【第二十五話】棘身発現
グチャり。
水っぽい、生々しい音を立ててフィリィは舞台上に倒れた。呻いて、殴られた──否、刺された箇所を押さえる。
彼女とリーヴェンス。ふたりの私戦──もとい、正式な試合が始まって数秒のことだった。
「フィリィ!」自然と声に出ていた。
彼女の肩から血が染み出ている。
「ほらな、やっぱり相手になんねぇじゃねえか」
吐き捨てるリーヴェンス。彼の右腕は、異様なる変容を見せていた。
『エキノコルプス』……そう呟いた直後、五本の指が有り得ぬ方へ曲がり、尖り、幾本もの棘の生えた金属の球のように変化した。
「まるで他者を傷つけるためだけに生まれた魔法だ」
観客のいずれかが呟いた。
「これは俺の魔法『棘身発現』。自由自在、体を棘に変形させる」
身体構造を変形……吾輩の推測が正しければ、適性を超えた決定的な才能がなければ修得不可能な魔法であろう。
「今のは手加減したんだ。俺の勝ちだ、舐めやがって」
怪訝に振り返るリーヴェンスの背後、少女の炎は未だ消えず、咲き誇る。
「『赤花』……私は負けてない。舞台から降りれば、貴方は棄権と見なされる」
ゆらりと立ち上がり、両の拳を構える。そこには、真っ赤に燃える二輪が花開いていた。
「花の形状の炎、あれがフィリィの……」
やはり、やるではないか。精緻なる魔力コントロールだ。一体誰に師事していたというのか。
感心していると、リーヴェンスが呪文を叫ぶ。
「ヴァッド・アレッドッ!」
しかし何も起こらない。魔力の流れも感じない。
「???」
分からぬままいると、戦闘が再開された。
フィリィが拳を振るうと、花弁が舞う。殴打を回避しようと、灼熱のそれが襲い来るのだ。
「チィッ……!」
リーヴェンスは跳ね飛び、大きく後退。距離を取った。燃える髪の束の火をかき消す。
「リーヴェンス。貴方はどうしてレインさんと戦いたい」
拳の赤花が、フィリィの顔をチリチリと照らしている。
「テメーら全員、俺の礎になればいいんだッ!」
彼は叫び、舞台の石床へ拳を突き立てる。削り取られた石材が、礫となってフィリィへ襲いかかる。
「勇者は人々を守るのが使命!」
強化された少女の拳は礫を尽く打ち落とす。
「傷つけてどうするんですか!」
フィリィの声音は怒りと共に、困惑を連れていた。
「勇者の使命は敵を叩き潰すことだ!」
「生徒は敵じゃない!」
両者の拳が打ち合った。炎と棘の拳が迫り合う。
舞台を取り囲む観衆から歓声が上がる。
「やるじゃん初級生!」
「互角の戦いだ!」
……否、互角ではない。リーヴェンスの棘が先端から溶け始めた。炎が勝っている。しかしそれは一瞬のことに過ぎなかった。
「なら何故俺と戦う、ラーエルクは既に離れてるぞ」
その言葉にフィリィの目は見開かれ、無言のまま『赤花』の火力が弱まる。
「俺にバカにされて頭に来たからじゃねえのかッ!」
彼の膝が、少女のみぞおちを的確に貫いた。フィリィはその場にうずくまり、唾液が舞台を汚す。
「偉そうなこと言っといて、自分のためじゃねぇか、結局」
「そうだよ……」
声帯から捻り出すように、フィリィは呟いた。
「確かに私のため。でも私は許せなかった。貴方はメイトを、私の友達を侮辱した」
吾輩の心臓を、彼女の言葉が刺し穿つ。そういうことだったのか。
「会ってまだ三日。でも分かる。彼は他人の被害を喜ばない」
「だが騒動のお陰でヘックスに叩きのめされなかったのは事実だ」
「だとしても、彼はそれを喜ばない。彼は『国に勇者と認められなくても勇者になれる』などと言い放った」
「は?」
リーヴェンスが困惑の視線をチラリと吾輩に向ける。
「そして悪意さえ肯定してみせた」
「はァ???」
少年の吾輩に向ける表情はもはや困惑を超越し、意味不明という感じだった。
しかしフィリィは笑う。
「可笑しいでしょ。でも彼はそういう人。だから──」
顔を上げる。その瞳は燃えるように、吼えるように、リーヴェンスを圧倒していた。
「──メイトはきっと、負けても笑う」
「さっきから何言ってんだ」
リーヴェンスは顔を歪ませ、頭を掻きむしる。ため息をついて、自らの腕に視線を移した。
「『腑分槍』」
唱えると、彼の腕は捏ねられる粘土のようにうねり、長大な突撃槍へと変貌した。
先に仕掛けたのはフィリィだ。素早く駆ける。正しき判断。リーチの差は埋めねばならぬ。
「させるわけないんだよなぁ!」
槍の横薙ぎ。だが少女もされるがままではない。叩きつけられた槍にしがみつき、それを伝って間合いに潜り込んだ。
腹を狙った赤花の右ストレート。リーヴェンスが左手で彼女の腕を掴み止める。が、腕は二本ある。
「うッ……!」
フィリィの左拳は、リーヴェンスの眼前で静止した。
「……なんで殴らない」
フィリィは魔法を解き、拳を下ろす。
「生憎、私は拳より言葉を交わしたい」
微笑む少女の顔を、固い靴底が襲った。
バチンッ!と音を立て、リーヴェンスの蹴りを喰らったフィリィは後方へ吹っ飛んだ。
「舐めんじゃねぇ」
唾でも吐くように放たれた彼の言葉は、息を大量に含んでいた。肩で呼吸をしている。
「副担が言ってたぞ、『早熟しろ』ってな。お前学校やめて親んとこ帰れ。税金の無駄なんだよ」
リーヴェンスは流れる汗を振り払い、再び腕へと視線を動かす。長大な突撃槍が短く、鋭くなっていく。
「彼は知らぬのか。彼女の親はもう……」
ゆっくりと歩き、倒れたフィリィへと近づき行く。彼の足音が、少女へ辿り着くカウントダウンのように響く。
「フィリィは気を失った。試合は終わりのはず……不味い」
考えるより早く、体が動いていた。舞台に上がる。しかしそれより早く動いた者がいた。
「メイト・アクザード様」
肩を叩かれた。振り向くとどこかで見た顔。
灰色の髪、白いシャツ。そして何より、紺のエプロンが、彼の所属を表していた。
「コレオ・イースィ!?」
突如現れたその男は勇者学校家庭科部部長にしてとても美味しいご飯屋さん『勇者亭』の店長だった。
「一昨日のお代、お支払いください」
開いた手を差し出し、彼は微笑む。
吾輩の脳に電撃が炸裂する。そう、一昨日彼の店でたいそう美味なご飯を食べた。しかし直後にコレオを始めとする全店員の様子がおかしくなり、吾輩に襲いかかったのだ。
そして仕方なく、代金は後日払うとだけ言い残し、我輩とフィリィは退店したのであった。
お金は払わねばなるまい。払う気自体は満々である。
であるが……
「今か!?」
「今でございます」
吾輩、魔王と恐れられし城の主。しかしお金の持ち合わせ──無し。




