【第二十七話】スライム狩りにいこーよ!
「『勇者への道はスライム狩りから始まる』。これは百三十年前に活躍した烈牙勇者ゼノン・エイードメントの言葉です。今日は彼に倣います」
背の大きな女性が言葉を紡ぐ。たっぷりとした亜麻色の髪を揺らす風が、森林の青い香りを漂わせる。
勇者学校区からほど遠い、いくつかの区を越えたこの地は山の中。木々が茂るが、所々から覗く昼の空が明るい。今日の出発は、朝早かった。
移動は徒歩……と呼ぶにはあまりにも疾走であった。数時間走らされても、へばりはするとも脱落しないのは流石勇者目指せし若者たちである。
そして到着した現地は『ラスィム山』。
山の中腹にて点呼を取り、我ら初級一組に語りかけるは担任教師、ウール・ウォーム先生。彼女の姿は校外活動ということで運動着、昨日とは異なる装いであった。
そう言う吾輩、そしてフィリィも昨日とは纏う衣が違う。
「制服似合ってるね」
「ふんふん。フィリィもなかなかであるぞ」
藍色のジャケットと黒のスラックス。
勇者学校の制服は柔軟性、汗の吸水速乾性に富み、運動にも適しているそうだ。
足元で「バオンッ」と小さな咆哮。昨夜我が寮部屋に現れしミニミニケルベローである。なぜ手のひらサイズになったのかは現在不明であるが、特に困ったことはない。
それよりも、吾輩以外には誰もこの愛い笑顔を見ることが叶わぬのが惜しまれる。
如何せん勇者学校周囲の森にて三頭の巨犬が出現したと噂になっておるらしいからな。ケルベローには魔法で透明になってもらっておるのだ。
「でも腰に巻いちゃってよかったの?ジャケット」
「大丈夫であろ。吾輩堅苦しいの苦手だし」
などと、軽い私語を挟みつつ、初級一組の初授業の説明に耳を傾ける。
「勇者学校区を囲む『あけぼの勇者の森』は現在利用制限がかかっているため、今回は特別にここ、『ラスィム山』でスライム狩りを行うことになりました」
あけぼの勇者の森の利用制限は管理区域での事件が原因であろう……そんな名前だったのだな。良き名だ。
「現役勇者の管理のない森ではありますが、私とショウ先生、そして特別に今回はヘックス・パーシアスさんがついているから安心して授業に臨むこと」
大剣を背負った赤髪の少女が、「よろしく〜」とヒラヒラと手を振ると黄色い歓声が上がる。
「ヘックス様ぁ〜!」
「光栄ィ〜↑↑!」
「こないだドラゴン狩ったってほんとですかぁ〜!」
流石最強生徒だ。人気者。
「ちなみに、本当なら今年はスライム狩りを中止する予定だったの。でもショウ先生がここでの狩りを提案してくれて、学校の伝統を守ることができました。職員会議のショウ先生、情熱的だったな〜。まさに指導者って感じでした」
感心!という感じで笑むウール先生。勢いそのままに続ける言葉は彼の副担任のもの。彼女はショウ先生のモノマネで語り出す。
「超勇者の言葉を無視するなど言語道断!最初の授業をスライム狩りにするのは生徒にとって願掛け以上の……アレです!絶対にやるべきだ!場所は私が知っている!」
性別のために声そのものは似ていないが、喋り方や雰囲気が完璧にコピーされている。さすが我が担任の先生だ。
そしてそれ以上に賞賛されるべき者がいる。
「ショウ先生ありがとー!」
「怖い人だと思ってたけど、熱血だったんですね!」
クラスメイトのみんなが口々にショウ先生にお礼の言葉を叫ぶ。
勇者学校の伝統というものは吾輩には分からぬが、それほど大切なものということであろう。
しかし当の本人は苦い顔で目を逸らし、
「私の話は結構。狩りの説明を続けてください」
その奥でヘックスはニヤニヤと口角を上げている。
何の反応だ?
それによく見ると、今日のショウ先生は刀を二振り携えている。
「スライムとは──」口を開いたのはウール先生ではなかった。クラスメイトの中から声がする。
「液状魔物門スライム目の魔物の総称。湖や沼の近辺を住処にすることが多いが、今回のターゲットのように、水辺のない場所にも現れる」
声のする方へ目を向ければ、黒縁の眼鏡をかけた緑髪の、背の高い男子生徒がいた。
「地中深くに染み込み、地下水を地上に持ち帰る。そのスライムは他の魔物や木々に水分を届ける『生態系の飲み水』である──」
言って、彼は口の端を上げる。
「ですね。ウール先生」
「解説ありがとう、グラスィスくん。彼の言う通り、スライムは環境にいい影響を与える存在だけど、増えすぎると地中を乾燥させ地盤を脆くしたり、森林の湿度バランスを崩す原因になる。だから時折、数を減らす必要があるというわけです。そしてもちろん──」
先生が声を強める。
「スライムは人間に敵対的というのも駆除の理由。この山の麓には小さな村もあるから、がんばって脅威を取り除きましょう」
「やってやるぜ!」など、やる気満々な声が上がる。みな初授業に興奮している様子だ。
「雌雄同体の魔物ですからねえ。幾らでも増えるのさ。単為生殖も有性生殖もお手の物。みんなは知ってるかい?スライムの交尾を──」
「ありがとうグラスィスくん、もう大丈夫だよ」
「お互いの体を混ぜ合い、粘液を分け合うのさ。そして雌雄同体であるが故、両者共に身籠ることになる」
「あの、グラスィスくん……?」
「いや、“両方”という表現は不適当か。スライムは何匹とでも同時に交尾できるからね」
「あの、えっと、えっと……」
別種類の興奮をしておる者にウール先生はどうしたものかと難儀しておる様。その後ろからショウ先生が前に出、グラスィスの解説を断ち切るように、
「狩りは三人一組の班で行う。入学前に行った体力・魔力測定の結果から班を決定した」
うん……?
「吾輩そのような測定やっておらぬぞ」
「私も」フィリィも言う。
「式の前日にやって来た貴様らが測定を受ける時間はなかった。だが問題ない。測定の成績が最も良かった者と組ませた。安心しろ」
「そうであるか。足を引っ張らぬよう精進せねば」
フィリィは不服そうな顔をしているが、考えてみれば、魔力測定などされて吾輩が魔力生命体であると看破されても困る。遅れて学校に来て正解であったな。
「では班割りを発表します。まずは──」
ウール先生が手元の書類に目を通す。
数分後、吾輩の眼前に差し出されたのは開いた手。視線をその手から上へ這わせると青紫で、内側が濃い桃色の髪。
「なんであるか?」
「お金です。返してください」
レイン・ラーエルクだった。
「はえ?」
「立て替えですと言ったはず。まさか踏み倒す気でいたんですか?」
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「ショウ先生ともあろう御方が授業をサボって個人活動とは、生徒を叱れないですねぇ」
黒の混じる赤髪の少女がニヤニヤと笑う。彼女の師匠はそれを無視し、歩を進めた。向かう先は、ラスィム山の麓、小さな村だった。
「置いてきてよかったんですか?愛刀は」
少女の視線はショウの腰に止まっている。先ほどまであった二刀が一刀になっていた。
「あちらにはウール先生もメイトくんも居るし大丈夫と思いますが」
「『喰』がないと不安か、パーシアス。緊張感を覚える良い機会だ」
「アレなしの先生を守れるかどうか不安なのですよ。私まだ正式な勇者ではないですから」
生意気な弟子に、ショウは睨む気も起きないのだった。




