た中衛の魔法師イロハが怯えた。構えていた杖が揺れる。後衛の治療士奏歌は黙っているが、喉がゴクリとかすかに動いた。
「引き返す?」
輝琉は晃樹に言う。念を押すように…
「いや、無理だよ、敵認定されている」
「じゃあ…行くね」
と、片手剣を手に先頭に立つ。
苦手だった。人と関わるのが…人見知りが激しすぎると、中学校の担任が評した。
分かってる、分かってる。
だからこそ、自分を受け入れてくれたこのパーティーは大切な存在だ。
守る、守る、守りたい。
「気」が満ちる。
いつもより、ずっと深く。
そして、収まりきらなかったものが、頭髪から漏れた。
銀色の光。
一歩。
黒狼が跳んだ。
輝琉も前へ出た。
晃樹には、その後の動きがほとんど見えなかった。
銀色だけが、何度か暗がりを横切った。
一分後。
黒狼は地に伏していた。
「……輝琉…あなた、銀色…」
イロハが訝しげに声を掛ける。
「え?」
ただ、もうその時には黒髪に戻っていた。
パーティーはしばらくして解散する。
しばらくは、それぞれで力をつけたい。…そんな理由だった。
けんかもない、もめもしない、ただ、四人がこれからの戦いに、目指す方向がちょっとだけずれていることに気づいたから。ただそれだけだ。
輝琉は別のパーティーに加わることなく、ソロで動くこととなる。
いや、いろいろと勧誘は受けた。10階を越すということはそんなことだった。
ただ、以前のパーティーと比較したら… こんな人見知りの、口数少ない、人付き合いの悪い人を十分に「分かって」くれるかと言えば…つまりはそういうことである。
ソロの方が気持ちが軽い。
自分の力を確かめるために、上層の一階から九階を周回した。繰り返した。何の危険も感じなくなった。10階の黒いオオカミとも何回か一人で戦った。最初は髪が煌めいた、銀色に。そして最後は黒いままでも対応できた。
ただ、自分の髪の色は知らない。
輝琉自身は、それで終わったつもりだった。
でも、周りは違った。
「白銀さん」
ある日、いつもの受付の女性からそう呼ばれた。
「誰?」
「あなたです」
「私?」
「港南の白銀」
「え……やだ」
「もう広まってます」
受付の女性が面白そうに笑う。
「絶対、やだ」
「もう、無理ですよ」
反論の余地がないらしい。
「なんで白銀?」
「戦うと髪、銀色になるでしょう?」
「……なるの?」
以前イロハからは言われたが、自分自身が一番自覚がなかった。
「知らなかったんですか?」
借りた鏡を見ながら『気』を入れてみる。ぶわっと広がり銀色となる。
「…………」
気を抜く、黒に戻る。
入れる、銀。
抜く、黒。
「面白い」
「遊ばないでください」
「知らなかったことを知るのは、面白い」
にんまりと笑った。
10階より下へ。
もちろんソロ。
下に行けば行くほど、楽しくなる。
いつのまにか、最前線に立つようになった。
「あれ?」
30階、最下層、そこにはラスボスがいた。竜種だ、大きい…でも名前は知らない。これまで誰も見たことがないからだ。
「倒せる? 倒せる…うん」
これまでの最大の「気」を出す。髪の毛は銀…を通り越す。光そのものとなる。
片手剣を繰り出す。
竜が吠えた。炎が来る。熱い。でも、それだけだった。
一歩、踏み込む。炎の中を抜ける。
二歩目、竜の爪が振り下ろされる。身体を少しだけずらす。
三歩目、もう、懐だった。
「ここかな」
剣を振る。
一度。それだけ。巨大な竜の身体が、少し遅れて傾いた。
ズン――。
三十階全体が揺れる。
輝琉はしばらく竜を見上げていた。光になって消えていく。残ったのは、見たこともない大きな魔石と、いくつかの素材。
「……終わり?」
もう少し何かあると思っていた、残念…。
髪から気を抜く。白く輝いていた光が薄れ、銀へ。そして銀が消えて、いつもの黒へ戻る。
周囲を見る。
そして剣をゆっくりと鞘に収める。
「帰ろ」
その頃、地上では、管理庁の監視室が妙な騒ぎになっていた。三十階の観測装置が一斉に異常値を示していたからだ。
アラームが鳴っている。
「映像あるか?」
「すでに28階からドローン飛ばしています」
しばらくして、30階の今が映る。
「何だ、これ」
記録映像。暗い最下層。竜がいた。
そして、その前に立つ人影。
黒かった髪が銀になり、次の瞬間、画面そのものが白く潰れた。
そして
再び映った時には、竜が倒れている。何がその間に起こったかは分からない。
ただ30階層の主が討伐された。
誰かが呟いた。
「……白銀」
もう誰も、その呼び名を冗談だとは思わなかった。
*
地上へ戻る。30階からはそれなりに時間がかかる。
いつも対応してくれる受付の女性が立っていた。その顔が引きつっている。
何で?
「白銀さん」
「だから、それ嫌い」
たぶん相手にはかなり嫌がっている表情を見せただろう。
「三十階、行きました?」
「行ったよ」
「竜、いました?」
「いた」
「倒しました?」
「うん、頑張った」
間違いない。ドロップ品はバックパックに入れている。ずっしりと重い。
受付の女性はしばらく黙った。
「……一人で?」
「ソロだから」
当然でしょ、という顔をする。
聞いた女性は両手で顔を覆った。
「あなた、いったい何なんですか……」
「冒険者」
だよね?
「そういうこと聞いてません」
輝琉は少し考えた。
けれど、ほかに答えを思いつかなかった。
*
旦那くんがソファーでテレビを見てる。
どっかのニュース解説番組だ。
「白銀って、なんで白銀なんだろうね」
夕飯の片付けを終わった私は、床に座り旦那くんの脚の間というベストポジションをとる。
膝抱っこされたい! でもそれはまだ早い。恥ずかしいから…
「髪じゃないの?」
「銀髪なのかな?」
「たぶん…」
何気なく返事する、膝抱っこは無理でも、膝枕ならば…
「へえ。一回見てみたいな」
「……そう?」
ちょっとびっくりする。
その瞬間、ほんの少し『気』が漏れる。
黒髪の一房だけ、銀色になる。
慌てて引っ込める。
「どうした?」
上の方から覗き込む旦那くん。
「なんでもない!」




