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羊のダンスホール  作者: 羊蔵
メリー・メアーと虹の架け橋
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メリー・メアーと虹の架け橋 5


「先生先生先生」

 我々は畑へ向かった。

 上から見た限り、シャツはぴくりとも動かなかった。さすがの詞浪さんも取り乱した様子だった。階段を二段飛ばしで駆け下り、踊り場に飾った鉢植えにぶつかりながら一階へ急いだ。膝の痛みも忘れている様子だった。

 ここまで見たところ、彼女らの関係はメロドラマではない。が、少なくとも、同じ目標に向かって努力した者の仲間意識と、感謝の念がちゃんと存在しているようだった。詞浪さんの慌てようから見るに、ある部分では頼りにしている相手だったのかもしれない。

 彼女は畑で飛びこんでいった。

「何してんだよ、せんせ……い?」

 闇のなかに、シャツ、及びパンツ類が抜け殻のように散らばっていた。上から倒れていたように見たのは、服だけだったらしい。

 正確にいうと服と一緒に、しわしわになった枯れ枝のようなもの。胴体の名残だ。すぐ側には、あらたな西瓜が転がっている。

「センセイ?」

 緑色に縞模様の、喋る果実に成り果てたセンセイがそこにいた。彼は清々しいような笑みを浮かべていった。

「ああ詞浪。俺スイカになっちゃったよー」

 そばにプラスチック包丁があり、喋り続ける西瓜生徒の一人の頭が、一部欠けている。

「――食べたの? 危ないの分かってて? 先生は馬鹿なの!?」

 詞浪さんは駆け寄って西瓜を叩いた。センセイはなかなかいい音がした。中の上のデキといったところだろうか。

「これ、これ大丈夫なの?」

 詞浪さんがこちらを振り返っていう。私は〈扉〉で帰してやればまだ大丈夫でしょうと請け負った。

 そこへ西瓜センセイが、西瓜頭を震わせて割りこんできた。

「詞浪、聞いてくれ!」

「ええ……なに? もういいから帰るよバカッ」

「俺は気づいてしまったんだ自分の欲望に。そしてその解決法に」

「はあ?」

「詞浪。俺の目を見ろ。少しだけ聞いてくれ」

「メっていわれても……いつもより緑色で青臭いですけど……?」

「聞いてくれ詞浪」

「え……はい」

 センセイの剣幕に詞浪さんは気押されたようである。素直になってスイカの前にしゃがんだ。

「なに」

「入学してきてから、お前は一生懸命努力してきたよな。自分の才能にお前ほど誠実な人間はいないと先生は思う。俺もその誠実さに負けないように、色々勉強してきたつもりだ」

「いいって……それは、もう」

「それはともかく!」

「ともかく?」

「そんな圧倒的事実はともかく! お前にいいたいことがある」

「おう……はい」

「俺は――」

 そこで先生は言い淀んだ。植物性の頭蓋骨をゴロゴロ転がし、言葉を探して躊躇っているようでもある。

 そこへ、先生が話すあいだ息を潜めていた西瓜生徒達がいっせいに声を上げ始めた。

〈がんばれー〉

〈先生がんばって〉

〈いえるよファイッ〉

〈気持ち伝えようファイッ〉

〈ずっと我慢してたんだよね〉

〈きっと受け入れてくれるよ〉

〈そのために頑張ったんだよね〉

〈応援歌を歌おうよ〉

〈早くいえって〉

〈ほら〉

〈こっちへおいでよ〉

「俺はぁ――」

 囃し声に押されるように、西瓜センセイは、一際声を大きくした。表皮がビリビリと震える。

「俺はぁ……」

 センセイはなお躊躇ったが、今度は詞浪さんが促した。

「――なに?」

「おれおれ俺はぁ、ここへ来てぇ、みんなに応援されてぇ、自分の本当の気持ちに気づいたんだ。俺、俺は今まで詞浪に無理矢理に色々食べッ食べさせようとしたよな?」

「別に無理矢理って程じゃ……先生は――」

「俺はァ! 本当は違くてぇ。食べ物を食べさせたいんじゃなくてぇ……俺の気持ちはァ! 聞いてくれ詞浪!」

「聞いてる、聞いてるから……いってよ」

 そこまで詞浪さんにいわせて、ようやく先生は、切り出した。こういったのだ。

「俺の本当の気持ちは、俺は、本当は食い物になりたかったんだ! 子供の時から思ってた。制服着たお姉さんに噛まれたい。なんなら消化されたいッ!」

「は?」

 と詞浪さん。誰だってそういうだろう。カマキリだってそういう。意味が分からなかった。周囲の西瓜たちだけが、枝葉を震わせながら歓声を上げた。

〈いえたじゃん先生〉

〈やったね!〉

〈今日を記念日にして休日にしようよ。なんてね!〉

〈おめでとう先生〉

〈おめでとう〉

〈後は返事をもらうだけだよ先生〉

〈動画に撮りたーい〉

〈はやく食われるとこ見せろよ〉

 これらの声に張り合うようにセンセイはなお声を上げた。

「俺の欲望はァ! お前に食べさせることじゃない、お前に食べられることだったんだ。お前しかいないんだ詞浪! これが俺の本心だ。俺は女子高生に食べられたい! ここでならその願いが叶うんだッ!」

「……ふうん。そんだけ?」

 そういって詞浪さんはゆっくりと立ち上がった。極めて冷たい声だった。

 センセイはそれには気づかず、更に要求を繰り返した。

「お願いします! 初めて会ったときから食べられていって決めてました! JKのうんこになりたい!」

 西瓜生徒たちも、これに続く。

〈詞浪さん。詞浪さん分かるよね?〉

〈食べてあげようよ〉

〈空気読もう〉

〈頑張れ〉

〈みんな応援してるんだよ?〉

〈気持ちを大事にしてあげて〉

〈こっちにおいでよ〉

 これにも詞浪さんは「ありがとねえ」と平坦な声で返した。

 それから彼らの方は見ず、畑のわきへ歩いて行って、プラスチック包丁を手に取りかけて止め、代わりにもっと立派な、両手持ちのシャベルを握った。

 そして「そっかー」とひとことだけ明るい声をだしたかと思うと、助走をつけたスコップをフルスイングで叩きつけた。


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